第11話
秋のマルシェで、商店街は観光客で溢れていた。
色とりどりのテントやカボチャの飾り付けが並び、提灯が秋の風に揺れる。佐藤は組合長の依頼でテント設営を手伝っていた。
そこに西潟プリントの社長が新たな看板を持ってきた。田中の指示でとりあえず置かれた看板には『噂の#エスパー佐藤の聖地』『トレンド1位!』『話題の動画→QRコードはこちら』など書かれている。
田中はしばらく西潟社長とにこやかに話し、組合長と肩を叩き合っている。
思い返せば、商店街で田中は組合長含め全員と親しげだった。実家がここの商店街なら当たり前だ。この企画もやる気満々だったのは、実家があったからだろう。
昨日はまたもテレポーテーションの副作用でトイレに駆け込む羽目になったが、田中のおかげで大事にならずに済んだ。恥ずかしさで顔が熱くなるが、田中が石川のスパイではなく、商店街のPRのために動いていたと知り、胸のモヤモヤが少し晴れた気がする。
彼女は何人か商店街のおじさんたちに声を掛けてから、まさるのところにやってきた。
「あ! 佐藤さん!! #エスパー佐藤のおかげで、マルシェも大成功だね! ありがとうね!」
「田中さん、本当にSNSの書き込みは……ただの宣伝なんだよね?」
「他になんもないよ。ただ、私、商店街を救いたかっただけ……。寂れて人が少ないこの街に、こんな風に活気を取り戻したかった。佐藤さんの言う石川さんってのは知らないし」
「そのためだけに、あんなにSNS投稿していたのか……」
「だって、たこ焼き屋も借金で潰れそうだったけど、#エスパー佐藤のバズりで観光客が増えて、持ち直した。本当に助かったの」
田中はため息をつき、真顔で話す。
まさるの疑心暗鬼のため、西潟社長との電話での会話も、ニシカタの"ィシカ"の部分だけ聞いてしまった。疑っていた気持ちが強すぎて、田中と石川が話していると思い込んでいた。
田中はただ、実家のあるこの商店街のために手を尽くしているだけだったのだ。
「田中さん、俺も……商店街、嫌いじゃないよ。たこ焼き、美味いし」
「佐藤さん……! じゃあ、一緒にマルシェ盛り上げよう! まずはこの#エスパー佐藤の看板設置ね」
「えっ!これ、もしかして俺が運ぶの……?」
「頼むね、エスパー佐藤さん!!」
猫っ毛の寝癖がびょこんと跳ねた頭を掻きながら、オフィスに戻ると課長が機嫌よく次の仕事を振ってきた。商店街の仕事の評判がいいのはありがたいが、いつも不機嫌な課長がニコニコなのはなんだか悪い予感しかない。
そう考えた瞬間、スマホの通知が鳴る。
佐藤くん。まだ君はテレポーテーションの制御は出来ないはずだろう。今度は逃げられる前にθ波コントローラの完全制御を試させてもらうよ。世間に私の研究を知らしめるための最終実験だ――石川
手が震え、スマホを落としそうになる。呼吸を落ち着かせて、まさるは椅子に座り直した。
(田中さんは無関係で、たまたま俺が商店街の仕事だったりSNSがバズっただけなはずだ。世間に私の研究知らしめるってことは、石川が独自に動画撮影するのか……? いや、ちょうどよく#エスパー佐藤で有名な商店街があるわけだし、バズりとかに敏感な人間が集まるわけで……)
スマホを持って考える。
おそらくバズだのSNSだのが好きな人たちが集まる商店街のマルシェで、また不思議な出来事が起きれば再びSNSで拡散されるだろう。つまり、最終実験の期限は明日のマルシェ最終日。
出来るだけ早めに高畑と対策を練らなきゃ―――と考えたまさるだったが、高畑のラボにはもう行かないと言ったことを思い出す。
頭を掻きむしると、隣の田中が絶妙なタイミングで声をかけてくる。
「あれ?佐藤さん、昼休みですけど出かけないんですか?」
「あー、えっと、今日はやめとこうかな……」
「彼女さんさみしがるんじゃないですか?」
「へ、か、彼女!? ―――いやいやいやお昼に行ってるのは彼女とかじゃないですって!」
「えー、毎日お昼も夕方も、同じアパートに通ってるじゃないですか。しかも嬉しそうに。前に聞いた時も濁したから絶対にそうだって、女子社員のLIVEで話題にしてたんですよ」
「……そうだった……田中さんは単に噂が好きなお局様なんだった……」
「酷い!お局様ってなんですか?? 噂話は大好きですけど」
「とにかく、彼女じゃないよ、ただの高校時代の友達……男だよ」
「あ、彼女じゃなくって、彼氏さんかー。今の時代はそういうのも、普通ですしね……あんまり偏見とかないつもりですけど、失礼があったらごめんね」
