第4話
「はぁ……、コンドームだけじゃなく、チャリの鍵も浮かせられるようになっちゃったんだよな……。」
昨日は公園近くで高校生の自転車の鍵をテレキネシスで動かそうとしたが失敗し、夜に再挑戦して成功したものの、強烈な眠気に襲われたことを思い出す。今日も寝坊しかけたし、まだまだ眠気が残っている。
まさるはデスクで昨日の出来事を反芻していた。
「副作用、ほんとキツい……。まだ眠いよ……」
まさるがあくびを噛み殺していると、山田課長の声がフロアに響く。
「佐藤! 昨日のプレゼン、取引先からクレーム来てんだぞ! 新しい案考えろ!!」
「あ、はい!! ―――って、プレゼン前から取り引き辞めようとしてるところに、しつこくしたらもっとクレーム来そうだけど……」
「佐藤? 何か言ったか?」
「いえ! これから対策考えます!!」
まさるがパソコンの白い画面とプロレスを開始すると、隣のデスクの田中がニヤリと笑う。
「佐藤さん、『変態エスパー』の噂、広がってるよ。コンドームだけじゃなくて、鍵も浮かせたんだって?」
「鍵!? なんで知って、いや、誰もいなかったハズ……! 」
「すぐそこのコンビニの店員さん、私の知り合いなんだー。商店街の皆、佐藤さんの噂で盛り上がってるよ。面白い噂のおかげでたこ焼き屋も観光客が増えて助かってるみたいよ?」
「あ、いや、違う、ただ鍵を拾っただけで…!」
「ふーん、拾っただけかぁ。でも、その盛り上がりで商店街の賑やかになってるよー?」
「あのさあ、田中さんがあることないこと、みんなに広めてるんじゃないですかね」
「そんなことないよぉ、うちらのライングループに佐藤さんが変態エスパーだって書いただけで。」
「やっぱり、田中さんが発端じゃないですかッ」
田中は笑って、また仕事に戻る。まさるもため息をついてからパソコンに向かう。その時、また心の声がエコー掛かったように響く。
「「佐藤さん、変な奴だけど…なんかハマっちゃうな……もっとバズらせられそう。 それに、あの話、今日中に進めなきゃ……」」
まさるは「ハマる!?」と口に出しそうになり、慌てて口を押さえる。すると、山田の心の声も共鳴するように頭痛とともに響き出す。
「「佐藤、今日の会議でやらかしたらマジでクビだぞ―――」」
「「アイツのせいで取引先の深澤部長を怒らせた―――」」
「「取引中止になったら、わが社の損害はかなりのものになる―――」」
(もー、テレパシー、勝手に聞こえるのやめてくれ……!)
まさるは頭を抱えるが、周りの勝手な声はしばらく頭の中で鳴り響いていた。
昼休み。夏の暑さが本格化する街中で、まさるはあくびをかみ殺しながら高畑のアパートへ向かっていた。怒鳴られたり頭に声が鳴り響いたり、午前中だけでも疲労困憊だ。食欲もあまりなく、今日の弁当は一番安いのり弁だ。
クーラーがガンガン効いた部屋まで辿り着くと、まさるはソファに飛び込みを決める。目を閉じて、高畑がアイスコーヒーを出すまで、浮上することはなかった。
「佐藤! 鍵も浮かせたってな! 地元で『変なエスパー』の噂、広まってるらしいぞ!」
「噂!? 誰も見ていなかったのに、なんで!? もうエスパーやだよ……、テレパシーは勝手に暴走して、最悪だしさ!」
「暴走は制御不足だと思う。今日もテレキネシスの練習しよう。 これを自由自在に動かせるようになれば、テレパシーも制御出来るようになるはずだ。」
「またコンドーム浮かせなきゃなの!? 」
「今までの実験だと、ゴム製で軽量の物が一番反応が良かったからな。コンドームが科学的実験に最適だと考える。」
まさるはため息をついてから、テーブルの上のスプーンとコンドームに向けて手を伸ばす。力を込め念じると、スプーンがガタガタ震え、コンドームがふわりと浮かぶ。しばらくはコンドームが空中飛行するが、自分の思った動きではない。
高畑はなにか言いたそうにこちらを見ているが、なにも伝わってこない。テレパシーは発動していないようだ。
しばらくコンドームを飛ばして遊んでいるうちに、また眠気が出てきた。まさるがあくびをひとつすると、微かなエコーが響いた気がした。聞き分けようと耳に意識を集中する。
「「……佐藤、昔の研究会でやらかしたの、あの装置の暴走は俺や中村のせいだよな……」」
「やらかしたって!? 何だよそれ!」
まさるの声に、高畑はハッとして口を押さえる。
問いただそうと口を開きかけるまさるだが、頭がずきんと痛んだあと急な眠気に襲われ、パタリとソファに横になった。
