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第3話

今日もまさるの職場である「ブルーバード企画」はコピー機のガタガタ音と電話の着信音、それから壊れかけのクーラーの音で騒がしい。まさるは隣の席でパソコン作業中の田中を見ながら、デスクで昨日の出来事を思い返していた。今日はあの変な声は聞こえないが……。



(昨日の田中さんの変な声、アレってもしかして心の声とかだったんじゃ……。俺ってエスパーらしいから、ありえるかも)



昨日、高畑のラボでテレキネシスの訓練中、コンドームが天井に張り付いたし、公園では木の上にあったのシャトルを下ろして、高畑に言われた初の「人助け」でちょっと徳を積んだ気持ちになった。

そんなわけで信じがたいが、おそらく自分はエスパーなんだろうと、まさるはぼんやり考えていた。

あの能力を使った後の眠気も、副作用だとか高畑は言っていたな……。あの声のことも、不思議なことだらけた。高畑にいろいろ確認しよう。



「佐藤! プレゼン資料、今日こそ上がってるんだろうな? 残業してコンドームで遊んでる場合じゃないんだぞ」

「コン……!! そんなこと、してないですから……」


山田課長の声がフロアに響く。あとからのまさるの声はクソうるさいクーラーの音にかぶって、おそらく周りには聞こえていない。

隣の田中がニヤニヤ話しかけてくる。


「佐藤さん、コンドーム事件、女子社員の間でも話題になってて、変態って呼ばれてますよ〜。」

「変態ってなんですか! ち、違うんですよ、なぜか風が吹いてて! 」

「このフロアのクーラー、壊れ気味で音の割に風弱いじゃないですか。さすがのコンドームも飛ばない弱さですよ〜。超能力とかでもないと、飛ばないですよね〜」

「ち、超能力、って……」

「ふふ、エスパー佐藤、なんてねー。―――佐藤さん早くプレゼン資料進めたほうがいいですよ? 課長が使えねーなって顔してますもん」


まさるは田中に言われて、山田課長の方を見た。

すると、山田の口は動いていないのに、またエコーのかかったような声がまさるの頭に叩くように響いてきた。


「「ほんと、佐藤は使えねーな……」」


「えっ、マジ……」

「だから、黙って手を動かさしたほうがいいですよ〜」


からかうような口調の田中の方を向くと、すでにパソコンに向かって作業を始めた彼女から口を動かさない声が響いてきた。


「「佐藤さん、キモいけど……なんか放っておけないよねえ…… あの件、急がないとだし……エスパー佐藤、か……」」


それ以降、仕事に集中していたのか田中の声は聞こえてこなかった。




昼休み。夏の暑さが強まる街中を抜け、まさるは高畑の合鍵を握り、「高畑ラボ」へ向かっていた。道すがら、商店街のおばちゃんが「エスパー佐藤って、今話題なんだろ? 田中ちゃんがSNSで言ってたよ!」と話しているのが聞こえた。まさるはギョッとして足を速める。

今日はことさら暑い。天気予報どころかテレビもあまり見てないから、梅雨明けしたのかどうかもわからないが、とにかく初夏どころか夏の日差しだ。手にした500円弁当が、レンチンしなくとも温まってるみたいだ。



「あちぃ……はょ、クーラー……」


クーラーがガンガン効いた高畑の部屋に転がり込むと、まさるはとソファにドサリと身体を沈めた。

高畑はいらっしゃいと、水出しコーヒーを差し出す。一気にストローを吸い込むと、アイスコーヒーがまさるの身体をひんやりさせ、汗も引いていく。

あまりなかった食欲も、なんとなく湧いてきてワンコイン弁当を食べ始める。高畑は隣で菓子パンを齧っている。

食事を終えたところで、高畑が目を輝かせてさっそくやる気を見せた。


「佐藤! 今日からテレパシーの訓練も追加しようと思うんだ!」

「テレパシー!? ――― 待て、昨日と今朝と、勝手に人の心の声聞こえてきたんだけど……、アレか!!」

「心の声!? それ、テレパシーの初発現だ! 俺の仮説通り、複数能力持ちだな!」

「俺が佐藤に心で語りかけるから、テレパシーを使って俺の心を読んでみろ!」

「えっと……聞こえろ?」

「そう、集中するんだ」

「聞こえろー、聞こえろー、聞こえろー……」


まさるは集中するが、何も聞こえてこない。テレキネシスを使うつもりはないが、テーブルに置きっぱなしのコンドームのほうがフラフラと浮かび上がる。なぜだか、コンドームは俺の超能力との相性がいいようだ。それを目にしてから、高畑の方を見るがなにも聞こえない。こいつの目も、ちょっと諦めたっぽくみえた。

テレパシーは失敗かなと、指先の力を抜いた瞬間、頭痛とともに頭にエコーのかかった声が響いた。


「「……佐藤の昔のダサい髪型、懐かしいな……」」


「やめろよ! 高校の話!」


思わず赤面したまさるだったが、直後に強烈な眠気が襲う。バタリとソファに倒れ込んだまさるの顔を、高畑は覗き込んだ。


「俺の心の声、聞こえたみたいだな……。高校の時めっちゃダッセー髪型してたよな、お前。懐かしいよ」



高畑は計測器のモニターを確認して、タブレットに「副作用:眠気、テレパシーでも発生か?」と記録した。それから、まさるが起きてきたときのためにおかわりのアイスコーヒーを準備し始めた。


目を覚ましたまさるは、アイスコーヒーを一気に飲んで一息つく。また5分くらいの寝落ちの様だ。高畑は時間を確認してからタブレットにあれこれ書き込みながら、話し始める。


