第5話
「エスパーの噂が出回ってるっぽいし、……面倒なことにならないよう、バレないようにしなくちゃ……」
まさるは、猫っ毛の寝癖がびょこんと跳ねた頭を掻きながら、デスクで昨日のことをを思い返していた。
能力はバレないように出来るだけ使わない様にしたいが、テレパシーは勝手に発動することがある。山田課長や隣の席の田中、取引先の深澤部長の心の声が急に頭のなかに響いてきたのだ。このままだと、テレキネシスだって勝手に発動する可能性もある。高畑じゃないが、制御のためにも練習は必要なんだろうな。とは言え……
(テレパシーは、勝手に聞こえるのやめてくれよ……!)
ため息をついていると、今日も山田課長の声がフロアに響く。
「佐藤! 昨日のスライド、ダサすぎだったぞ! 今日のプレゼン、ちゃんとやれよ!」
「は、はい! やります!」
まさるは慌ててノートPCを開くが、眠気で目がショボショボする。まだ能力の副作用が取れていない気がする。目を擦っていると、隣のデスクの田中がニヤリと笑う。
「佐藤さん、『エスパー佐藤』って商店街のおばちゃんが言ってたよ!」
「えぇ!? いや、あれは急に風が吹いて……田中さん、なんで知って……?」
「昨日の仕事のあと、商店街を散歩してたらおばちゃんたちが噂してたよー」
「うぇ、あのおばちゃんなんで俺の名前知ってんの……!」
「たぶん佐藤さんのことだって思って、商店街のLINEグループでシェアしといた!」
「な!? 田中さんの、仕業!!」
まさるが顔を真っ赤にして慌てていると、テレパシーが勝手に発動した。こめかみが脈打つ感じがして、田中の心の声がエコーのように響く。
「「佐藤さん、ほんとにエスパーなら……めっちゃ面白いな………だから……連絡……しないと……」」
今までも田中の心の声が聞こえると、山田課長の心の声も一緒に聞こえてくる仕様なのか、課長の心の声もガンガンと頭のなかに響いてきて頭を抱える。
「「佐藤、今日失敗したらマジでクビだぞ―――」」
「元々契約継続渋られたのを持ち直したの、俺の成果のはずなのに、クビギリギリなのなんでなん……!」
ときどき発動するテレパシーに邪魔されながら、やっと午前中の仕事を終えた昼休み。夏の日差しが焼けるような街中を抜けて、クーラーの効いた高畑のアパートに避難する。
「よお、ヒーロー! 商店街のおばちゃんがエスパー佐藤って言ってたけど、お前有名人になったなあ」
「えぇ…!! もう、田中さんのせいだ! 同じ会社の人が勝手に言ってるんだよ!! もう能力使わない!! 絶対頭がおかしいやつって思われてるじゃん……。 テレパシーも勝手に発動して、取引先の部長の心の声まで聞こえてくるし!!」
「能力使いたくないっても、テレパシーの暴走するってことは、制御不足ってことだからな。勝手に発動するなら、練習で慣れるしかないよ。テレパシーもテレキネシスも同じ超能力だから、まずはもっとスムーズにテレキネシスを使いこなせば、テレパシーも制御出来るはずだ」
高畑がテーブルの上にスプーン、ペン、コンドーム(!)を並べ、計測器のスイッチを入れる。高畑は至って真面目な顔だ。
「またコンドーム!? 」
「反応いいんだよな。動かしやすいものでまずは練習したほうがいいだろう。」
「はぁ……まあ、勝手に声が聞こえるのは困るし……。練習したほうがいいってのは分かるよ……」
まさるはブツブツ言いながら、(聞こえろ……動け……)と念じた。スプーンがガタガタ震え、コンドームがふわりと浮かぶが、カクカク動いて全くスムーズに行かない。右に動けと念じるのに、上下にフラフラ動く。左に動けと思うのに、手前に戻ってくる。ストレスでイライラした瞬間、テレパシーが勝手に発動した。
「「佐藤、あの装置の暴走のこと……俺、ずっと後悔してる…」」
「―――後悔……? 高畑の心の声、か? な、暴走って何だよ」
