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第2話

東京の雑居ビルが立ち並ぶオフィス街。朝の「ブルーバード企画」は、いつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。コピー機のトナーの匂いが漂うフロアで、まさるは大あくびをしながら、昨夜の出来事を反芻していた。


(コンドーム、浮いたんだよな……俺って、マジでエスパー……?)


猫っ毛の寝癖がびょこんと跳ねた頭を掻きながら、まさるは半信半疑で呟く。昨日、公園で高畑のバッグをテレキネシスで浮かせ、夜にはオフィスでコンドームを浮かせた少し不思議な出来事。


「佐藤! 次のプレゼン資料、書いてるんだろうな?!」


課長・山田の声がフロアに響く。昨日は疲れていたらしいが、今朝は妙に元気なようだ。

こちとら課長の追加指示(「取引先の資料を全部PDF化しろ」とか簡単に言いやがって)に追われ、疲労で睡魔との戦いに敗れ、すっかりプレゼン資料を忘れていた。


まさるは慌てて「は、はい! 書いてます!」と誤魔化すが、実際は真っ白なパソコン画面にため息をつく。そんなまさるに、隣のデスクの田中がニヤニヤしながら近づいてきた。


「佐藤さん、変な趣味やめてよね。昨日コンドームで遊んでたんだって? キモいにも程があるよ〜」

「ち、違うんです! 遊んでないですって。あれは……風! 風のせい!」

「ふーん、室内に風、ねえ? でもさ、商店街で変な噂流すと、観光客増えるらしいよ〜。うちの実家も店やってるけど、ネットの噂話のおかげで最近お客さん増えててさ。もしかしたら、佐藤さんの変な噂でモテるかもよ〜?」

「コンドームで遊んでる噂じゃ、モテるわけないじゃないですか!」

「なにがどうなるかわからないよー。ね、コンドーム佐藤さーん?」

「変なあだ名つけないでくださいよっ。コンドームで遊んだりしてないですからね!」


まさるの弁解は空しく、田中は笑いながら去る。この会社一番のお局様である彼女に知られてしまったからには、たぶん今日中には女子社員すべてにこのことが知られてしまってるだろう。また仕事がやりにくくなるとため息も出る。


「だからといって、エスパーだなんて胡散臭すぎるし、言えるわけないよ……」






昼休み。いつもの公園のベンチを避け、まさるは高畑からもらった合鍵を握りしめ、池袋の古いアパートへ向かう。夏の気配が漂う街は蒸し暑く、500円(ワンコイン)の唐揚げ弁当が手に汗ばむ。


「高畑の(ラボ)、クーラー効いてたしな……まあ、悪くないか。」


アパートの一室、「高畑ラボ」は相変わらずのカオスだった。本や雑誌がタワー状に積まれ、ノートパソコンとエナジードリンクの空き缶が散乱していた。それを避けながらクーラーがガンガン効いた部屋の中央のソファまでたどり着くと、まさるはドサリと座る。


「ふぃ〜。生き返る………」

「おぉ、佐藤! 待ってたぞ! さっそく訓練しようじゃないか!」


高畑悠斗がタブレットを手に、奥の寝室から現れる。美味しい水出しコーヒーも一緒だ。白いシャツにずり落ちそうな眼鏡、学生時代のオタクな雰囲気そのままだった。昔から老け顔だったから、年齢に追いついたというか。


「昼休みそんなに時間があるわけじゃないんだ……弁当食わせてくれよ…」


まさるは唐揚げを頬張りながらボヤくが、高畑は目を輝かせる。


「あれからいろんなテレキネシスに関する文献を漁っていたんだ。そこから、俺なりに考えて、有効と思われる訓練方法をいくつか考えてみたんだ。」

「訓練? あれ、本気だったんだ……大体、昨日のは偶然だろ?」


高畑はテーブルの上にスプーン、ペン、そしてなぜかコンドーム(!)を並べる。それから見たことがないモニターがいくつもついた変な計測機械をでんと載せる。


「またコンドーム!? トラウマなんですけど!」

「科学的実験には、最も軽量で空気抵抗の少ない物体が最適だ。さ、浮かせてみろ!」

「最適って……お前、絶対ふざけてるだろ!」


弁当を食べ終わるのを待って、訓練が始まる。高畑が計測器のスイッチをいれ、どうぞと促す。どうぞじゃねえよと思いながら、まさるは渋々、親指、人差し指、小指を立て、それらしく指を動かしてみた。もちろん、なにも動かない。

