第6話
「おい佐藤、ボーっとしてるな。今日は外回で、取引先の印刷会社だぞ。昼はあちらの会社の近くで取らないと、時間が間に合わない」
「えっ、あ、わかりました。―――高畑には、今日は会えなさそうだな……」
まさるは山田課長と、会社からほど近い小さな印刷会社「西潟プリント」まで来ていた。電車で15分のオフィスは、古びたビルにあり、埃っぽい倉庫のような雰囲気だった。取引先の西潟社長は渋い顔をしていて、心の声を聞かなくても契約が危険水域にありそうな予感がしていた。
「弊社の提案、印刷みたいに鮮明で……―――」
会議室でプレゼンを始めるが、やはり西潟社長の眉間のシワは深いままだ。まさるは汗をかき始め、心的負荷を感じる。―――やばい、能力が発動しちゃいそう。自分でも分かるようになってきた瞬間、頭に社長の心の声がぐわんと響いた。
「「今日はことさら暑いな……。冷やし中華食べたい。俺、めちゃくちゃ冷やし中華好きなんだよな〜」」
まさるは慌てて冷やし中華の画像を追加して、冷やし中華の話題を混ぜて話を続ける。それでも西潟社長はと興味なさそうな表情は変わらない。そうそう前回みたいにはうまく行かない。やはり付け焼き刃でしかないのだ。
「まずい。このままじゃ、契約切られちゃう……」
微妙な空気の会議後、その微妙な空気のまま、倉庫の見学となった。印刷会社らしく、大きな印刷の機械と倉庫はたくさんの紙束が積み重なっていた。棚の上の重い紙束がグラグラ揺れる。まさるは嫌な予感がして、紙束に視線をやる。その場にいた西潟社長も釣られて紙束に視線をやる。
お約束ってのは、起きてしまうからお約束と言うのであって―――
「危ないっ!」
紙の束が揺れているのを止めようとした社員が、慌てたせいで棚にぶつかり紙束が落ちてきた。嫌な予感通りの展開に背筋にゾワリと冷たいものが走り、まさるのテレキネシスが勝手に発動した。
落ちてきた大量の紙束はふわりと途中で速度を落とし、ゆっくりと床に着地していく。西潟社長を庇っているまさるの身体にもふわりふわりと紙が舞い、近くにいた人間が避難する頃には、ようやくすべての紙束が床に着陸する速度だった。
「しゃ、社長!! 怪我をしませんでしたか?」
「おお、助かった!」
「なんだか、不思議でしたね。紙束、めちゃくちゃゆっくり落ちてきましたよ?」
「君が、なにかしたのか?」
「俺?な、なんにもしてないです……!きっと、風ですよ……」
すべての予定を終え、 印刷会社から出るときに西潟社長は朗らかな笑顔になっていた。まだ契約がどうなるかはわからないが、今日来た時点よりは好転しているような予感がしていた。まさるは山田課長と顔を見合わせて、いつもとは違う笑顔になった。
翌朝、まさるが出勤したときには、山田課長が不思議なことがあったと部署のみんなに話し始めていた。
「―――で、落ちてきた紙束はふわっと、浮いてたんだ!!」
「それはエスパーの仕業ですよ! この辺りの商店街で噂になってるんです。人助けをするヒーローがいるって」
「またまた、田中さん。いつも適当なことを言って〜」
「本当ですよ!―――ね、佐藤さん」
急にフラレて、まさるは声をひっくり返して「知らないけど、風とかじゃないんですか」と言うしかなかった。
「あの時も、佐藤はそう言っていたな。室内にあんな風、ないと思うがなあ」
「イヤイヤ、課長。エスパーとかあり得ないですって。急な突風の方が、信頼性高くないですか?!」
「まあ、佐藤の言う事も、一利あるかな……」
「えー……佐藤さん、ホントにそぅ、思ってますかぁ?」
田中の眼力にテレパシーが勝手に発動しそうになって、まさるはぐっと目を閉じた。そういえば怒りを落ち着かせる方法をネットで見た気がする。確か―――まさるは手のひらも握りしめて、ゆっくり6秒数えて目を開いた。目の前で、田中がこちらを不思議そうに見ていた。何も聞こえてこない。
テレパシーは発動しなかった。
「だから―――外が暑いから、相当クーラーが効いてたんですよ。その風ですって。」
お昼休憩の高畑のラボで、まさるはコンドームを浮かせながら昨日の印刷会社での話をしていた。
「使いたくないのに勝手に動くんだよ! でも、今日は、初めて制御出来たかもしれない」
「おぉ……! やっぱり訓練の成果がでているな!無心での集中が必要だと思うんだ。しっかり集中出来たのだろう。その数を数えると言うのが有効なら、単純な計算とかも効果あるかもしれんぞ」
「数を数えてダメなら、単純計算とかやってみるさ。―――とは言え、まだ能力の発動を止めたのはたった1回だけなんだけどな。その後も、課長の次はクビだ!って心の声が聞こえたし。ストレスを感じるとコントロール出来ないって感じがするんだ」
「確かに、勝手に発動はストレスが引き金かもしれん。脳波負荷が原因かも。」
高畑は書類を手に目を細める。
「昔、研究会で変な実験したとき……似たデータ見たことある……。」
「え?変な実験?」
高畑は古いノートを手にとった。
「佐藤、覚えてるか? 高校の不思議現象研究会、夏の実験…変な光の装置、H科学技術センターの試作品だった。あのとき、俺が調子乗って……装置が暴走して、お前、頭痛で倒れただろ。」
「倒れた……? そういえば、昔の蓄音機にいろんなコードがついた変な装置があったな。高畑と中村がいろいろいじってて……なんか光が……あー、頭がガンガンしたような記憶が……」
高畑はノートのページをめくる。
「ほら、ここ。『脳波異常、能力誘発の可能性』ってメモ。センターの顧問、石川って奴が……いや、俺らのせいで―――お前の能力、目覚めたのか……」
「え?高畑、なんて?」
「ああ、顧問の石川について俺が知っていることは、やつは科学技術センター勤務の後、能力者を操る装置を完成させたらしい。研究者仲間の話じゃ、お前みたいな能力者をリモートで制御して、社会実験を進める気らしい。目的は不明だが、規模がでかい。」
「社会実験!? 俺をロボットみたいにする気かよ!?」
「石川は能力者を操り、能力で都市伝説を作り、科学資金を集めるつもりらしい。商店街はテストフィールドだと話していたそうだ」
「何がしたいのか、聞いてもよく分からんが……やべえ奴だってのはわかるな」
まさの頭に過去の記憶がフラッシュバックする。理科室、眩しい光、ガンガンする頭痛、男の声
―――佐藤、君は我々の実験の鍵だ!
あれは、石川の声だったのだとまさるは確信する。
帰り道、路地裏でまさるは謎の男とすれ違った。彼は電話中だったが、ながらスマホは昨今特に珍しいものではない。まさるは考えることが多すぎたため、そちらに意識することなく通り過ぎた。
「佐藤まさる、無意識発動頻度増加。能力確認済み。」
まさるはまさか自分が監視されているなんて、露ほども思っていないのだった。




