第7話:旧東京―現名も無き国への旅路(出会い)
旧東京―現名も無き国。
ここでは国の人間全てが等しく同じことをしなければいけない。
それは、神への生贄である。
一年毎に、神への生贄を捧げなければ、名も無き国は滅ぼされてしまう。
生贄に選ばれるのは決まって女性であった。
そして、その年の生贄として選ばれた女性は、名も無き国の女王となるのである。
夫は妻を差し出す。
兄は妹、姉を差し出す。
恋人を差し出さねばならぬ悔恨。
この生贄の儀はすでに数え切れぬほど繰り返されてきた。
名も無き国の民は疲弊しきっていた。
国に名前が与えられる前に、この国は滅びるかもしれないと皆が口には出さずとも、心の奥底では感じていた。
誰に生贄としての白羽の矢が立つのかは、その年になるまでわからない。
新しい年になる日に、神の御使いと自ら名乗るラルヴァが女性の名を呼ぶ。
ラルヴァが名も無き国を訪れるのは二回である。
一度目は、生贄の女性の名を告げに現れる。
名を告げられた女性は声に出さず、心で叫ぶ。
女性の身内は、絶望に身を投じる。
そして、二度目の訪問では――。
「ミ、ミネルバァぁァぁァぁァぁァぁローズフェルトぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「・・・はい」
凛とした声が答えた。
「ふふふふふふふ二日後ォォォォォォォォォォォォォォ!! 神はお前をををををををををををっっっっ!! しょしょしょ所望されるぅぅぅぅぅう!!」
「はい」
暗闇の中でもはっきりと映える、蒼く輝く瞳でラルヴァをその目に捉えながら、一度もその目を逸らさずに、ラルヴァを見つめる。
瞳の色と同じ蒼く長い髪が、たゆたう風に吹かれて揺れる。
生贄に選ばれた女性が名も無き国の女王となるのが決まりだが、この少女ほど女王としての気概と気品に溢れた人物は、過去の女王の中でも突出したものがあった。
「わわわわわわわわ我がァぁァぁァぁァ神の名をををををををを!! その口からァぁァぁァぁァなななななななななな名乗れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「・・・・・・」
「なななななななな名乗れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ラルヴァは狂乱の声を上げて言う。
神の名を名乗ったが最期、生贄は神の所有物となってしまう。
稀代の女王とはいえ、ミネルバという少女はまだ十七という年齢である。
やはり恐怖を覚えるのは無理もない。
十七年という短すぎる生涯を、神の名を口にしたが最期自ら閉ざすことになる。
その事実を知っているからこそ、ミネルバは容易に口を開くことが出来ないでいた。
「おおぅ! 我らが救世主は間に合わなんだか!」
しわがれた声の老人が言った。
「お許しくだされミネルバ様! この爺には何も出来ませんでした! ミネルバ様はご自身が神の生贄に選ばれた身であるというのに、我ら民をいつも勇気づけてくださった! だというのに我らは、この爺は何も、何もミネルバ様に出来ないまま――」
老人は、代々名も無き国の女王に使えるたった一人の従者であった。
老人は今までも、数多くの女王を神の生贄として差し出し、その最期を見届けてきた。
老人にとって、ミネルバは孫娘のような存在であり、ミネルバもまた、老人のことを本当の祖父のように思っていた。
「わわわわわわわわ我が神の名ををををををををを告げぬのでぇぇぇぇぇえあればァぁァぁァぁァ!! ここここここここここいつををををををここここここここ殺すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
言うと、ラルヴァは頭上高く両手を掲げる。
掲げた両掌は徐々に赤みを増していき、熱気が辺りを満たしていく。
「わわわわわわわわ我が神の名はァぁァぁァぁァ!!」
「我が神の名を告げましょう!」
再び、ミネルバは凛とした声で言う。
ミネルバの声にラルヴァはピタリ、と動きを止めた。
そして、邪悪と称するに値する笑みをミネルバに向けた。
「我が神の名は―――」
「ああビビった。マジでビビった!」
ラルヴァ? とかいう未だに訳の分らん黒騎士さんが、たくさんのお友達を連れてきたときは本気で終わりだと思いましたよ。
でもまあ何とかなるもんだね!
あんな大群を何とか出来る俺って凄いと自画自賛しちゃうよ、俺!
「聖夜様」
しかし、本当にここってば未来なのん?
未来がこんなのだと知ってたら、勉強なんかしなかったんだぜ!!
もっといっぱい遊んでおけばよかったと思ってるんだぜ!!
「聖夜様!」
「は、はい!」
シュタイナーさんの怒声のような呼びかけに驚いてしまう俺。
仕方ないよね?
シュタイナーさんみたいな凶悪なお顔の持ち主になら驚くなという方が無理があると、俺は思うわけです。
「聖夜様! いつでも闘える準備をお願い致します!」
またか!?
「我が息子、聖夜。気を抜いてはなりません。何かがいます」
そう言って、リディアは少し離れた位置にある草むらに視線を注いでいる。
んんー?
リディアの視線に合わせて、俺も目を向ける。
あ、あれ?
確かにガサガサと草むらが揺れている。
でも、そんなに慌てることでもないでしょうに。
恐らくあれは野ウサギさんではないかと思われますよ?
ほうら御覧なさい。
直に愛くるしい野ウサギさんが、そのお顔を見せに現れるから。
「・・・・・・」
そう思っている間に、草むらからひょっこり顔を現した野ウサギさん。
「やあ」
あれ?
おかしいな。
野ウサギさんが言葉を話しているよ?
ああ、でも驚くほどのことじゃないよね?
ここは未来とはいえ、異世界感たっぷりなんだもんね。
かの有名な不思議の国の案内人も確かウサギだったんだから、野ウサギさんが人間の言葉を話したとしても・・・。
「こんにちは」
野ウサギさんが近づいてきて、俺に握手を求める。
「聖夜様に近づくな!」
「どうして? そんなに怖い顔をしないでよ」
野ウサギさん――ではなく、俺の目の前にいるのは紛れもなく人間ですね、はい。
彼?
彼女?
男とも女とも区別がつかない目の前の人物は、人懐こい笑みを浮かべて俺に言った。
「ボクと友達になってくれないかい?」
俺は、その一言に衝撃を受けた。
「い、今・・・何て?」
怪訝な表情で彼(彼女?)は俺を見る。
「アレ? ボク、何かおかしなこと言ったかな? まあいいや。あのさ、ボクと友達になってくれないかい?」
我知らず、俺の視界が揺らいだ。
瞳は熱くなっていく。
頬に何かが伝う。
「ど、どうしたの!? 我が息子、聖夜!」
「聖夜様!? お、おのれ貴様ぁ!」
リディアとシュタイナーさんは何故か動揺&激昂している。
二人ともどうしたんだろうね?
「あ、あのー」
彼(彼女)は、俺を見て若干引き気味な態度で言う。
「どうして君は泣いているの?」
俺、泣いてるのか?
「あ、ああ・・・ごめん。その、嬉しくて」
「嬉しい?」
「うん」
涙を乱暴に拭って俺は言う。
だって、俺に初めて友達が出来た!
嬉しすぎるんだぜ!!
「こ、こちらこそよろしく!! 君のことは生涯大切にするよ!!(友達として)ありがとう!! 本当にありがとう!!」
彼(彼女)の手を取り、心からの言葉を贈る。
「あ、え? う、うん・・・」
彼(彼女)は何故か頬を染めて頷いた。
「ボクが女の子だって一目で分かったんだ・・・」
彼(彼女)は何か言っていたが、その声は小さすぎて上手く聞くことが出来なかった。
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