チラリと高畑を見ると、期待に満ちた目をしている。小さなため息をついてから、もう一度昨日の感覚を思い出して念じる。


「えっと、動け……動け……動け……動けー」


何度かつぶやくうちに、なんとなくスプーンがガタガタ震え出した。その隣を見ると、ペンがゆっくりと回転し始める。


「あ、あ、うご、動いたっ……!」


まさるがスプーンとペンの動きに驚いて両手を挙げると、それに合わせてコンドームがぴゅーと勢いよく飛び上がり、天井にびたんと張り付いた。


「うわっ! コンドーム、なんで!!」

「素晴らしい! この高さ!! この物体が一番テレキネシス伝達能力が高いのか。ゴムがいいのか?薄さがいいのか?……はっ、こうしちゃいられない、軌道データ取らなきゃ!」


まさるが絶叫する傍ら、高畑は計測器のモニターを確認して手元のノートにメモを走らせる。書いたのがノートの最終ページだったらしく、新しいノートを探し始めるが自身の部屋の散乱ぶりに高畑は手当たり次第の本を崩していく。


「くそ、新しいノートどこにやった……?」

「高畑、部屋汚すぎ!! もっと、整理整頓しないと、必要なものが見つからなくなるぞ」

「お、これだ、これだ。―――おい佐藤、ちゃんと集中しないと!! 物体が落ちてきてるじゃないか!」

「そんなこと、いったって……ふぁ」


まさるは、落ちかけていたコンドームに意識を戻した。が、その直後、まさるの目に急激な眠気が襲う。

天井に向かったコンドームは、まさるの意識と連動してフラフラと床に落ちる。


「う……なんか、眠い……」

「おい、佐藤!!」

「ちょっと、だけ……寝か、して……」


ぱたり、とまさるはソファに倒れ込んだ。高畑が顔を覗き込むと、まさるの眉間にしわが寄ったまま、すやすやと寝落ちしているようだった。

高畑は放物線など図形を書き込んだノートをテーブルに置き、代わりにタブレットに「エネルギー消費による副作用?」と入力し、眉をひそめる。



5分ほどして目を覚ましたまさるに、高畑がアイスコーヒーのおかわりを出した。

冷たいコーヒーに意識がはっきりし始めたまさるに、高畑が切り出す。


「佐藤、ちょっと話があるんだ。」

「ん? 何?」


高畑は少し照れくさそうに眼鏡を直す。高校時代よく見た表情だ。ひどく懐かしい感じがした。


「昨日のお前、めっちゃカッコよかったよ。バッグ、ふわっと浮いてさ。昔、俺らが『不思議現象研究会』でスプーン曲げとかやってた頃、思い出したんだ。」

「は? あのダサい部活の話? やめろよ、恥ずかしい……」


まさるは顔をしかめるが、高畑は笑いながら続ける。


「いや、でもさ、あの頃、俺ら『何か面白いこと』探してたじゃん? 俺も中村もヒーローになりたいが研究の始まりだったし。だから、お前の力、誰かを助けるのに使えたら、めっちゃ面白いことになると思わない?」

「俺は、ヒーローとか言ってないし……大体、人助けって…… 俺、忙しいんだから!」

「佐藤、俺、昔さ、ちょっと無茶な実験推しちゃって、お前に迷惑かけたこと、気にしてたんだ。あの頃結局出来なかった『面白いこと』、お前とまたやりたいなって。地味なことからでいいから、力使ってみねえ?」


まさるは高校時代の記憶をぼんやり思い出す。地元の公立高校、理科室の片隅で高畑たちと「超能力で世界を変える!」と盛り上がった日々。ある実験で変な光を見て、頭がクラクラしたこと。記憶が曖昧だが、高畑の「迷惑かけた」という言葉に、胸がチクリとする。


「……まあ、ちょっとくらいなら、いいか。仕事に差し支えない範囲なら」



昼休み終了間際、公園向かいにある高校のジャージを着た女の子が、木に引っかかったバドミントンのシャトルに手を伸ばしたまま嘆いていた。


「あー、顧問に怒られる! 新品だったのに!」


背中にバドミントン部と書いてあるところからも、昼休みの練習でここまでシャトルを飛ばしてしまったらしい。そう言えばこの高校はスポーツ強豪校らしいから、彼女もここまで飛ばせるくらいに剛腕なのだろう。





