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「梁が落ちた件については、虫が巣くっておったようで、そこに先の冬の大雪があり、自壊に到ったもののようです。」
鷹里が報告を始めた。
「あの館は長く空けておりましたが、他の建物についても同じようなことがないか調査を命じました。」
「結構、」
「異常を見抜けなかった普請頭につきましては、多くの負傷者を出しました責任があると存じます。」
鷹里は言葉を切って反応を待った。
衣川の御館での騒動である。軽くて入牢、棒うちの上私財没収、所払い、闇衛の御子の命の危険に晒したと取り上げれば死罪も視野に入る。
「----千夜を守ってくれたのは、かの者の息子であったか。」
守衡の眉が意外そうに上がった。流石に、知っていたのかと呟きかけるのを、ぐっと肘で抑えた経清である。
「はい、」
鷹里は頷く。
「彼の容態は?」
「背中をかなり強く打っています。左腕と左足は折れており、恐らく胸の骨も何本かやっていると。意識はありますが、頭も打っている可能性があるから、とにかく暫く絶対安静との診断です。」
「千夜はおかげで擦り傷程度で済んだ。----彼には十分な見舞いを。」
「畏まりまして、兄者。」
「そして、忠義に厚い子を持った父については、厳重な注意の上、責任をとって、事故現場の速やかな回復を担わせよ。また今回の件で負傷した者について本復するまで、働いているのと同等の賃金を与え、またそれとは別に見舞金を送るようにせよ。」
「はい。」
一つの裁可を終えて、風斗は彼の預名方に視線を向けた。
「守衡もご苦労だった。遠路着いたばかりで悪かったな。」
「不肖、貴原守衡、闇衛のお役に立てて光栄です。」
風斗の、ではないところが要点だろうか。
「経清どのも助力に感謝する」
居心地の悪さが先に立つ丁寧な口調と、微笑みだ。
「いえ・・恐縮です。」
初めて異能を目にした大和人としてはどう振る舞うのが正しいのか。そして、風斗との表の距離感が、こうして正対すると更によく分からない。
経清は散位ながら五位で、貞任は無位の地下人だ。地面に伏せさせ、自分を仰ぎ見よと求めても、何の理不尽もない。都、あるいは多賀城(大和のことわり内)ならば。しかし、ここは奥六郡----ひたかみだ。風斗はその大領の次期当主で、経清は足元にも及ばぬ小領主である。そして私的なところだと、義兄弟。
意気軒高で構えるべきか、へりくだるか、または親和を押し出すか。思いを巡らし、・・やはり、難しい。
「こちらの都合で有夏を引き留めていて申し訳ない。」
「いろいろと事情が重なったということは分かりましたので、」
もっと、近くで話したい、という欲は確かにあるけれど。
不在の時は、気にしないでいられたことが、いま、選択を迫ってくる。
目が合う。守衡のようにあからさまに距離を詰めてはこないが、目の奥が記憶にある色を宿して、口の端が上がった。
「----さて、」
風斗は次の裁可に入ることを決めた。
「申し述べたいことはあるか?」
その視線を受けるのは、錠屋の父と娘である。深く深く、頭を垂れている。
「闇衛の御子を軽率な行為で危険に晒した。」
「侍女がまさか目を離してしまうなど、思いも寄らず…、」
「そういう侍女を傍に置いていたのは、主人の責任だ。」
いま、風斗の目はしっかりと阿衣を捕らえているが、そんな冷ややかな目を向けられたかったわけではなかろうに…。
「さい、という侍女は永の預けといたします。」
何とも言えない気持ちは微かに寄せた眉根に乗せて、鷹里が言う。
「預け先の柵の選定はこれからになりますが、」
永の預けとは、罪人として無期限の使役労働に服す、ということだ。
「いま一人は親元に下がらせ、今回の見舞金の一部を負担させるよう申し付けます。支払えぬというのであれば、前の者と同じく、いずれかの柵で賠償額が満ちるまでの預けとします。」
「そのように、」
風斗は頷いた。鷹里は、わたしが、とばかりに風斗を見たが、彼は首を横に振った。
「錠屋富忠。」
「は。」
「そなたの娘は、暫く衣川を離れることとする。」
「なん…と?」
「謹慎を申し付ける。召し使われし者だけが責を負うのは理に合わぬ。」
「----若君は…、」
あえぐように、阿衣が問う。
「闇衛の御子は、闇衛で育つ。伴うことは許可しない。」
「母も、乳母----代わりの者もなく、吾が子を一人にせよと!?」
「千夜の館の者どもは総じて入れ替えを行う。」
これは鷹里だ。
「二度とこのような不手際は許されぬゆえ。」
阿衣は身を震わせて、縋るように言う。
「いつ、までわたくしは、実家におれば、」
「千夜のために大怪我を負った若者共が本復し、元通りの日常に戻れるまでは身を慎まれるのが、正道ではないかと思われます。」
後遺症が残らないとは限らない、と医師の報告を片隅で聞いていたから、錠屋の父娘は更に顔を白くする。
「それは、わが娘を離…、」
「貴方様は!」
父の言葉に被せるように、阿衣が叫んだ。
風斗を、初めて、真っすぐに見据えて。




