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「勝手に感じてろ。」

 肘で守衡の身体を押しやる。

「まあ、照れるなよ。」

「何にだ!?」

「・・・随分と親しくておいでだ。」

 険のある声は、もうとうに遠ざかったと思っていたものだ。あんなにせかせかと風斗の許を訪れようとしていた錠屋が追いかけてきたのに、何か急ぎの用かと経清は構えるが、守衡は、

「オレは顔が広いものでね。」

 と、うんざりとした様子があからさまだ。

「------嫌いなものを最後に食うだろ、錠屋どの。」

「なッ!?」

「どうせ食わにゃならんのだ。先に水を飲もうが酒を含もうが、そいつの味は変わらないんだから、とっとと飲みこんじまえと、おれは思うがね。」

 それともと、胡散臭いばかりに爽やかに守衡は笑ったのである。

「やっぱり残されるのかな?」

 これまではこっそりと残していた苦情ものを、今日は言う言う(食う食う)と大声で言い回った挙げ句に、かわらけの上に残滓となっていたら、嘲笑いは深くなるだろう。

「たとえ、オレをかみ砕けたって、アレがあんた好みの味つけになるわけも、」

「------あんた、いい加減口を閉じろ。」

 言い募る先をぴしゃりと止めたのは、大和人であるという色眼鏡で見ても、高圧的でもなく、身分の上下を問わず穏やかな人当たりの有夏姫の婿君である。

「錠屋どのはご心痛を抱えて来られているんだぞ。しかも、舅はいえ主君へ物申さねばならぬという重圧は、大族の跡取りのあんたには分からんことなのかもしれんが、更に心を絞られるものだろう。貞任どのに近しい立場の者として、重荷を少しでも取り除くようにはたらくべきところだろう!?」

「いちゃもんをつけてきたのは、そちらだぞ。」

「無論、錠屋どのもご自分が少々理に合わぬことを口にしていることはおわかりだろう。それでもなお口にせずにはいられぬのは、それほどに苦悩が深いのだと、察せせず寵臣などやるものではない。」

「ちょーしん、」

 思い切りの平仮名発音である。守衡寄りだと見えていた大和人の突然の『加勢』に、錠屋富忠はぽかんとしている。

「傍目からはどこからどうみてもそうだ。」

と、ばっさり切り捨て、

「どこからどうみても、いまのあんたがそう見えないくらいにか。」

とは、さっぱりと聞き流し、経清は錠屋に向き直った。

「妻にはきちんと真偽を確かめて参る。もし錠屋どのが懸念なさっておられるような、信義にもとる行為をしでかしていた場合、責はとらせる所存だ。ただ----その彼女がまさしく風織姫であった時は、貞任どのの姫への執心からすると、錠屋どのには難しいことが今まで以上に多くなるのではないだろうか。」

 生真面目を絵に描いたような表情と口調ながら、なかみは普通なら上滑りしていきそうな一般論が、この時には当たり前さが気持ちを沈静する役回りとして適当なものだったらしい。

「ご息女とお孫どのの為にも、錠屋どのが貞任どのと膝をつめて話し合われずどうします? いえ、勿論、今日はそのために遠路おいでになったんでしたな。お引止めして、時間を無為にとらせてしまったこと、まことに申し訳ない。」

 振り上げた矛を下ろす見計らう。下手に出られれば下ろしやすい。

 うむ、と頷いた錠屋からは、先程までの棘は憑き物のように落ちた様子だった。領主の一人として不足ない、壮年の男の落ち着きを纏い直して、失礼する、と経清に一礼して本館へと踵を返していった。感謝を込めた鷹里の目礼に、穏やかに頷いた経清は、にやにやと笑っている守衡を睨む。

「大人だねぇ。」

「大人だろうが、お互いに。」

 しかも、守衡が幾つも年上だ。

「買った喧嘩(もの)は、できる限り高値をつけて売るものだ。」

 なにをしたり顔でのたまうやら、と経清は冷たく肩を竦めた。

「腕利きの商人なら、まず、買うものを選べ。」

「ガラクタ漁りもそれはそれで・・・掘り出し物も稀にあってだな?」

「滅多にないから、掘り出し物っていうんだろうが。」

「おお、真理だ。だが、とにかくガラクタって思っても、漁ってみれば可能性は零じゃないんだぞ?」

 じゃれあいを楽しんで器用に片眉を上げ、おどけた顔は、

「使えるか、使えないか。------無害か、否か。」

 一瞬で、冷ややかな色を宿す。哀しいかな、多寡はあれど人の性が絡みつかせているものだが、これは、己のための『基準それ』でない、と経清には理解った。

「あれ、にとってひたかみの民は須らく守るものだ。足をひっぱられる、ましてや害意を向けられる、などとは思いも寄らぬのさ。当人はまったく理解っちゃいないだろうが、『斗』に普通の政のかけひきはできん・・・だからこその『斗』で、預名方が在る。」

 そうして経清を見据えた守衡の瞳は、今日-----いや、これまでに向けられたどの眼差しより深く、鋭かった。

 単にお気に入りを呼びならわしているのではないのだと。

「政には弟君がいる。オレは篩だ」

 篩という表現に、経清は思わず頷く。預名方にして、名族・貴原の跡取り。いかに傲岸に振舞っても、阿られて当たり前、あえて彼の機嫌を損ねてくるとするのなら、何かを抱えていると判る。反骨か、よほどの反感か。逸材か、敵か。

 視線が問いかける。

 お前は、何になるのかと。経清は男の目を通して、自分を見た。

 --選ばれたくて、選ばれたのではない。

 正しいが、もう理由にはならぬ。

 かの時、自分は何も知らなかった。だが、有夏つまを望むことが許されたのは、預名それ方ゆえだ。揺れた瞳が、静かに焦点を結ぼうとした時、まるで運命を断ち切るような凄まじい轟音があたりに響いたのだ。

 

 



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