「違うーーー!!」
田中の相手が面倒くさくなり席を立つ。行く場所もないのに、外に飛び出した。
残暑がアスファルトを焼く商店街を抜け、まさるは高畑のラボの前にいた。つい、ここにたどり着いてしまっただけだ。
まさるは逡巡する。あんなこと言った手前入りにくい。でも、また石川のメールが着たから相談もしたい。最終実験というのも気になる。しかし、昨日の今日だ。
手にはおもちゃのピストルがある。返したほうがいい気もするし、ないとまた石川に出会ったときに困る。―――よし、おもちゃ屋で新しいピストル買ったら返そう。
アパートのドアの前で長考した結果、高畑のラボに入るのをやめて背を向けると、ちょうど帰宅してきた高畑と出会ってしまった。
「……あ。……よ、よお、高畑……」
「………なんだよ、合鍵あるだろ。……入れよ」
「お…、おお……」
ふたりはぎこちないやりとりをして、アパートのドアを開けた。相変わらず、埃とコーヒーの匂いが迎える。高畑が水出しコーヒーを差し出すが、まさるはお腹を気にして温かいお茶を選ぶ。
いつものソファの定位置に座るが、まだぎこちなくて少し沈黙する。
まさるはお茶を数口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。
「なあ高畑、これ……おもちゃのピストル。助かった」
「うん?―――助かった?」
「うん。昨夜、石川に出会って、また変な装置でテレキネシスが暴走しそうになったんだ。だけど、これのおかげでテレポートしてその場から脱出が出来た」
「つまり、テレポーテーションの発動で、デバイスの制御が出来なくなったのか?」
「いや、そこまではわからないけど。たまたまテレポートした先が田中さんの実家の裏口で、おなかもゴロゴロしたし、家にあげてもらったからか石川にはその後会うこともなかったんだ」
「田中さんって、同僚の? 石川と繋がっているんじゃなかったのか?」
「いや、田中さんはシロだった。単に、実家のたこ焼き屋と商店街を盛り上げるために、SNSを駆使してるってだけだった。いろいろ連絡してたのも、看板の印刷とか、本当に商店街のイベントに関することだったんだ。まあ、噂好きなのは事実だけど」
今日のまた変な疑いをおもいだし、まさるはゲンナリする。SNSに上げなくても、社内1のお局様だから意味の分からない噂話が広がってる予感がする。
「それから、今日も石川からメール来た。アイツの目的はあのデバイス……研究結果を世に知らしめるってことらしい。たぶんそのために明日のマルシェ最終日になにか仕掛けてくるはずだ。これについて、相談したくて、さ。」
まさるが震える手でスマホを見せる。高畑はメガネをクイッと上げ、メールを一瞥。眉間に深い皺が刻まれる。
「まだ君はテレポーテーションの制御は出来ないはずだろう……とは……、そうか!まだ、このおもちゃのピストルのことはバレていないのか!!」
「そうだと思う。田中さんがスパイじゃなかったから、石川が見た情報しかないと思うんだ。ちょうど石川から俺の手元が見えない位置で助かった」
「最終実験……。θ波コントローラの完成度を試す気だな。佐藤の脳波を100%捕捉して、テレキネシスと自由に操るつもりだろうが、テレポーテーションのおかげで、アイツの思うようには行かないだろう。これは面白い」
高畑はソファに深く座り直し、自分のあごを撫でる。それから、遠慮がちにまさるの方を見た。
「テレポーテーションの連発で、装置の影響を無効化できるはずだ。ただ……お前はあまり、能力を使いたくないとは……思うが……」
まさるはゆっくりと頷く。
「だが、石川に対抗するには、それしかないんだろう?」
「―――俺の考えばかり押し付けて済まないな。」
高畑は昨日とは違い、まさるの瞳をじっと見た。まさるも見つめ返し、穏やかな表情で話す。
「昨日は悪かった。気持ちが混乱していた。よく考えたら、高畑は俺のことをいろいろ考えてくれたのに」
「いや、俺の方こそごめん。あの、高校時代から、あの装置をイジらなければ……」
「たぶんだけど―――、高畑や中村が触れなくても石川が装置を作動していたと思うんだ。ただの高校の同好会に、そんな装置持ち込むなんて、俺らを実験台にしようとしてたとしか思えないし。だから、気にするな、高畑」
「ありがとう、佐藤」
ふたりは照れたように笑い、それから何故か握手をした。
「よし、そうしたら佐藤、テレポーテーションの訓練をしよう」
「……また訓練かよ!」




