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探偵は逃げ出せない  作者: 鯛パニック
どうしてこうなった!!
3/3

どうしてこうなった!! 下

建物はシンッと水を打ったように静まり返っていた。


おかしい、あまりに可笑しすぎる。

探し回って騒がしかったはずの組員たちの姿は一切見えず。ここで働く社員の姿も、誰一人として見えない。100歩譲って組員がいなくなるのはわかる。だが社員がいなくなるなんてありえるのだろうか


そして誰もいなくなったの人物たちの気持ちが何となくわかった気がする。突然先ほどまで話していた人間がいなくなる恐怖というのは、なんとも耐え難いものだ。


「だーれもいねえなぁ。」

コツンコツンと足音を立てながら狂さんは建屋内を歩いていく。

「待ってくださ、待ってください狂さん!!」

それを追うようにズルズルとドレスを引きずりながら歩く私の姿は、傍目から見れば子供が母親のドレスを着て遊んでいるように見えるだろう。そもそもにして花嫁と私では体格が違う。身長170越え、モデル体型の花嫁に対して私は日本人平均身長ドンピシャの体格だ。傍目から見ても、この姿はきっと滑稽なものだろうか。


「おっせえな。」

「これ動くのに適してないんですよ!!見てわかるでしょ!!!」


それに、だ。そもそもにして狂さんとは歩幅が違う。2m近い体躯の狂さんと、日本人平均身長である私では圧倒的な体躯差がある。それがこんな歩きずらいドレスを着ているんだぞ。遅くなるに決まっているだろう。呆れたような表情を浮かべる狂さんへの苛立ちが止まらない。


「ドレス脱げばよかっただろ。」

「アンタが脱ぐなって言ったんでしょうが!!ああ、くそ動きづらい!!」

ずるずると裾を引きずりながら必死になって足を動かしていると


「しょうがねえなぁ。」

呆れたような声が耳に届くのと同時に浮遊感、次いで視界が異様に高くなる。


「っ!?何をしているんですかね!!???」

「???わかるだろ、抱えたんだよ。」


その言葉通り、私は狂さんに抱えられた。お姫様抱っこではない、まるで子供を抱っこするような抱えられ方。掴まらなくてはバランスを崩しそうになってしまうので、おもわず狂さんの首に抱き着いてしまった。そのせいで息が耳に当たって妙に擽ったい。とはいえ俵担ぎでないだけマシだが。


「あの、おろす気は…」

「ねえよ、おら行くぞ。」


はた目から見て、きっと私が誰もが振り向く美人なら…この抱えられて歩いていく様は逃避行とか、もしくは花嫁の簒奪に見えなくもないのだろう

実際は出涸らしみたいな薄い顔の寸動体系女とゴリラなわけなので、一歩間違えれば子供がドレスを着て歩きづらいので親に抱えて歩いてもらっているように見えなくもないのだが。


「にしても軽いもんだな。」

「そ、うですかね?」

意外だった。話していて分かる通り、物騒のバーゲンセールみたいな男だ。しかもデリカシーがあるようには思えない。だからこそ、こういう時には、お前重いなとか言われるもんだと思った。それはまあ、予期せぬ一言だったが、うれしい一言だ。重いといわれるよりは軽いといわれる方が、乙女心的にはうれし…

「まあ胸がねえからその分の脂肪が無い分軽いわけだな。」

「デリカシーって言葉知ってます?」



式場内を歩き続け5分ほど経っただろうか。

「あれ?ここだけ鍵がかかってますね」


狂さんから降ろして貰い、目の前の扉を開けようと取っ手を引くが、がちゃんと音が鳴るだけで開く気配は無い。

不思議なことだ。他の部屋には鍵がかかっていなかったというのに、どうしてここだけ鍵がかかっているというのか…


「とりあえず、鍵を探しに…」

道を戻ろうと狂さんの方へ振り向き、同時に何かが顔の横をひゅんっと風を切る音と共に通り過ぎたのが見え

刹那、爆発音かと思えるような音が後ろで響いた。

何事かと扉の方へと向きなおれば、扉は無残にも吹き飛び、床に転がっている。


「いや、力任せに蹴破るんかーい!!!!ゴリラじゃねえか!!!弁償もんですよコレ!!!」

「あ?失礼な奴だな。どう見たって人間じゃねえか。」

「見た目はな、行動がゴリラオブゴリラなんだよ。自覚あります????学術名ゴリラゴリラゴリラかよ!!!」

「鍵探してるよりこっちのほうが手っ取り早いじゃねえか。探してて遅れるよりマシだろ。…それより、あれ見てみろよ。」


狂さんが指さす方へと視線を向け、思わず目を見開いた。


式場の床いっぱいに、チョークか何かで怪しげな模様が描かれていた。更に異様だったのは、その模様の上に座り込む面々。数十人ほどの若い男…ヤクザの構成員達、それに式場のスタッフ達。おそらくはこの建物にいたであろう人間達が一堂に集められていたが、虚ろな目を天井に向けて座り込んでいた。


