01 その少年、始動
漆黒の雲が低く垂れこめ、街をまるで喉元から絞め上げるように覆い尽くし、息苦しさを覚えさせた。
蔦に覆われた荒廃した高層ビル群は、もはやかつての威厳を失っている。砕けたガラス片が枝の間に埋まり、灰色の空の光を鈍く反射していた。
空気は血と腐敗の臭気に満ち、息を吸うたびにまるで錆びついた刃で喉を裂かれるような痛みが走る。
遠くでは、倒壊した巨大な観覧車の残骸から蔦が狂ったように伸び、まるで生き物のように蠢きながら四方へ広がっていた。
錆びついた軍用車両が廃墟の通りに無造作に横たわり、車体には蔦の締め跡が深く刻まれている。風に煽られ、ぼろぼろの旗が音を立ててはためいた。
かつて国家の象徴だった巨大なドーム型建造物は、すでに崩れ落ちて久しい。折れた石柱には蔦が絡みつき、その上で裂けた旗が孤独に翻っている。
広場の片隅では、倒れた石像が密集する植物に覆われ、かろうじて突き出た腕と曖昧な輪郭だけが、かつての英雄の面影をかすかに留めていた。
「各隊注意! 北西方向に多数の目標出現、交戦準備!」
通信機からは、頻繁なノイズに混じってかすれた命令の声が響く。その声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。
兵士たちは防衛線を築き、息を潜めて路地の奥を凝視する。
突如、歪んだ人影が闇の中から現れた。植物の傀儡たち――枝が人や獣の死体に巻き付き、蔦が皮膚を貫いてその肉体を操っている。
恐ろしいのは、彼らの目がまだ生気を宿し、恐怖に怯えたままであることだった。
口は無力に開閉し、漏れ出るのは苦痛に満ちた低い呻きだけ。まるで意識が血肉の檻に囚われ、永遠に逃れられないかのようだった。
「撃て!」
耳をつんざく銃声が一斉に轟き、火花が闇を裂いた。弾丸は傀儡の体を貫き、千切れた蔦が飛び散る。粘ついた緑の液体が地面に飛び散り、焼けつくような音を立てて腐食していった。
それでも傀儡たちは波のように押し寄せ、撃ち抜かれてもなお前進を止めようとはしなかった。
若い兵士は、傀儡が仲間を押し倒し、短剣で胸を貫く瞬間を、目を見開いて見つめた。
仲間の瞳はまだ澄んでおり、震える唇が助けを求めるようにかすかに動いた。
血が噴き出し、蔦は歓喜に震えるかのように蠢いた。
「この化け物がっ!」
彼は咆哮し、至近距離から引き金を絞る。
傀儡の頭部が炸裂し、緑色の液体が飛び散った。
「撤退! 東側の集合地点へ退け!」
指揮官の声は嗄れ、銃火の轟音にかき消されそうだった。
頭上を武装ヘリが唸りを上げて飛び去り、機銃の掃射が街路と傀儡たちをまとめて薙ぎ払う。
高熱が蔦を焼き、炎が一瞬だけ死の街を照らした。
黒煙と火炎、そして無数の悲鳴が入り混じり、まるで地獄そのものが口を開けてすべてを飲み込むかのようだった。
だが、火が消えた後――瓦礫の隙間から、再び新たな蔦が蠢き出す。
この街はすでに植物の巣と化しており、どれほど焼き尽くしても根絶することはできなかった。
やがて夜が完全に降り、血のように赤い月が崩壊した街を照らす。
瓦礫の間を縫うように、生存者たちが必死に逃げ惑っていた。
血痕と蔦が地面を這い、まるで世界の終焉がいま始まったことを静かに語りかけているようだった。
その頃、戦場の反対側では――
ヴィクトリア・ウィンチェスター士官がアサルトライフルを振るい、取り残された生存者を援護しながら息を荒げていた。
蔦が蛇のように彼女の足元へ迫り、ヴィクトリアは後退を余儀なくされる。
「走れ! 振り向くな!」
彼女は低く叫び、氷のような青い瞳で、闇の中の脅威を鋭く見据えた。
その時、瓦礫の隙間から一本の太い蔓が突如飛び出し、彼女の足首に絡みついた。
凄まじい力で引き倒され、銃は手から離れ、肩が砕けた瓦礫に叩きつけられる。
鋭い痛みが瞬時に全身を貫いた。
歯を食いしばりながら拳銃を引き抜いた彼女は、必死に抵抗しようとする。
だが、その刹那――周囲の影が静かに動いた。
植物の傀儡たちが、いつの間にか彼女を取り囲んでいたのだ。
彼らの瞳は苦痛と絶望に濡れ、皮膚には蔓が深く刺さった痕が無数に走っていた。
口から漏れるのは掠れた呻き声。
まるで意識だけが残され、腐りかけた肉体に閉じ込められたかのようだった。
その光景は、空気さえ凍りつかせるほどの絶望を孕んでいた。
ヴィクトリアの瞳孔が一気に縮まり、心臓が不規則に跳ね上がる。
蔓と傀儡が一斉に襲いかかろうとした、その瞬間――。




