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 風に舞う桜とともに、じき桜月(4月)が終わろうという頃である。

 奥六郡――ひたかみ・特に闇衛の直轄地を大和はそう呼称する――から陸奥へと、騎乗した十人ほどの男女が関を越えて行った。

 一行は一様に若いが、ひときわ見事な鹿毛に乗った元服したてだろう十、五六の少年と、栗毛の鞍に横のりした二十歳ほどの女性が主で、他は警護の侍たちなのであろう。よく似通った面立ちから、少年と女性は血縁者――姉弟と推察されるが、一行の中でその女性だけが大和装束である。おそらくは大和に嫁いで、一時里帰りをしていた女性が婚家に帰るというところか。

 ふと、女性が手綱をひいた。彼女を囲むように一行は駆けていたわけだから、後続の武者達も慌てて馬を止める。先を走っていた、少年を含む数名も気配に気づいて、数間先で馬を留め、馬首を巡らした。

「――どうしました?」

 女性の視線の先を追った少年は、行過ぎてきた道端で、数名のあまり形と雰囲気のよろしくない数名の男が、葦毛の馬の手綱を握った少女に絡んでいるのを見つけた。

「道を開けていただけません?」

「そりゃこっちの台詞だぜ?」

 少女が馬首を向ける方へと、身体を晒して行く手を遮る。

「オレたちはそっちに行きたいのに、あんたが邪魔して通してくんねぇんだよ。」

「そーそー急いでんのにさぁ?」

 風に乗ってくる声に、少年は眉を顰める。

「――ったく、陸奥に入るとこれだ。あのような無頼が白昼街道に出没できるなど、ひたかみでは有り得ぬこと。」

「あの娘の供はどうしたのでしょうか?」

 供の一人が不審そうに言う。遠目だが、少女の服装は、大和の貴族の娘のものだ。

 周囲に視線を飛ばすが、それらしい影はない。

 多賀城を遠く離れたひたかみとの国境近くで、年若い娘がただ一人でいるなど、理由がまったく思いつかなかった。

 都の高位貴族の娘は、館の奥で日がな一日を過ごすそうだが、陸奥国府の官人の娘たちも、そこまではいかずとも、ひたかみの女達のように館表に出ることすら好まないというのに。

 一行の疑問符をよそに、少女は何とか無頼者どもをいなそうと奮闘している。

「娘さんさ、この道を北に向かっているってことは、奥六郡に入ろうってのかい?」

「だったら、オレたちが供してやろうじゃないか!」

「――急いでいるのではなかったのですか? あちら()に。」

「若いむすめっこ一人の道中は危険だからさあ?」

 危険にしている輩がなにをおためごかしに言うのか、魂胆は見え透いている。

「お断りします。この道を真っ直ぐ進めば着けますから。」

「分かってないねぇなあ。奥六郡の関はそりゃ厳しいんたぜ? 女一人で行って、はいそうですか、って通しちゃくれないよ。それとも、だれか迎えにきてんのか?」

「あなたがたには関係ありません。」

「そう冷てぇこというなよ。オレたちは、こう見えても()()()()の家にちっとは()()()があるもんなんだぜ?」

「……どちらの家中なのかしら?」

 馬と娘と、皮算用しているのだろう。()()()()、打てば響くように答えが返る。

「安倍三郎宗任さまだ。国府の覚えも目出度く、いずれは、頼時様の跡を継いで安倍の統領になられるっていう。」

「それは初耳だわね。」

 冷ややかな声音が、()()()()聞こえていることに男たちはようやく気づいた。

 艶やかな造作の美女に下がりかけた目じりは、しかし一瞬にして焦りにとって変わられた。女の背後には、()()()()()装束に身を包んだ、隙のない目の武士たちが駒を並べている。

「椎野、おまえの兄の同輩だそうよ。」

「さてさて、私も兄も軽輩の身ゆえ、かたがたとはいまだおめもじできずにいるのやも知れませぬな。」

 皮肉げな声が返される。

 ひたかみの者ならば、総領家は「闇衛」、宗任は「鷹里」、頼時は「御館」と呼ぶものなのだ。

 真実、「安倍」に縁ある一行だと気づいた男たちは青くなった。

 退路を探して、しきりと目を動かす。

()()()名を騙ってただですむと思うなッ」

 少年が一喝した。

 まだ首の細さが目立つ年ながら、その気迫は場を圧するに十分なものだ。

「……こ、ここは、む、陸奥だぜ? オレたちは、や、大和のもんだ。オレたちを捕まえようってんのなら、や、大和の役人をつ、つ、連れて来いよッ」

「国府役人の妻でよければいるわよ? 私の立会で十分でしょう?」

 女性が言い、じり、と男たちが輪を縮める。くそ、とだれかがやけっぱちな声をあげた。

「! 有夏さまっっ」

 懐に差込まれた手が、匕首を閃かす。彼女が身構えるのより、野盗が踏み出す速さが勝った。だれもが青ざめた刹那、――「風」が吹いた。

 男は「風」に打たれた掌を抑え、痛みに顔を歪め、宙に舞った匕首は、密集する人を有り得ない動きで避けあたり障りのない木の幹にその刀身を埋めた。

 訓練された反射(動き)で、無頼者たちの制圧に入った供の者たちの中、唖然と匕首の柄を見つめて後、有夏の視線は騎乗の少女に向かう。

 鞍から滑り降りた少女が、市女笠の縁にめぐらした薄絹をそっとかきわけた。

「……有夏?」

 顔色も変えず立ち、応えない彼女に、不安を面に映して少女はもう一度呼びかける。

「……ねぇ、有夏じゃないの?」

「――早桜……?」

 冷静なのではなく、呆然としていたのだ。

 ぱっと顔を輝かせて、次いで緊張が切れたのだろうか、くしゃと顔を歪め飛びついてきた少女を抱きとめる。

 伝わってくるぬくもりが、感触と重さが、確かでありながら、まるで夢の中のように遠く感じられた。

 どうして、も、なぜ、も忘れて、有夏はただ、少女の名を繰り返した。



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