目を覚ましたまさるに、高畑がコーヒーのおかわりを勧めた。水出しコーヒーはまさるの身体だけでなく、頭も冷やしてスッキリさせてくれる。
「なあ、高畑。さっきの研究会、って……」
「ああ。昔、俺ら『不思議現象研究会』で『超能力で世界変える!』ってバカやってたじゃん。あの頃、俺たちが変な装置を作動させたせいで……佐藤に迷惑かけた。だから佐藤の能力の制御に協力したいんだ」
「迷惑って、そんなことあったかな……」
「佐藤が気にしていないんなら、いいんだ。でも俺の気持ちだから」
昼休憩が終わる時間も近づいたため、高畑のアパートをふたりで出た。高畑は食後の運動代わりに散歩をするらしい。
商店街は地夏元の祭りの準備中だった。
商店街の顔役といった風情のおばちゃんが、提灯を木に引っかけて大きな独り言を言っていた。
「困ったねえ、脚立持ってくるの忘れちゃった!」
「佐藤、ああ言う独り言は、聞こえる誰かに助けろって言ってるんだ。人助けだ。例の力で提灯下ろそう」
「人多いじゃん! バレたらやばいって!」
「いや、今なら誰も見てない!」
「えぇ……っ、まあ、仕方ないか……」
まさるは物陰で指を立てて、へっぴり腰のまま念じる。提灯がふわりと浮かぶが、その時に風がぴゅーと吹いてコントロールを失い、隣の屋台のたこ焼きトレーに直撃した。
その瞬間、おばさんとまさるの目が合う。
「か、風が吹いて良かったデスネ……」
「確かにたこ焼きは台無しだけど、提灯は下ろすこと出来て良かったわ。若いの、ありがとうね」
「あの、ボクは見ていただけですから……」
まさるは高畑に見送られ、眠気でフラフラしながらオフィスまで戻った。
デスクで田中はまたニヤニヤしている。田中の目線を見ると、山田課長のしかめっ面があった。すこぶる機嫌が悪そうだ。
その時にテレパシーがまた暴走した。ズキズキとこめかみが脈打ち、周りの声が鳴り響く。
「「佐藤、今日の会議で挽回しろよ、頼むぞ―――」」
「「佐藤さん、変な噂だけど…なんか応援したくなるな……」」
「「今度こそクビだ――」」
「「でも、あの連絡、急がないと……」」
「「プレゼンちゃんと出来てるんだろうな―――」」
(応援!? でも、連絡って何!? )
まさるは頭を抱えて、響き渡る声が収まるのを待つしか無かった。
「「この会社、地味だな…契約継続、微妙だな」」
取引先の深澤部長の心の声が聞こえた。
夕方の会議で、まさるは昨日の失敗を取り戻そうと緊張で汗だくだった。
「やばい、契約切られたらクビだ…! でも、どうしたら…!頭使え、俺。面白いことを、なにか……」
山田課長の方を見ると、強い眼力でプレッシャーをかけてくる。
まさるはヨレヨレのスーツを整え、深呼吸して集中する。能力使いたくないという気持ちとは裏腹に、また課長の心の声が聞こえてきた。
「「今日、この辺り祭りあるのかな。提灯の準備してたよな……」」
まさるははっとした。取引先の深澤部長が昨日「地元の祭り好き」と話していたのを思い出したのだ。
頭痛で眉間にシワを寄せながら、急遽スライドをいじる。
「えっと、弊社の新商品…祭りの提灯みたいに、明るく元気なデザインでPR企画を考えておりまして……!」
パソコンをカタカタ叩き、ネットで拾った提灯の画像をスライドに貼り付け、ド素人感満載のプレゼンを始める。
「提灯?」
深澤部長は一瞬興味を示すが、「「何だこのセンス…」」と言う心の声が聞こえてきた。スライドのフォントがダサすぎたようだ。思ったより、滑っているようだ。まさるはさらに焦り始めて続ける。
「あの、祭りの……地域活性化に……!」
田中が隣でニヤニヤしながら見てくる。ふんわりとエコーのかかった心の声が聞こえてくる。
「「意外だわ、佐藤さん。祭りの話、悪くないんじゃない。深澤部長、祭りの屋台好きって言ってたし」」
まさるは田中の心の声に励まされ、屋台のたこ焼き画像を追加。
深澤部長が「ふむ、悪くないな」と少し前のめりになるのをみて、さらに話を進めていった。今までにないくらいトントンと話が進んでいき、企画継続の話が「検討する」に持ち直した。
「佐藤、あのプレゼン、センスなさすぎだろ!もっとどうにかならんかったのか!」
会議を終え、安堵でディスクに戻ると山田課長はおでこのしわを伸ばしながら小言を言ってきた。
しかし、使うつもりの無かったテレパシーの頭痛でこめかみをさするまさるの耳には入ってこなかった。