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第84話 物語を一つ

「短編でも長編でもいいから、文化祭までに部員一人一人が物語を書こう。そして、自分が書いた物語の登場人物に扮して、文化祭当日ではそれぞれが売り子をするんだ。そうすれば、文芸部らしい活動としてコスプレすることができるよね?」


 瑞葉の提案にまず、部長である明里が賛成の声を上げた。


「確かに、その提案ならきっと、文芸部でもコスプレしてもいい、という許可を得ることができると思います。ナイスです、瑞葉先輩」


 次いで、コスプレ――つまりは理央を女装させられる可能性が生まれたからか、六花もその提案に乗っかっていく。


「アタシも瑞葉の提案に賛成だ。衣装に関しては、難しすぎる題材で無ければ用意できると思うぜ?」


 不敵な笑みで胸を叩く六花。


「んー」


 しかし、その態度に対して、理央はあまり歓迎の意志を示さない。

 何かを考え込むように唸った後、冷や水を浴びせように告げる。


「でも、文芸部の衣装に関して、ちょっと六花先輩に頼り過ぎでは? いくら本人が望んでいたとしても、苦労する部分を部員一人に負担させるのは違うと思う」


 それは女装趣味の男子としてではなく、文芸部副部長としての真っ当な意見だった。

 動画撮影という、半ば個人活動のようなものならともかく、文化祭に於ける企画というものは完全に部活動に属するものだ。

 無論、部費が足りていない部分を個人の裁量で補うことは、文芸部以外の部活動でも普通にやっていることかもしれない。強制しているのならばともかく、本人が望んでいるのならば、反対する方が野暮かもしれない。

 だが、それを全て承知の上、理央は健全なる部活動から外れてしまいそうな要素を否定しているのだ。


「む、アタシは気にしないんだが?」

「僕が気にするんです。というか、六花先輩も本当にそんな余裕ありますか? リプレイじゃなくて、自分で一から物語を作るんですよ? きちんと完結させる物語ですよ?」

「うぐっ、それは……」


 鋭い指摘を受けて、言いよどむ六花。

 理央はそんな六花に『それみたことか』とジト目を向けた後、改めて部員全員へと提案する。


「物語を作るのも、コスプレの衣装を用意するのも全部、各部員が個人でやりましょう。もちろん、物語を書く上でわからないことがあったら、僕や悠木先輩に訊ねても構いません。衣装の用意で難しいところがあったら、六花先輩に相談するのもオッケーです。ただ、あくまでも物語を書くのも、コスプレ衣装を用意するのも、主体は部員本人にあるようにしないと」


 部員個人が自身の作品に責任を持たなければならない提案。

 それは厳しくも公平なる提案だった。

 少なくとも、負担が誰か一人に圧し掛かることも無く、何か不測の事態で失敗することがあったとしても、その被害は部員個人に収まるような方法だ。


「補足――というより、私の提案を修正してくれてありがとう、霧崎君。確かに、コスプレ衣装係がりっちゃんになると、結構な負担だよね。うん、動画撮影の時に頼りっぱなしだったから、その感覚が抜けてなかったみたい……うーん、先輩として反省しないと」