「あ、や、お前覚えてないのか……?」
「え? なんのこと……?―――ふぁ……あ〜……」
まさるは高畑を追求しようとするが、急な眠気に襲われた。目を閉じているまさるを見ながら高畑はタブレットに「副作用:ストレスで能力暴走、脳波負荷増」と記録した。
まさるが目を覚ますと、直前のことは忘れていたらしい。わざわざ蒸し返すことないかと高畑は目を細め、アイスコーヒーをまさるに渡す。
「まあ、バレない程度に、ちょいちょいテレキネシスの練習するといいよ。そのついでに、せっかくの能力だから、それで人助けして欲しいんだ。昼休みの場所代だと思って、さ。」
そんな高畑の言葉に頷いてしまったため、ラボからの帰り道にコンビニの店員がゴミ袋を引っ掛けて慌てているのをみたら、ちょっと手伝わなきゃならない気持ちになった。
「えっと、動け、動け……!」
いつものへっぴり腰で念じると、練習の成果なのかテレキネシスがいつもよりスムーズに発動した。ゴミ袋がふわりと浮かぶが、その時に鼻がムズムズしてくしゃみが出た。その瞬間コントロールが効かなくなり、自転車のカゴにドサッと落ちた。
「うわ、失敗! でも、引っかかりは取れたから、コレでいいだろ」
コンビニ店員に見つかる前に、まさるは逃げるようにさったが、遠くで、田中さんが買い物袋を手に立ち止まっていた。
「エスパー佐藤……って、もしかして本当かも……!」
次のプレゼンでも緊張が引き金となったのか、取引先の心の声が勝手に聞こえていていた。
「「あー、この会社はそろそろ切らなきゃだなー。今日は適当に対応して、帰り道に好きなあそこのコーヒー飲もう……。豆から挽いた本格的なコーヒー飲みたいなあ」」
(まずい、また契約切られそうだ……。この人コーヒーの話なら聞いてくれるかもしれない。ワンチャンコーヒーのネタを混ぜて……)
まさるは頭痛でこめかみをモミつつ、ネットで拾ったコーヒー豆の知識を織り交ぜたプレゼンをする。
「弊社の次の企画は、コーヒーみたいに深い味わいで―――」
取引先の冷たい目と、山田課長のイライラした表情に
、まさるのストレスが高まるとテレキネシスが勝手に発動した。練習の効果か、取引先の人のペンが反応してカタカタ震えた。
「何!?」
「すいません、風です! 弊社のクーラー、音と風が強いらしくて!」
「確かにクーラーの音は大きいねえ。……あぁ、コーヒーの豆知識は結構面白かったよ。そういう小ネタ挟みながら、次回もさ―――」
「はぁ、なんとか"次回再検討"になりましたね、課長」
「だか佐藤、センスなさすぎだぞ」
「あちらの方の表情、どう考えても契約切りそうでしたよ。その"ない"センスでどうにか繋いだんですって。褒めてくださいよぉ……」
まだまだ小言を言う課長の声を聞きながら、まさるは安堵と眠気で、目を擦る。隣の田中のみつめる目にどんな意味があるかも気が付かなかった。
帰宅の途もあまりの暑さに、クーラーの効いた高畑の部屋に寄ってしまった。まさるは高畑の水出しコーヒーの、中毒になってしまったのかもしれない。カラカラと氷を鳴らして、アイスコーヒーを飲み干す。
「佐藤、コンビニでも人助けしたのか? エスパー佐藤って店員が言ってたぞ?」
「なんでコンビニ店員まで知ってるんだ! 見られていないはずなのに……。もしかしてまた田中さんが?」
「いや、たぶんそうだって、商店街のおばちゃんと話してたぞ。お前の顔は割れてないが、エスパー佐藤の名前だけ広がってるっぽい」
「なんだよそれ……」
「それより、ストレスと暴走の関係のほうが気になるな。どういう時に暴走するのか、今までの話をもう一度聞かせてくれ。副作用、脳波負荷が原因かもしれないな」
高畑はタブレットを見ながら言う。研究者らしい言い回しに、まさるは項垂れた。
「もう、いろいろ聞かれたり、探られたりもストレスだよ。なんか、今能力が暴走しちゃいそー……」