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3

 ――泣いていた。

 静かに藍色に呑まれていく、蜜柑色。夕焼の名残りだ。

 藍色に染められて、さわさわと揺れる薄は、穂が開いている。

 ぐるりと辺りを見渡した早桜は、薄の海に、凪いでいる部分を見つけた。小首を傾げ、つま先をそちらに向ける。

 竜巻でも其処から巻き起こったように、放射円状に倒れ伏した薄。その中央に、抱えた膝に額をすりつけるようにして、少年が一人座っている。

 首の後ろで一つにくくった漆黒の髪。膝丈の、裾を括ったズボン(袴)、たっぷりとした袖の上着(着物)。その染め色は、とても優しい感じで印象に残る。

 ふいに、勢いよく少年が顔を上げた。視線がぶつかる。驚いたように目を見開いた少年の瞳にも、同じように目を見張った自分が映っているだろう。

 十三、四か。頬のあたりに幼さがなごるが、きりりとした眉と、切れ長の瞳に意志の強さが窺える。見慣れないのは、刺青、なのだろうか。顔や首、剥き出しになっている二の腕から拳にかけて、幾何学的な模様が幾筋も、少年の肌に浮き出している。        

 彼を……見たことがあると思った。

「……あんたは……」

 変声期直前のかすれたような声。それとも泣きすぎたせい?

「泣いてるの?」

 おぼろな光に、うっすらと頬に残る筋を認めて、早桜の唇からそんな言葉が滑り出た。

 一瞬、虚を突かれたような表情をした少年は、ぐいと袖口で頬を拭うと、早桜を睨みつけた。

「泣いてたのはあんただろッ、」

 言われて、あ、と思う。

 夢が途切れる寸前(場面が変わる前)、声をかけてきたのはこの少年だったと判った。

「いじめられたの?」

「馬鹿を言うな」

 むっとした表情でぶっきらぼうに答え、少年は立ち上がった。早桜の肩口に目線が来る。顔を顰めて、やがてぽそり、と、

「――姉上が、嫁ぐ。」

「それは……寂しいわね。」

 なるほど、大好きな姉が自分から離れて行くのが、許せない訳か。年の離れた姉弟なのか、と予想する。きつそうな子だけれど、結構可愛いところもあるかも、などと、思わず微笑んでしまったのだが、

「違うッ、」

 早桜を睨みつけ少年が怒鳴った瞬間、彼から八方へ向かって、薄野が大きく波打った。

「なんで、あのような輩のところに、姉上を嫁がせなきゃなんないんだッ」

 成程、大事な姉を盗っていくという訳か。

「そんなこと言ったら、お姉さんの方が気の毒だと思う。お姉さんが選んだ方なんだから、」

「姉上が選ぶ!?」

 しかし、軽蔑したような声が返る。

「多賀城が押しつけてきた婚姻だ! 木っ端役人風情に、闇衛あえの、御館みたちの娘を寄越せなど……身の程知らずにもッ、」

 薄野にまた大きな波が起こる。彼方へと渡る風を目で追って、早桜は少年を振り返った。

「……あなた、」

 これは、この少年の……≪力≫?

「ンだよ?」

「ちゃんと……制御して。強い感情が、そのまま力になるのは危険なことだわ。」

 と、いつかなにかで読んだ言葉を言ってみる。

 言われなくても分かっていると言いたげな少年のむっとした顔に、ここで見事に使って見せたらばっちりなのに、と、イメージした通りに、刹那、ふわり、と小さな風が巻き起こって、少年の前髪を跳ね上げる。

 さすが夢……と、手を動かすように、「風」を動かす術を、この「夢」の自分は知っていることに気づいて、そして、

「……風は心を聴くのよ……心を届けられるから、応えてくれる。でも剥き出しのそれじゃ駄目。ひと同士だって、そんな心のぶつけあいをしたら苦しいでしょう? そう……ぶつけるんじゃないの。話すの。」

 するり、と口から滑り出した言葉。舞台の台詞のようだと、早桜は苦笑いを浮かべた。

 しかし、瞠目した少年は息をつめるようにして早桜を凝視した。

「……風織姫かざおりひめ……?」

 畏怖のこもった呟きを洩らす少年が、ぶわり、と二重に揺らいだ。

 なに、と問い返す暇はなかった。

 ――ああ、醒めるな、と思う。





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