14 世界が終わる図書館で、君に出会った
角を一つ曲がった先、壁際の消火器ボックスの横に、散乱した数冊の学術誌と、壊れた眼鏡が折り重なるように放置されているのが目に入った。レンズは割れ、フレームは無残に歪んでいる。
颯真はわずかに眉をひそめ、しゃがみ込んで一冊を拾い上げた。数ページめくると、そこには乱雑な書き込みや修正が施され、引き裂かれた痕跡さえ残る論文コピーが詰め込まれていた。
「……何だこれ。悪趣味な悪戯か?」
鼻で笑い、雑誌を元の場所へ放り投げると、彼は再び歩き出した。
奥へ進むほど、図書館内に漂う不自然な静けさは濃さを増し、まるで空気そのものが淀んでいるかのように感じられる。
通路の突き当たりでは、明滅を繰り返すダウンライトが断続的に光と影を落とし、書架の隙間を揺らめかせていた。その先、床の隅に浮かび上がる不規則な暗い痕跡は、濡れた泥が引きずられた跡のようにも見える。
颯真はちらりとそれを一瞥し、心の中で「演出はなかなか凝っているな」と毒づいたが、特に気に留める様子もなかった。彼は政治・国際関係の書架へ向かい、記憶を頼りに目的の論文集を探し始める。指先で黄ばんだ背表紙をなぞっていくと、ラベルの剥がれたものや、湿気で紙が膨らみ歪んだ本が、ところどころに混じっていた。
その時、正体のはっきりしない、ぼんやりとした影が、本棚の間を縫うように動いているのが、視界の端に映った。現れては消え、消えてはまた現れる――まるで何者かが、音も立てずに颯真の後をつけているかのようだった。距離は常に、近すぎず遠すぎず。影は薄暗い照明の下、視線の死角に身を潜めながら忍び寄り、静かに颯真を見つめ続けている。何かを待っているかのように。
やがて颯真は、壁際の低い書棚に差し込まれた、ひどく年季の入った論文集を見つけた。表紙は斑に傷み、角はくるりと反り返っている。それを引き抜き、ぱらりと中身を確認する。求めていた資料だと分かると、口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「……よし」
立ち去ろうとした、その瞬間だった。
少し離れた場所から、鈍い衝突音が響いた。書架が小さく震え、数冊の本が音を立てて滑り落ちる。影の中から伸びた手が慌てて何冊かを受け止めたものの、一冊の分厚い本だけは床に落ち、鈍い音とともに埃を舞い上げた。その音は一瞬だったが、死んだような静寂の中では、やけに大きく響いた。
颯真は眉をひそめ、音のした方へ振り返る。唇には、どこか冷ややかで、からかうような笑みが浮かんでいた。
「おい、かくれんぼか?」
低く鼻で笑いながら、彼は指先で懐中時計のチェーンを軽く弄び、何気ない足取りで影の方へと歩み寄っていく。
「出てくるか、それとも怪物扱いされたいか。……力ずくになっても文句は言うなよ」
口調は冗談めいていたが、その目にははっきりとした警戒の色が宿っていた。もっとも、颯真自身は本気で怯えていたわけではない。どれほど不気味な空気が漂っていようと、彼の関心はただ一つ――無事に資料を持ち帰り、論文を仕上げられるかどうか、それだけだった。尾行している相手がいるなら、さっさと正体を突き止め、邪魔になる前に排除するまでだ。
影に潜んでいた人影は、颯真がここまで踏み込んでくるとは思っていなかったのだろう。一瞬、動きが止まり、高い書棚の奥に身を潜めていた身体が、反射的に後ずさる。暗がりの中の視線が、近づいてくる颯真を捉えた。言いようのない圧迫感に包まれ、思考が追いつかない。指先が強張り、脇に置いていた本を倒しかける。荒くなった呼吸と激しい心臓の鼓動が、静寂の中ではやけに鮮明に響いていた。
颯真があと数歩で影に手が届く――そう思われた瞬間、その人物は見えない重圧と自分自身の高鳴る鼓動に耐えきれず、勢いよく影の中から飛び出した。
「ま、待って……九条くん。ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
相手は慌てた様子で、真っ先に謝罪の言葉を口にする。
現れたのは、金髪の少女だった。淡い金色の大きなウェーブヘアが右肩に流れ落ち、青灰色の瞳が薄暗い照明の下でかすかに光を宿している。ベージュのパフスリーブのスクエアネックに、ハイウエストのデニムショートパンツ。足元は白いスニーカーだった。引き締まった体のラインと、驚くほど白い肌が、重苦しい空間の中でほのかに浮かび上がって見える。
少女は唇を噛みしめ、意を決したように小さく息を吸うと、震える声で名乗った。
「あの……私、セレステです。あなたと同じ、政治・国際関係専攻で……」




