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03 その少年、幻想

 彼はほとんど一日中寮に籠り、自ら創り上げた虚構の世界に没頭していた。壮大な異世界の設定を練り上げ、性格も背景も異なる数十人のオリジナルキャラクターを描くために、古代神話を読み込み、設定の整合性を求めて哲学・宗教・宇宙論にまで手を伸ばした。

 授業? それはただの形式にすぎない。

 欠席も多く、重要なセミナーさえしばしばサボっていたが、学期末には常に成績トップ。教授たちは呆れつつも、結局は感嘆のため息を漏らすしかなかった。

「お前は、この幻想の中にいつまでも逃げ込めると思っているのか?」

 父は何度もビデオ通話越しに彼を叱責した。厳しい表情と、揺るぎない口調で。

 だが、颯真が全国首位の成績で期末レポートを提出し、模擬国連大会で各国の代表を圧倒する姿を見るたび、誠一郎は結局怒りを飲み込み、深いため息をつくだけだった。

「好きにすればいい。ただし、九条家の名に泥を塗るな。」

 それが、父と息子が最後に交わした言葉だった。

 颯真は反論する気にもなれなかった。

 父が、自分がなぜ空想の世界にこれほどまで惹かれるのかを、決して理解することはない――そう悟っていたからだ。

 彼にとって現実世界は、見えない規則と権謀に満ちた息苦しい場所だった。

 だが、二次元の世界だけは純粋で自由だ。そこでは正義が悪を打ち倒し、悪人でさえも必ずしも悪ではない。運命は自らの手で描かれ、権威やルールに縛られることもない。

 夜。彼は灯りを落とし、青白く光るモニターの前に座ってキーボードを叩く。

 一行ずつ文字が紡がれ、行間から登場人物たちが息づき始める。

 唇の端をわずかに上げ、颯真は低く呟いた。

「これこそが、俺の本当の世界だ。」

 翌朝。街は暖かな陽光に包まれ、澄み切った空が高層ビルのガラスに映り込んでいた。

 通りにはコーヒーの香りが漂い、ラジオからは軽快なニュースが流れていた。

 キャンパスの芝生では、学生たちの笑い声が穏やかにこだまする。

 すべてがいつも通りに流れていた――その瞬間、晴れ渡った空が突如として裂けた。

 青空の彼方に、まばゆい幻影が浮かび上がる。

 それは金髪の女だった。

 背筋を伸ばし、古代の王冠を戴き、金の刺繍が施されたギリシャ風の衣をまとっている。

 紅玉のように深く冷たい瞳が、朝の光を反射して凛と輝いた。

 その身を包む聖なる光はまばゆくも、同時に――審判と軽蔑の気配を帯びていた。

 やがて彼女の姿は、テレビ、スマートフォン、コンピューター、さらには窓や鏡といった、

 あらゆる「平面」の上に同時に映し出された。

 瞬く間に地球全体を覆う、遍在する投影像となったのだ。

 女はゆるやかに顎を上げ、その声が波のように人々の心へと流れ込む。

 自らを「神」と名乗った彼女は、この世界の支配を宣言した。

 そして、魔法と超常の力を導入し、全人類に特別な能力を授けることで――

 世界の法則を根底から書き換えると告げた。

 その宣告が終わると同時に、都市の広場でも、カフェでも、リビングでも、トンネルの中でも、

 人々の瞳は恐怖と混乱に満ちた。

 悲鳴、祈り、跪き――それらが交錯し、終末前夜のような混沌の旋律を奏でる。

 テレビウォールも通信網も完全に麻痺し、

 ただ彼女の声と映像だけが、時空を超えて世界の隅々に響き渡った。

 ――だが、その頃。

 大学寮・西棟の奥の一室で、颯真はノイズキャンセリングヘッドホンをつけ、

 ハイテンションなアニメソングのリズムに身を委ねていた。

 外界から完全に切り離され、

 彼は徹夜明けのままデジタルペンを握りしめ、液晶タブレットの上で線を走らせている。

 オリジナルキャラクターの最終デザインに、颯真は全神経を注いでいた。

「うーん……髪はもう少し荒々しく、武器は――そうだ、双刃の大鎌にしよう。」

 小さく呟きながら、集中した視線を画面に向ける。外の世界が激しく揺れていることなど、まるで気づいていなかった。

 机の横のスマートフォンが激しく点滅し、

【緊急警報】【異常発生】【世界的異変】――といった通知が次々と画面を埋め尽くす。

 だが颯真は次の瞬間、ぱん、と太ももを叩き、満足げに笑った。

「完璧! クラウディア最終形態、完成!」

 部屋の外では学生たちの悲鳴と放送が入り乱れ、建物全体が微かに震えていた。

 棚に並ぶフィギュアもかすかに揺れる。

 しかし颯真は気だるげにヘッドホンを外し、スマホを手に取って未読通知を一瞥しただけだった。

「え? また『終末ごっこ』でも始めたのか?」

 軽く肩をすくめ、適当にひとつのメッセージを開く。

 どれも数分前で止まっている。

 小さく息を吐き、再びヘッドホンを装着すると、

 おなじみの熱血アニメソングを再生し、執筆中の『クラウディア』最終決戦編へと没頭した。

 その瞬間、運命は静かに書き換えられていた。

 終焉の鐘はすでに鳴り響いていたのだ。

 それでも彼は、激動する現実から切り離されたまま――

 自らの幻想の王国に生き続けていた。

はい、というわけで今回の章はここまで!次の章は6日後の11月11日に公開予定です。ぜひお楽しみに!

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