第96話 不意打ちの告白
明里は理央の演技を見ていた。
プロの演技に比べれば、細部は拙く。
けれども、その浮き出た拙い部分すらも神の存在感として昇華させる演技を。
「あ、そっか」
明里は理央の演技を見ていた。
才能の原石が輝き出す瞬間を、その目に収めていた。
故に、理解した。
自分の親友は、恋焦がれる人は、自分が思っているよりも遥か遠くに飛んでいける人なのだと。ふと目を話した瞬間、いつ居なくなってもおかしくないのだと。
今は理央が待っていてくれている。
しかし、それもいつまでも続かない。
理央が心変わりするのではなく、世界が理央を自分とは異なる場所に連れて行ってしまうかもしれない。
だって、理央だ。
あの美しくも優しい人だ。
無茶ぶりにも付き合ってくれる、ノリのいい人だ。
どこへ行ったって、理央は上手くやれるだろう。
ましてや、輝かしい才能の原石が見つかったのだ。動画の時もそうだったが、段々と理央の存在は世界に知られていき、理央を求めるあらゆる人が手を伸ばすかもしれない。
自分よりも美しくて、凄くて、性格が良くて、理央の好みの人間も、その中には居るかもしれない。
「理由なんて必要なかったんだ」
明里は自らの胸の内に生まれた衝動に、納得する。
居ても立っても居られない、どうしようもない焦燥感。
胸の内を言葉にして伝えなければ、何にも手に付かないような恋しさ。
ドラマや漫画、あるいは現実のあらゆる場面で、明里は『どうして勝算のない告白をするのか?』と不思議に思っていた。
意中の人間と特に仲良くも無いのに、無謀な告白をする人間を愚かだと馬鹿にしていた。
賭けにもならない、単なる自滅行為だと呆れていた。
けれども今、明里はようやくそういう者たちの気持ちを理解する。
「告白をしないと……想いを伝えないと」
理屈ではないのだ。
どうしようもないのだ。
賢い選択ではないと理性は告げているのに、精神がその衝動に耐え切れずに悲鳴を上げてしまうのだ。
無論、そういう衝動を耐え忍ぶのもまた、恋というものだろうが――――生憎、明里はそこまで我慢強くはない。
「理央が私の前から居なくなる前に」
神の如き演技を行う理央を見つめながら、明里はどこまでも人らしく決断をした。
◆◆◆
「はぁ、ふぅうううううう…………」
神社を撮影場所としたシーンを撮り終えた後、理央は思いっきり脱力する。
神の衣装を着ているままだというのに、その姿は先ほどの神らしい姿からは程遠い。まるで、憑き物が取れたかのように、いつもの理央らしい姿でだらけていた。
「こ、このまま寝転がりたい……いや、駄目だ。ちゃんと着替えないと」
神の如き演技で周囲を圧倒していた理央だが、当の本人のメンタルは限界に近い。
何せ、今までの動画撮影ではなく、有名な映画監督によるガチの撮影である。撮影が始まる前は緊張していたし、撮影が始まってからはほとんど無我夢中だ。幸いなことに、ほとんどのシーンは最初の一発でオッケーを貰えたか、何度かやり直した時には随分と精神を疲労してしまったという自覚がある。
「こんなのが日常なんて、プロの役者さんは凄いなぁ」
疲れ切った表情で、ぼんやりと呟く理央。
なお、その周囲の撮影スタッフは『凄いのはお前だよ!!?』とツッコミを入れたそうな顔をしているが、まだ他の撮影も残っているので複雑そうな表情で口を閉ざしている。
やがて、理央は撮影スタッフの一人に連れられて、メイク落としや着替えを行う。
着付けをする時は、結構な時間がかかった記憶があるが、脱いだりメイクを落としたりするのはあまり時間がかからないものなのだな、という素朴な感想を抱きつつ、あっさりと理央は普段着の姿へ。
「いやぁ、本当にありがとうっ! 霧崎理央君! 君が居てくれたおかげで、私たちの映画は救われた!!」
