どうしてこうなった!! 中
自分とは真逆な派手顔になるのなんて無理が過ぎると抗議したのだが、そんなことはどこ吹く風。
「眼だけならギリ派手メイクすりゃあ、やれなくもない。」
「風邪気味で相手方にうつすわけにもいかないとマスクをつけることにしたとゴリ押しすりゃいい。」
そんな彼らの意見によりマスク着用、目だけガチガチにメイクをしたわけだが…無茶苦茶だ。本当に無茶苦茶だ。目だけメイクしてバレないと思っているのか!!まず体形から違うだろうが!出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディなあの花嫁と某猫型ロボを彷彿とさせる寸胴体系の私とでは雲泥の差だろうが。どう見たら身代わりにできるだなんて思うんだ。
「見つからなかったらどうするつもりですか・・・。」
「今の時代、整形って超優秀だからな。何とかはなるだろうよ。」
「私の人権は!!!」
そのまま結婚しろと!?とゴリラを信じられないと言わんばかりに、非難するように、叫ぶように声をあげる。
「花嫁が見つかることを祈れ。」
そんなことなど知らんと言わんばかりに、相談役と呼ばれたインテリ眼鏡は無慈悲にも冷徹に切り捨てられる。
──どうやら本当に花嫁が見つからないと不味いことになりそうだ。このままいけば私はあの鼻の下を伸ばしまくった変態セクハラ野郎と夜の営み込みの結婚生活を送る羽目になりそうだ。どうにかして逃げたいが、紋々がシャツの下からチラチラ見えているいかつい兄ちゃん達がひしめき合っている部屋からドレスを脱いで逃げるのは無理があるだろう。
──どうすればいい、本当にどうすればいい。誰がこんなこと想像した。
知恵袋先生、カタギじゃない人からにげるにはどうするのか教えろください。
「そもそも結婚式自体誤魔化せるかどうか怪しいでしょう…。花嫁さんみたいな釣目美人と似ても似つかないでしょうが・・・。」
「確かに、お前顔うっすいもんな。出がらしの茶みてえなツラだよな。」
マジマジとこちらの顔を見ながら事実という名の侮辱をかましてきたぞ、この逆三角形ゴリラ。言葉に気を付けろよ、こちとらぬくぬくと育てられたガラスのハートだぞ。簡単に砕け散るからな。
だが、そんなことを内心叫んだとしてもどうにもなりはしない。ため息を飲み込みながら、どうにか逃げられないか思案していると
──バンッ
と音を立てながら扉が開き
「大変です!!若頭が死んでいます!!」
「急展開が過ぎる!!」
花嫁失踪からの花婿死亡とはどういうことだ。じっちゃんの名を勝手にかける孫も困惑するような展開の速さだぞ。
めでたい祝いの席から一転、不幸続きの祝いとは真逆なことが目の前で続けに起きている。冠婚葬祭をここで一気に終わらせる気なのか?そうなのか?
一体何が起きているのか。
あいにく私はコナンや金田一のような謎解き探偵などではなく、不倫とかペットを探す探偵だ。こんな事件が起こってもどうにもできないぞ。
なんて呆然としていると、組員の男が「どうやらナイフで刺され…」と続ける言葉を神経質インテリ眼鏡が
「誰がやったか調べろ。手口はわからなくてもいい。謎も、どう殺したのかも、そんなことどうだっていい。…いいか、犯人さえわかれば良い。」
遮るようにドスの効いた声で部下達にそう指示していく。
「始末すれば全て同じだもんな。」
「物騒のインフレが止まらない。」
神経質インテリ眼鏡が部下達と共に犯人を探しにいったため、部屋には顔に傷のあるゴリラと二人きり。
「あ、あのぉ、えー、お兄さん、お名前は・・・・。」
「あ?ああ、そういや名乗ってなかったな。狂だ。狂うってかいてキョウ」
狂犬みたいだからだとよ、とケラケラ笑う目の前の男に引きつり笑いしか返せない。
名前ですら物騒にも程がある。ここは物騒のバーゲンセールか。
「んで、どうしたよ。」
「え、ああ、いや手持ち無沙汰なので…、とりあえずお話でもしようかと思っただけというか…。」
あと隙を見て逃げるため、どうにかこうにか隙を探すためだ。狂さんと向き合うように体制を直そうとするが、ドレスがヒラヒラとしているせいか上手く体制が作れない。ドレスというのは動きづらいことこの上ないというか…
「あ」
「なんか気になることでもあったのか?」
「まあ、大したことじゃないんですけど…、花嫁さん、なんでこのタイミングで逃げたのかと。」
「あ?どういうことだよ。」
「ドレスに着替えた後、髪だって結った後に逃げる…、正直逃げるのには適していない。逃げるなら前日のうちにでも逃げればいいのでは…、と。」
