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「随分なご威勢ですな、錠屋どの。」

 注進が行ったのだろう。鷹里が急ぎ足に奥からあらわれた。

 道すがらに、錠屋の「主張(大声)」は聞こえて、しかもよほど腹に据えかねたらしい。年上の、兄の舅である相手には、ようこその一言もなかった。

 しかし()()()()経清は予想外だったようだ。吃驚したように目を瞠り、錠屋への苛立ちはその瞬間は切り替えて、礼儀正しく会釈してきた。

「あなたの申されようこそ、風斗を冒涜するものと私は思いますが。風斗が風織姫を間違えることなど有得ない。我々の謀みに引っ掛からなかったことでもそれは明らかでしょう。」

「以前の風斗であられるならばな。」

「なんと?」

「ここ数年、わしは直接お目にかかる機会はなかったが、」

「そういえば、作られませんでしたな。」

 自信たっぷりな口調に、すかさず皮肉が返る。穏やかな印象の彼も闇衛の血筋らしく、大人しい男ではないのだ。鼻白んだ錠屋だが、よほどの「根拠」に満ちているらしく、躊躇いなく言を継いだ。

「神事等で顔を合わせた者から様子をうかがえば、皆口を揃えてこう申す。『あれが風斗であられるのか』と。青嵐の威勢はなく、家陰に澱んだ空気が揺れるような有様だと。」

 鷹里は言い訳をしなかった。そうであった、と頷くのは、彼の誠実さだろう。

「そして、厨川柵でもお傍近く寄せるのは預名方一人のみ。風斗がいかに稀有な方とはいえ、ただ一人の声しか聞こえぬとあれば、その声の主が弄したものにひっかからぬとは言えぬ。」

 陰口というのは、相手が聞けないという保証が高いほど声高なものだ。

「傾国の美女扱いとは、まことに光栄・・か?」

 面白そうな響きを纏ったその声に、発言者を含めたその場の全員が飛び上がるように振り向く。まさか、

「守衡どの!?」

 浅黒く潮焼けした、いるはずのない男は、軽く片手を上げて一同への挨拶にした。

「いつこちらに!?」

「さっき。北門から入った。随分騒いでいる様子じゃないか?」

 主犯と決めつけて、罵っていた預名方(しかも彼は闇衛に次ぐ大族・貴原の次期総領とみなされている)の唐突きわまりない登場である。錠屋はさすがにバツが悪そうな表情で、肩をすぼめた。

「風織姫の件、事実ならおめでとう? 」

 懐疑的な物言いは、彼もまた兄妹の『前科』をよく思っていないからだ。

「誓って、事実です。」

 鷹里は神妙な顔で頷き、

「ところで、よくこの時にこちらへ(グッドタイミング)。」

 錠屋の言い方だと四六時中傍仕えしているようだが、男は勿論家人ではない。貴原での嫡子としての責務に加えて、大陸貿易船団を率いて年の三分の一は海の上という暮らしぶりだ。その合間を縫って厨川を訪れているのはさすが預名方というところだ。

 実際の滞在はそのように僅か短いものだが、余人を近づけない風斗の暮らしぶりから、妙に密着した印象なのだろう。

 なんにせよ、風斗が不在()()()()()に寄る間が惜しい多忙な身だ。

()()()()。」

 勝ち誇ったような笑みを刷く。

「オレはな、海のど真ん中にいたんだよ。そこに浮ついた『伝言』を寄越しやがった。慌てて船を岸に向かわせて、小船で上陸して、馬を手配して夜もすがら駆けてきたわけだ。」

 海の真ん中でどうして伝言が届くのかとか、差出人はやはり彼ですか、とか殆どの聞き手は思ったが、突っ込む度胸はない。だが、やっぱり彼は『特別』なのだと、その場のだれもが感じ取れる物言いではあった。

「――涙ぐましい献身だな」

 言葉を、砕けた――聞きようによっては喧嘩を売っているような――口調で返したのは、接点を思いつけない有夏姫の婿君だった。

「お褒めいただいて恐縮だ。で、お前さんはどうした理由でここへ?」

「----妻の迎えだ。」

「つまらん、()()。」

 また、にやりと笑う。経清(と鷹里)(事情を知る者)だけが分かる含みがある。

「何もつまらぬことはない。妻を蔑ろにするは、この婚姻に尽力くださった殿を軽んじるに等しい。」 

 余計なことは言うな、の意味をこめ、強く見据えながら言った。見兼ねたのだろう、鷹里が割って入ってきた。

「経清どのには申し訳ないことを。本来ならすぐに追い返すところではあったのですが、兄者を除けば風織姫に最も近しいのは有夏なので、お世話申し上げるのにどうしても、」

「有夏姫も絡んでるのか。」

 胡乱な顔をされて、鷹里が()()となる。

「誓って、我らの謀みではありませぬ!」

「ああ、オレでもないぞ?」

「・・・茶番を、」

 忌々しげに小さく漏れた声は全く見事な音の空白に落ちて、一同の耳に届いた。さっと、棘を含んで集まった視線に、一瞬ひきかけた肩を錠屋は聳やかした。

「守衡どのまで早々とご参集とは、きな臭さが増しておりますな。」

「世迷言だな。」

 守衡の台詞は棘まみれだ。

 商人としての顔も持ち、異国人とすら渡り合う男にとって、人生経験は倍以上だろうが、領主とはいえ山里に暮らす一本気な武人の心様など見やすいものだろうに。

「預名方と風斗の代理を任される鷹里どのと、風織姫の友である有夏姫を貶めるあなたは何様だ?」

「わ、わしは、風斗の舅として、」

「そう、()()()舅の分際で、我らに妄想を吐き散らかしすとは、」

 喧嘩を売って何を得たいのか、と気づかわし気に成り行きを見守っていたのだが、守衡が不意に振り返ったのだ。

「さて、亘理権大夫経清どのには、誰の言にこそ実があると思われるか?」








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