「いやいや、大袈裟な……」
そして、理央が着替え終わる頃には、全ての撮影予定を消化したのか、撮影スタッフは撤収の準備を始めていた。
少なくとも、監督である真名子が直接理央の下へ礼を言いに来るぐらいには、問題なく撮影を終えたらしい。
「というわけで、連絡先を交換しよう、『理央君』っ!」
「怪しげな成人女性が、僕を下の名前で呼びつつ、連絡先を交換しようと迫って来ている件について」
「やめっ! そんな事案みたいな言い方をしないで!? 馴れ馴れしいのが嫌なら、これからは苗字呼びを徹底するからぁ!」
「いいですよ、そこは別に。でも、連絡先を交換するのは何のために?」
「や、出演料を払わないといけないでしょ?」
「出演料」
考えもしていなかった、という表情の理央へ、真名子は苦笑しながら告げる。
「そうそう、無茶ぶりさせちゃったんだからさ、きちんと対価は支払わないと」
「えっと、別にいいですよ、ボランティアとかそんな感じで。僕はプロではないですし、お金を貰えるだけのことをした覚えは――」
「あれだけの演技ができる者が、自分を卑下してはいけない」
理央は提案を遠慮がちに断ろうとするが、その途中、真名子は笑みを消した。
普段の道化じみた態度ではなく、本音から、真剣に理央へと言う。
「他者を侮辱しないためにも、君はきちんと対価を受け取らないといけない」
「……侮辱、していたんですかね? 僕」
「君はまだ、君自身を知っていないからね。そう感じるのも無理はない。ただ、さっきのは謙遜ではなく、君を認めて演じてくれた主演の人、撮影に協力したスタッフ、そして私を無下にする言葉でもある。もちろん、無理に頼み込んで君を連れて来たわけだから、そういう対応をされても仕方がないわけだけど」
真剣な表情で言葉を紡いだ後、真名子はふっと表情を緩ませた。
「対価を受け取って貰えると、私たちはとても嬉しい。だってそれは、君が私たちを仲間と認めてくれたってことになるのだからね」
それは子供を諭す言葉ではない。
対等の存在として認めた上で、手を差し伸べるような言葉だった。
「…………わかりましたよ」
故に、理央は観念したように微笑んだ。
真名子からの想いを――否、主演の役者も含めた、共に撮影に挑んだスタッフ全員から向けられた感謝の想いを無下にするほど、理央は残酷ではない。
「では、演技相応に報酬を振り込んでください」
「おうともさ! きっちりと採点してから振り込むから、覚悟しておきなよ?」
冗談めかして理央の言葉に、真名子が愉快そうな笑みで応える。
こうして、理央の初めての映画撮影は終わったのだった。
なお、後々振り込まれた報酬の金額を見て、理央がその桁の多さに悲鳴を上げるのはまた別の話である。
「あ、理央……その、大事な話があるの」
「奇遇だね、明里。僕も大事な話をしようとしていたんだ」
故に、今は恋の話を続けよう。
●●●
映画撮影も無事に終え、温泉宿を後にした文芸部一行は帰路に就いていた。
送迎はもちろん、瑠璃川家の自動車である。流石に、道幅の関係でリムジンなどは運用していないが、相応に性能が高く、文芸部全員が入るだけの自動車による送迎だった。
運転手も瑠璃川家に仕えるプロであり、田舎の道路だろうとも快適な乗り心地で自宅まで送り届けて貰えるだろう。
「あ、瑠璃川先輩。途中で降ろしてください」
「僕と明里は、ちょっと歩きながら帰りますので」
しかし、明里と理央は揃って途中下車することを選んだ。
明里と理央、共に今日の内に済ませておきたい話があったが故に、帰路の途中にある公園で降ろしてもらうことにしたのだ。
「おう。今日はありがとうな、二人とも……特に、理央。あれだけの演技ができるなら、そっち方面に行くのも悪くないんじゃねーの?」