「相談役らしき人も…いますね。」

その中には相談役と呼ばれていたインテリ神経質眼鏡もいた。他の者たち同様に虚ろな目を天井に向けて座り込んでいる。


なんだか異様な光景だ。下手にこの中に入れば、中にいる彼らと同じ末路を辿る気がする…、不思議なことにそんな感覚が襲ってきた。



「ん?あれは…」

ふいに狂さんが声をあげる。その視線の先に、私も視線を向け…驚愕した




白い衣装を、花嫁衣裳を着た女性が、妙な模様の中心で何やらぶつぶつと呟いていた。その側には、腹部のあたりに真っ赤な花が咲いたかのような大きな赤黒いシミを作った真っ白なタキシードの男性が倒れていた。多分あれが若頭なのだろう。


「ぁあああああああぁああ゛あ゛っ!!!」


突如、花嫁が頭を掻きむしり大声をあげた。


「どうして!!どうして来てくれないのですか!!!最も美しい姿でお迎えする用意ができたというのに!!依り代となる肉塊だって、呼び出すためのエネルギーだって用意したというのに!!どうして!!どうしてきてくださらないのですか!!!」


──本来なら、こんな光景を目の当たりにした所で、何かしらの脅威になるなんて思わないだろう。何なら少し頭がおかしくなった人だ、関わりたくないなと思う程度だ。けれど、その行為を誰一人として抗うことなく、止めようとしないのであれば話は別だ。

──異常


その一言に尽きる


彼女は何をしようとしているのか。人を一人殺してまでも行いたい行為の意味とは…


「なんでああなったか聞けよ」

「私が!?」





「あのぉ、すみませぇーん!!」

「何!?…何よ、誰よ、あんた、何でアンタも花嫁姿なわけ、…まさか、アンタも!!!」


「ああいえ、私はこの人達に貴女の身代わりでこの格好をさせられただけでして、貴女が意図していることの邪魔をしに来たわけではないんですぅ。…あのぉ、何でどうしてこのようなことをされているのか、あと何で皆さん虚空をみているのかなぁと…」

なんとも間抜けな質問内容だ。普通なら答えないだろう、五月蠅いとか返される気がしなくもない。


「そんなの決まっているでしょう!!『神様』を顕現させようとしていたのよ!!」

「かみさま」


「ええ、そうよ!!神様、私の神様!!」


曰く、花嫁は幼いころから『神』なるものが見えていたそうだ。彼方からはこちらの姿は見えないようだったが、はっきりと花嫁からは見えた。


この世のものとは思えぬほどに美しい姿。たとえようがない、唯一無二のもの。

初めて見たとき、心を奪われ恋焦がれてきた。

初恋であり、今もなお恋焦がれている方だ、と。


認識されるように交信を続けた。

最初は反応を示さなかった神も、いつしか言葉を少しだが返してくださるようになった。お前の姿を見てみたいとも伝えてくださった、と。


あの美しさの側に立てるように、努力を続けた。

玉のような肌を保ち、頭の先から爪先まで磨き続けた。

全ては神のために。


だが、その努力は思いもよらぬ方へと転がっていく。

父親の会社と深い繋がりのある組の若頭が花嫁を見初めたそうなのだ。


花嫁は屈辱に奥歯を噛み締めた。その努力は下卑た笑みを浮かべる薄汚い男のためのものではなかったというのに。

このままでは己が望まぬ相手と結婚させられると、身体を暴かれてしまうと。屈辱から涙が止まらなかった。


 しかし、そこに光明が差した。夢で神が告げたのだ。

依り代を用意し、降臨させるための生贄を用意すれば、お前と共に生きられるだろうと。


「だから用意した。私が最も美しく着飾るこの場で、最も憎むべき相手を生贄として捧げることで!!最高の結婚式にできるのだと!!!神にお伝えした!!私の人生で最も美しい姿で貴女をお迎えすると!!!そうすれば、そこに私の神様が顕現し、私はついに彼に会うことができる……!」

 うっとりと早口で語り喜びと期待を胸に、花嫁は見えない神に縋るように、迎えるように両腕を広げた。その姿は、恋する乙女のようだ。しかし、人の命を生贄に何かを呼び出そうとするとは…、やろうとしている事は悪鬼にも勝る所業である。