「おい佐藤、あれだ! テレキネシスで下ろせ!」

「マジかよ……まあ、遠くからならいいか……」

「いや、そんなに離れたら、エネルギーが届かない可能性がある。もっと近づくんだ!」

「えぇっ、でも、近いと怪しくないか?」

「もっと手を伸ばすんだ。それから、集中しろ」

「こ、こうかな」

「指先の方に意識を集めるんだ」

「えっ、こうかな。なんか、恥ずかしいんだけど……」


高畑に焚き付けられたまさるは、ブツブツ言いながら、木陰で指を立てる。へっぴり腰で指を立て、シャトルに意識を集中した。

ここに、変な指の動きをしている小さなおじさんが爆誕した。その横にメモを取るおじさんも添えられている。


「佐藤、さあ、シャトルに集中するんだ!」

「よし、動け、動け、動け……!」



シャトルがふわりと浮かぶが、その時にブワッと突然風が吹いた。まさるは指先に力を込めるがコントロールできず、シャトルは女の子の頭に直撃した。


「痛っ!!」


彼女は頭を撫でながら、ぶつかったものが飛んできた方を睨む。

まさるは集中してシャトルを見ていたため、つまりは女子高生とバッチリ目が合う。


「 ―――何?変なオジサンがこっち見てる!」

「なっ!!オジサンじゃない! 30歳だ!」

「オジサンじゃん。こっち見ないでよっ、キモっ!」


女子高生はくるりとポニーテールを揺すって背を向ける。シャトルも取れたので、学校に戻るようだ。

去り際に彼女が呟いたのは、まさるも高畑も聞き取れなかった。


「風で落ちてくれてよかったけど……、あのシャトル、変な動きしたよね……?」





「よっしゃ!!初の人助け、成功!ヒーローだ!!」

「しっ!―――あまりおっきな声出すなよ! 恥ずかしいだろ…」

「あのくらいの距離ならエネルギーが届くということか……。また重量が軽い物体の方が反応が良いことがわかったな。」

「ふぁ……、昼ご飯かっこんで食ったから、血糖値爆上がりしたのかな……めっちゃ、眠ぅ」

「おい、佐藤、立ったまま寝るなよ?」

「だいじょーぶ、だけど、マジ寝みぃー」

「大丈夫か……気をつけろよ?」


電柱に寄りかかったりフラフラするまさるを遠くで、黒いスーツの男が見ていたのだが、まさるも高畑も気が付くことはなかった。


オフィスに戻ると、田中がまた隣の席でニヤニヤしていた。


「佐藤さん、課長に言われてた資料できた?」

「まあ、書いてますよ……」

「午前中真っ白だったじゃない?ホントかな〜?」

「あと少しで出来上がりますから、大丈夫ですって。」


まさるは手を降ってなんとか誤魔化そうとすると、ズキンと頭が痛む。こめかみに手をやると、田中の声が響く。


「「佐藤さん、変な奴だけど、なんか気になるわね…… 頼まれたあの件、早く進めなきゃだから、佐藤さんのこと、伝えなきゃ……」」



「―――えっ、何!?」


田中の顔を見るが、口は動いていない。いつもの声ではなくエコーがかかったように聞こえて、変な感じだった。


「何って?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「ふーん」


田中の不思議そうな視線に、まさるは慌てて誤魔化した。田中は眉をしかめてから、パソコンに向き直った。それ以上、変な声は聞こえなかった。




仕事が終わり、アパート(ラボ)に寄ると笑顔の高畑が待っていた。クーラーの効いた部屋で、水出しコーヒーがアツい身体を冷やす。


「いやーあの女の子は風だと思い込んでいたが、確実にお前の力だったな!! 明らかに不思議な動きしていたしな」

「……てか、使ったら眠くなるんだけど、これ何?」

「エネルギー消費の副作用かも。今後もデータ取っていかないと、はっきりしないな。」

「エスパー、面倒だな……」

「ま、明日も頼むよ。データは多ければ多いほうが研究に良い」

「どうせ昼休憩に寄らしてもらうからな」


まさるはアパートを出て夜道を歩く。

初夏の夜風は程よい気温だった。ポケットに手を入れると、高畑のアパートの合鍵が指に触れた。なんとなく、その形を指でなぞる。


「高畑のやつ、昔みたいにバカやってるな……でも、なんか、悪くねえな。くくっ」


胸の奥で、ドキドキが膨らんでいた。


足取りの軽いまさるは路地裏で、電話をしている謎の男とすれ違った。ご機嫌のまさるは、彼の視線がずっと自分を追っていることには気づかなかった。



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