「あはははは、どちらにせよ、六花先輩と相談しますよ、そこら辺は」
「くくくっ、嬉しいことを言ってくれるなぁ、おい。んじゃ、気分良くそういう話をするために、どっちでもいいからいい加減、覚悟を決めちまえよ?」
無論、六花はその選択を咎めない。
むしろ、何かを決断したような二人の背中を押すように、力強く笑みを浮かべていた。
「さっきまで人が居なかったんだけど……なんか急に人が増えたね?」
「そういえば、近くに小学校があったわね、この公園。うん、流石にこれじゃあ話にならないから、場所を変えましょう」
ただ、途中下車した場所が悪かった。
車内から眺めていた公園には、ほとんど人気は無かったのだが、二人が降りたとたんに、小学校低学年の子供たちが、騒ぎ立てながらやって来たのである。
当然、こんな環境ではろくな話ができない。
「じゃあ、しばらく歩いて良い感じの場所を探そうか?」
「そうね、妥協はできないわ」
公園を後にした二人は、しばらくの間、帰路を辿るようにして歩いて行った。
しかし、どうにも間の悪いことに、普段は人気のない場所であっても、今日だけは妙に人が通りすがる。人の気配がある。そもそも、屋外で話すことなのか? などと二人が疑問を抱き始めるぐらいには、結構な時間を二人は無言で歩き続けて。
「「あっ」」
いつの間にか、二人は明里の自宅へと辿り着いてしまった。
「…………上がっていく?」
「いや、流石にそれは。もうすぐご飯時でしょ?」
二人は顔を見合わせた後、互いに微妙な表情で見つめ合う。
「うん。多分、お母さんが晩御飯の準備をしていると思うわ」
「じゃあ、流石に帰るよ」
「そうね、仕方がないわ」
「うん、また明日」
「ええ、また明日」
やがて、二人はそのまま建前を言い合い、いつの間にか別れることになっていた。
二人とも内心では『いや、今日の内に話さなくていいの!?』などと、自分自身に叱咤をしながらも、互いの仮面は剥がれない。
理央は微妙な笑顔のまま、明里の玄関先から離れて行って。
明里も微妙な笑顔のまま、がらりと玄関のドアを開けて。
「――――っ!!」
先に動き出したのは明里だった。
玄関のドアを開けるよりも前に、大きく息を吐いて振り返る。
背中を向けて立ち去ろうとする理央の下へ、思いっきり駆け寄る。それはもう、そんなに短い距離をどうして全力疾走してしまったのか? と後々顔を赤くする程度には、凄まじい速度で理央へと駆け寄る。
「……よしっ!」
そして、ちょうどそのタイミングで理央が意を決して振り返った。
このまま帰るものか、と奮起した表情で背後を振り返って、自らの背中へ追いついた明里とばったり目が合った。
「「あっ」」
二人は再び、揃えて間抜けな声を上げて……数秒後、互いに声を上げて笑い始めた。
「あははははっ! 考えることは一緒というか、お互いにヘタレというか」
「ぷ、ふくくくくっ! ええ、本当に私たちって馬鹿みたい」
まるでコントみたいだ、などと感想を言い合いながら笑い合う。
目じりに涙を貯めるほど、それはもう盛大に笑い合う。
「でも、なんとなく。お互いに言いたいことはわかる気がする」
「そうね。多分きっと、私たちは同じ気持ちだと思う」
理央と明里は、目を見合わせて、笑顔のまま言葉を交わし合った。
この後、言葉も思いも重なるだろうと予想しながら。
「明里、僕は君のことが好きだよ」
「理央、貴方は役者を目指すのね?」
けれども、二人の言葉は互いにクロスカウンターのように交差してしまった。
「「…………???」」」
二人は揃って首を傾げながら、互いに向けられた言葉の意味を確認して、一言。
「「なんで!!?」」
今度こそ、理央と明里の想いと言葉は重なり合った。