狂人、その一言に尽きる。目に見えない、神と呼ばれる存在と結婚するため、それと共に生きるために、ヤクザまでも巻き込んで、生贄を用意したとは。

まさしく狂人と呼ぶに相応しい。

こちらの言葉など通じないのだろう。


そんな相手に対して、これからのことを冷静に考える。

確かに殺した相手は法の外で生きる相手ではあった。だが、命は命。

奪ったのであれば司法の元で司法で裁かれるのが…



──パンッ

突如式場に乾いた音が鳴り響いた。

その音に佐嘉瀬は思わず身体を固くし、もしや花嫁が何かしたのかと目線を送れば、妙な模様の真ん中に立っていた花嫁の胸にポツンと赤い点が浮かび上がっている。釣目のドレスを着た釣目美人の花嫁はゆっくりと視線を落とし、信じがたいものを見るように、その傷に触れた。


次いで

二度、三度、パンっと乾いた音が鳴り響く


轟音と共に華奢な体が踊る。突き飛ばされるようにして床を滑った彼女は、かはっ、と大きく息を吐き出し、魚のようにびくびくと身体を震わせると二度と動くことはなかった。



「え、ぇ?え、撃ち殺したぁああぁああ!?!!!??」

「ウチの若頭を殺したんだ、当然の落とし前だろ?」

「判断が、判断が早い!!!某師匠も驚愕の速さ!?」

「そりゃそうだろ。これだけのことをやったんだし、殺すか風呂に沈めるか、まあ落とし前として最終的に死ぬのはほぼ確定だったからな。」

「物騒のバーゲンセールにもほどがある」







はてさて、あれからどうなったかといえば

謎解きもへったくれもないような超常現象的なこの事件は花嫁の死というどうしようもない終わりを迎え、私もどさくさに紛れて逃げることができたわけなのだが…

摩訶不思議なことに、依頼のメールも、写真を送ったはずのメールも、撮ったはずの写真も、記録として何一つ残っていなかった。

あの依頼があったという証拠は己の口座に振り込まれた700万円のみ。


証拠もない、まるで夢を見ていたのではないかと思うような状況に──ふと思ってしまうのだ

写真を送ってくれ、というあの願いは本当に神様からの依頼だったのではないかと

まるで、自分のところに来ようとする相手の顔を、最も美しい姿で迎えると豪語するその姿を確認したかったと言わんばかりの行動だったのでは?

──なんてそんなありえないことを考えてしまうのだ。




とはいえ、新聞でもこの殺人事件を取り扱わない辺りに闇を感じなくもないが、触れると怖いのでこれ以上はノータッチで行こうと思う。


さて、

結果だけ見れば月収700万円


このまま探偵業で食べていけるのでは?なんてウキウキしながらドリアを口に運ぶ。

美味い。実に美味い。

仕事終わりのガスゼリアの飯が上手い。やはりガスゼリアしか勝たん。

このやっすい幸せがどうしようもなくたまらない。


母に連れられて行く高級レストランも悪くはないのだが、こう安い飯にはそれなりの良さというものがある。値段の割に美味しく、自分好みにカスタマイズできる楽しさというか。


「っぐふ!?」

突如、後ろからの衝撃で口に含んだドリアを吹き出しかける。ドカリと後ろの席に勢いよく座られたことで衝撃から、口から思わずドリアが吹き出そうになった。何とかギリギリで踏みとどまれたので人間としての尊厳をギリ守れた。


にしても、なんなのだ。こう勢いよく座って、後ろの人のことも少しは考えたらどうなのだ!!

注意してやろうかとも思ったが、とはいえチキンな私はそんなことできるわけもないので、ムッとした気持ちは抑え込んで、また一口ドリアを口に含む。


「あの女、見つけたか?」

後ろから聞こえた、聞き覚えのある神経質そうな声に、思わず口からドリアを吹き出しかける。

「いーや、見つからねえなぁ。そもそもそんな奴働いていないと、式場側からは言われたぜ。アイツ割と面白いやつだったよなぁ。」

次いで、聞き覚えのある低い声が耳に届く。


「そんなこと知るか。」


待て待て待て、勘違いだ。そうだ、勘違いに決まっている。

こんな神経質そうな声に、ゴリラみたいな低い声の男なんて、あっちこっちにいるに決まって…


「とはいえ、アイツ…、割と整ってはいたけど、出がしらのお茶みてえに薄い顔だったからな。俺もいまいち覚えてねえんだよなぁ。」


間違いなく狂さんだ。絶対そうに違いない、私を出涸らしとかいうのはこの人以外にありえないからな!!!失礼!!!!


「誤魔化すためにマスクをずっとつけさせていたのが仇になったな。」

「俺たちの記憶で探すしかないわけだ。」

見つけられたらどうなるんですかねぇ???何が起こるか想像するだけで身震いが止まらなくなる。


ゲラゲラと楽しそうに笑う狂さんの声を背中に受けながら──どうか見つかりませんように、そう願いながら足早にその場から逃げたのだった。


続くかはわかりませんが、ここまでありがとうございました

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