表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/50

33

「梁が落ちた件については、虫が巣くっておったようで、そこに先の冬の大雪があり、自壊に到ったもののようです。」

 鷹里が報告を始めた。

「あの館は長く空けておりましたが、他の建物についても同じようなことがないか調査を命じました。」

「結構、」

「異常を見抜けなかった普請頭につきましては、多くの負傷者を出しました責任があると存じます。」

 鷹里は言葉を切って反応を待った。

 衣川の御館での騒動である。軽くて入牢、棒うちの上私財没収、所払い、闇衛の御子の命の危険に晒したと取り上げれば死罪も視野に入る。

「----千夜(ちや)を守ってくれたのは、かの者の息子であったか。」

 守衡の眉が意外そうに上がった。流石に、知っていたのかと呟きかけるのを、ぐっと肘で抑えた経清である。

「はい、」

 鷹里は頷く。

「彼の容態は?」

「背中をかなり強く打っています。左腕と左足は折れており、恐らく胸の骨も何本かやっていると。意識はありますが、頭も打っている可能性があるから、とにかく暫く絶対安静との診断です。」

「千夜はおかげで擦り傷程度で済んだ。----彼には十分な見舞いを。」

「畏まりまして、兄者。」

「そして、忠義に厚い子を持った父については、厳重な注意の上、責任をとって、事故現場の速やかな回復を担わせよ。また今回の件で負傷した者について本復するまで、働いているのと同等の賃金を与え、またそれとは別に見舞金を送るようにせよ。」

「はい。」

 一つの裁可を終えて、風斗は彼の預名方に視線を向けた。

「守衡もご苦労だった。遠路着いたばかりで悪かったな。」

「不肖、貴原守衡、闇衛のお役に立てて光栄です。」

 風斗の、ではないところが要点(ポイント)だろうか。

「経清どのも助力に感謝する」

 居心地の悪さが先に立つ丁寧な口調と、微笑みだ。

「いえ・・恐縮です。」

 ()()()異能を目にした大和人としてはどう振る舞うのが正しいのか。そして、風斗との()の距離感が、こうして正対すると更によく分からない。

 経清は散位(さんみ)ながら五位で、()()は無位の地下人だ。地面に伏せさせ、自分を仰ぎ見よと求めても、何の理不尽もない。都、あるいは多賀城(大和のことわり内)ならば。しかし、ここは奥六郡----ひたかみだ。風斗はその大領の次期当主で、経清は足元にも及ばぬ小領主である。そして私的なところだと、義兄弟。

 意気軒高で構えるべきか、へりくだるか、または親和を押し出すか。思いを巡らし、・・やはり、難しい(分からない)

「こちらの都合で有夏を引き留めていて申し訳ない。」

「いろいろと事情が重なったということは分かりましたので、」

 もっと、()()()話したい、という欲は確かにあるけれど。

 不在の時は、気にしないでいられたことが、()()、選択を迫ってくる。

 目が合う。守衡のようにあからさまに距離を詰めてはこないが、目の奥が記憶にある色を宿して、口の端が上がった。

「----さて、」

 風斗は次の裁可に入ることを決めた。

「申し述べたいことはあるか?」

 その視線を受けるのは、錠屋の父と娘である。深く深く、頭を垂れている。

「闇衛の御子を軽率な行為で危険に晒した。」

「侍女がまさか目を離してしまうなど、思いも寄らず…、」

「そういう侍女(もの)を傍に置いていたのは、主人(そなた)の責任だ。」

 ()()、風斗の目は()()()()()阿衣を捕らえているが、()()()冷ややかな目を向けられたかったわけではなかろうに…。

「さい、という侍女は永の預けといたします。」

 何とも言えない気持ちは微かに寄せた眉根に乗せて、鷹里が言う。

「預け先の柵の選定はこれからになりますが、」

 永の預けとは、罪人として無期限の使役労働に服す、ということだ。

「いま一人は親元に下がらせ、今回の見舞金の一部を負担させるよう申し付けます。支払えぬというのであれば、前の者と同じく、いずれかの柵で賠償額が満ちるまでの預けとします。」

「そのように、」

 風斗は頷いた。鷹里は、わたしが、とばかりに風斗を見たが、彼は首を横に振った。

「錠屋富忠。」

「は。」

「そなたの娘は、暫く衣川を離れることとする。」

「なん…と?」

「謹慎を申し付ける。召し使われし者(使用人)だけが責を負うのは理に合わぬ。」

「----若君は…、」

あえぐように、阿衣が問う。

「闇衛の御子は、闇衛で育つ。伴うことは許可しない。」

「母も、乳母----代わりの者もなく、吾が子を一人にせよと!?」

()()の館の者どもは総じて入れ替えを行う。」

 これは鷹里だ。

「二度とこのような不手際は許されぬゆえ。」

 阿衣は身を震わせて、縋るように言う。

「いつ、までわたくしは、実家(さと)におれば、」

「千夜の()()()大怪我を負った若者共(もの)が本復し、元通りの日常(務め)に戻れるまでは身を慎まれるのが、正道ではないかと思われます。」

 後遺症が残らないとは限らない、と医師の報告を片隅で聞いていたから、錠屋の父娘は更に顔を白くする。

「それは、わが娘を離…、」

「貴方様は!」

 父の言葉に被せるように、阿衣が叫んだ。

 風斗を、()()()、真っすぐに見据えて。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