「佐藤、テレパシーも暴走したら、結構大変だと思うんだ。職場でやらかすとか、困るだろ? コンドームが浮いたことからも、能力を使うのはテレキネシスもテレパシーも元は同じ超能力なんだと思う。だから昨日した制御練習みたいに、テレキネシスの練習をするのがいいと思うんだ。」

「昨日みたいに制御練習……って、人助けしたりとかか? ただ、外で集中すると、変な格好になっちゃうから、恥ずかしいんだよな……」


高畑は眼鏡を直し、懐かしそうに笑う。


「うん、やっぱり人助けしたいよな。昔、研究会で『超能力で誰かを助ける』って話してただろ? あの頃、俺、無茶な実験で佐藤に迷惑かけたからさ…。お前の力で誰か笑顔にできたら、なんか、俺も救われる気がするんだ。」


まさるは高校時代の記憶をぼんやり思い出す。学校の理科室、変な光を見た実験の日。


「……まあ、仕事に支障ない程度なら、ちょっとだけな。」



昼休み終了間際、公園近くのコンビニ前で、高校生がアイスを食べていた。昼休みに買いに来たのだろう。


「暑いもんなあ、アイス食べたくなるよな」

「高校も昼休みが終わる時間じゃねーの?はよ食べないと授業遅刻しそうだね」


そんな話をするくらいに、急いでアイスを食べている高校生の前を通り過ぎたときに予鈴がなった。彼は時計を見て慌てて自転車の鍵を取り出そうとして、チャリーンと音を立てその鍵を側溝に落とした。ふたりが振り向くと、高校生はあわあわと側溝を覗き込んでいた。近くに落ちていた小さな枝などでどうにか取ろうとしているが、効果はないようだ。


「おい佐藤、高校生が困ってるぞ」

「あー、自転車の鍵な……」

「テレキネシスで動かしてみろ。スプーンも前より動くようになったし、自転車の鍵くらいなら行けるはずだ」

「え、ここで? 公園と違って隠れる場所、ないけど……」

「予鈴のチャイムってことは、あと5分で授業始まっちゃうじゃん。急ぎの事案だよ」

「ま、まあ……、そうだな。えぇっと、動けー、動けー、動けー」


まさるはまたへっぴり腰な姿勢で側溝の鍵よと念じる。

鍵がふわりと浮かぶが、コントロールが効かず、側溝の奥にスッコーンと飛んでいく。

高校生が鍵を目で追いながら「え、え!」と叫んでいる。


「やばっ、失敗!」

「佐藤、もう一回だ!」

「いや、もう……限界……」

「立ったまま寝るなー」

「ね、寝ない……けど……」

「佐藤〜!」


まさるは電柱に寄りかかり、高畑がまさるを揺さぶる。ふたりがわちゃわちゃしている間に、高校生はため息をついてポケットをごそごそして鍵を出した。


「もう授業はじまっちゃう……仕方ない、スペアキー使うか……。なんでもう少しで届きそうだったのに、急に変な動きしたんだろ……」


スペアの自転車の鍵をさして、自転車に跨ぐ。高校生は首を傾げながら学校へ戻っていった。

そんな様子を、怪しげな男が見ていたのは誰も気がついていなかった。




オフィスに戻ると、田中がまたニヤニヤしていた。その奥に山田課長のイライラした顔が見えて、慌ててパソコンの前に座る。


「佐藤さん、資料まだ? 課長、ブチギレてるよ」

「ええっ、もう少しなんだけどな……」

「課長の顔見てみなよ。あの表情、なんかやばくない?」


パソコンの影から恐る恐る山田課長の方を見ると、心の声が2種類聞こえてきた


「「佐藤、今日失敗したらマジでヤバいぞ」」

「「佐藤さん気になる……けどあの連絡、急がないと…」」


テレパシーが暴走したのか頭にぐわんと響く2種類声に、まさるは両耳を塞ぐ。音は消えたが、頭がガンガンと痛む。目をじっと閉じて、頭痛が消えた頃に手を話すと、もう声は聞こえなかった。


その後のプレゼンは散々だった。取引先の深澤部長の「取引きやめようかな……」の心の声が聞こえたため、いつもより声を張り上げ、愛想よく、熱意増し増しでプレゼンしたのだが、心の声同様に色よい返事はなかった。

山田課長はまさるのプレゼンのせいだと詰ったが、プレゼン前から取り引き辞めようって考えてたんだからプレゼンのせいじゃないよとまさるは不貞腐れた。


落ち込み気味で仕事から帰宅の途中、高校生の鍵を落とした側溝の前を通る。まさるはふと立ち止まって、周りを見回す。

日も暮れて、辺りには誰もいなかった。


「…………。」


なんとなく、テレキネシスのポーズをとって、指先に力を込める。動け、動け、動け、と。課長からの理不尽な怒りの矛先を指先に向けた。


「……クソー!!俺のプレゼンのせいじゃ、ないっ!!」


するとぐぃん、と身体の力が引っ張られる感覚があり、まさるは両足に力を込めて踏ん張った。反発する何かの力を感じ、両手を引っ込めようと動かす。

チャリっと金属の擦れるような音がして、手のなかになにかが飛び込んできた。


「あ、チャリの鍵だ……」


コンビニに落とし物拾ったと預けてから、帰宅の途につく。眠気で大きなあくびをした。これも副作用か……と、両目をこすりながら歩き出す。


そんなまさるの一挙手一投足を、遠くから見られていたとは気が付かなかった。

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