勿論、見張りの目があって逃げられなかったというのはあるのかもしれないが、少なくともドレス姿で逃げるよりかは、ずっと逃げやすいのではないかと思う。
「だから、花嫁さんは、『今日、ドレスで逃げなくてはならない』理由でもあったのかと。」
「そりゃそうだな。確かに。…お前、ここで働いてるんだろう。なんか気になることなかったのか?」
「いやあ、特には。ここで働き始めてそこまで長くないですし、トイレから出たら、花嫁が逃げたと騒ぎになっているので何事だ!?となった次第なので。」
嘘ではない、今日から働き始めたのでそこまで長くないのは事実だ。
「ふぅーん」
だが狂さんは興味があるのか、ないのか。いやに気の抜けたような相槌で返すばかりだ。まあ別に同意してほしいわけじゃないしなぁ、なんてぼんやりと考えていると
「ああ、そういや…、相談役がなんか言ってたな。花嫁が変なものに傾倒しているだがか何だか。」
「変なもの?」
「ああ、なんか妙ちくりんなマークのついた本を持っていただとか、なんとか様とか言っていたのが聞こえたとか何とか。一番綺麗な姿でお迎えしますだとか、多分何かの宗教系にハマってるだろうなとか言ってたな。」
まあ何にハマってようが肉体さえ無事ならそれでいいとか言ってたな、と笑いながら教えてくれた狂さんに思わず顔が引き攣る。
やっぱりヤクザ怖い
世間話をしながら、30分ほど経過しただろうか。
「お、相談役から連絡きてたわ。かけ直してくるから、そこにいろよ。」
部屋から狂さんが出ていったことで、ポツンと部屋に一人きりになる。先ほどまでむさくるしい程に人がいたとは思えない程に、シンと静まり返った部屋。どこか寂しさを感じる程に広い…
よし、今なら逃げられる。ドレスさえ脱げれば、いかようにしてでも逃げられる。今こそ逃げ足の速さが生かされる時だ。
──だが背中のファスナーに手が届かない。そもそもこれが脱げなければ逃げる逃げないの話ではなくなってくる。必死になって手を伸ばすが、僅か指に触れる程度で掴めやしない。ちゃんとストレッチしておけばよかっただなんて後悔していると
──ピコン
己の携帯の通知音が耳に届いた。もしや依頼人から?と思い、すぐさまメールを開く
『写真ありがとうございました。
残りの代金となります。』
簡素な二行のメッセージ。
どうやら写真は問題なかったらしい。何でどうして写真を求めたかはわからなかったが、依頼が達成できたというのは大変喜ばしいことだ。この調子で探偵としての実績を…
「何見てんだ?」
「あ!!」
いつの間にか部屋に戻ってきていたのか、声をかけられた次の瞬間には携帯は狂さんの手の中にあった
待って、と声をかけようとするより先に携帯の画面を見られる。
──まずい、探偵だとバレた。いや、ただ探偵とバレるならまだいい。問題は私が花嫁から依頼を受けて逃がしたと思われることだ。
いや、もしかしたら逃がそうとした弾みで若頭を殺したと思われるのでは。
即殺されるか、拷問にかけられるか。
最悪な方へと、ぐるぐると思考が回っていく。足元がぐらつく感覚に襲われる
嫌だ、まだ死にたくない
「なんだよ、なんも来てねえじゃねえか。」
「え?」
返された携帯を見れば、メールなんぞ来ていない。
削除、したのか?と思いゴミ箱をみるが、そこにもない。まるでメールが来たなんて幻覚を見ていたような…そんな状況に呆然としてしまう。
「何見てたんだよ」
「あ、いや、なんか連絡が来たのかと思って、携帯を見てただけで…、それより相談役さんからの連絡はどうでしたか?」
訝し気に聞いてくる狂さんに誤魔化すように、電話の内容を問いかける。
「ああ、それがな。折り返して電話したのに、連絡がつかねえんだよ。埒が明かねえから探しに行こうと思ってな。」
「そうでしたか…、気を付けてくださいね。」
「何言ってんだよ、お前も行くぞ。」
「え、どうして…」
何でどうして、こんなドレスで機動力なんてあってないようなものを着た人間を連れて行こうというのか。正直足手まといでしかないような気がする。あと、狂さんが探している間に逃げたいのだが
「下手に逃げられると困るからな。」
考え読まれてるぅ
どうやら、どうあっても逃がす気は無いらしい。これは本当に花嫁を何とかして探し出さなければ私の人権がなくなる。人生終了のお知らせ待ったなしだ。どうにかして見つけなくては。
「…わかりましたよ、せめて着替えてからでいいですよね?」
「そのままでいいだろ、どうせすぐ戻ってくるし、いちいち着替えるのは手間だろ。」
「いや、機動力とかあってないようなものですし、一回着替えた方が…」
「ほら、行くぞ」
「話を聞いていただけませんかねぇ!?」