 自らの提案の不備を突くような指摘に、けれども瑞葉は笑顔で応じた。

 作り笑顔ではなく、心底から理央の提案を受け入れている表情だ。


「あ、もちろん、私は霧崎君の提案に賛成! 衣装と物語の兼ね合いが難しいかもしれないけど、そこは提案者である私がきっちりとフォローするよ!」

「……まぁ、瑞葉がそう言うなら、アタシも文句はない。つーか、アタシこそ反省しないと。自分さえ良ければそれでいい、なんて先輩が示しちゃいけない前例だったわ」


 最初の提案者である瑞葉が応じれば、六花も素直に頷いた。


「私はTRPGのリプレイ冊子を作れるのなら、そっちの提案は許容する」

「先輩たちが納得したのならば、部長である私も問題ないって判断するわ」


 次いで、一年生たちも修正された提案を受け入れる。

 これにより、文芸部一同が概ね、理央の修正案に同意する形となった。


「というわけで、理央。他に何か言うべきことはあるかしら?」

「いいや、特に見当たらないよ」

「ん、なら大丈夫ね。それと、私の代わりに嫌な役割を背負ってくれてありがとう、理央」

「これでも副部長だからね。それと、理が通っていることなら六花先輩は邪険にしないってわかっていたから」


 ノリに乗ったところに冷や水を浴びせる役割を演じた理央も、部長である明里のフォローにより、部員たちからの悪感情は残らない。

 むしろ、フォローが無くとも各部員たちが『まぁ、自分はわかっているから』という内心を持っていたかもしれないが、それはさておき。


「じゃあ、この企画で通して貰えるように、私が上手く企画書を纏めておくわ。部員たちは各自、それぞれの物語を書き始めるように」


 文芸部が復活してから、おおよそ半年の月日が経ってようやく、部員たちは『自分の物語を書く』という活動を始めたのだった。



●●●



 物語を一つ、紹介しよう。

 無形の悪魔の物語を紹介しよう。


 それは最初、泥のような物体に過ぎなかった。

 夜の闇が物質化したように、光を吸い込むような暗黒。それが泥のように蠢いている。

 その悍ましさに、知性の有無に関係なく、命ある全てのものは目を背けて見ないふりをしていた。

 だから気づかなかったのかもしれない。泥の中でも色鮮やかな花が咲くように、その物体の中にも一つの意識が宿っていることを。


『どうやらこの姿は嫌われるらしい。なら、もっと違う姿になってみよう』


 泥は周囲の反応から、自らの姿を変化させた。

 最初は、暗黒の塊から、小さくて可愛らしい子猫へ。

 次は、子猫に魅了された、可愛らしい女の子の姿へ。

 その次は、女の子の母親である、成熟した美女。その次は、成熟した美女すら羨む、国一番の美少女。

 そう、この泥は自らが望むがまま、自由に姿を変える能力を有していたのだ。

 獣から、美少女。

 人間だけではなく、魔物や精霊。

 果てには、神々の姿形すら模倣することができた。


『面白い、面白い。人も獣も、神々すらも。誰もが外見に惑わされる』


 その内、泥は悪魔となった。

 生命を嘲笑し、踏みにじる快感を覚えたからだ。

 誰もが悍ましいと目を逸らすような本性を持つ自分が、美しさで世界を翻弄する。それはどんな食べ物でも味わえないほど甘美で、病みつきになるような味わいだっただろう。

 しかし、無形の悪魔にできるのは所詮、外側の変化のみ。

 中身は全く模倣できない無形の悪魔は、その内、国一番の魔術師によって、魔獣が蔓延る森の奥へと封印されることになったのである。


『あーあ、残念。でも、大丈夫。いつか、僕を求める誰かがやってくるはず』


 無形の悪魔に寿命は無い。

 無形の悪魔は簡単には死なない。

 故に、待った。封印が綻ぶのを。長い時間が経ち、国が廃れ、魔術師の封印を更新する意味を人々が忘れ去るのを。

 それでも、かつて世界を蹂躙した無形の悪魔の能力を求める者が、きっと目の前に現れるはずだと。

 そして、一つの国が消え去るほどの長い時間が流れた後、ついにその時はやって来た。



「見つけたぞ、無形の悪魔――――否、俺の理想の嫁よ!!」

『えっ???』



 ただし、無形の悪魔が思っていたのとは別方向で、その存在を求めて。


「古文書に記されていた、伝説の存在! どんな姿にも変じられる無形の悪魔! まさしく、この俺の理想を叶えるに相応しい! さぁ、無形の悪魔よ! 俺の理想である地味系眼鏡クラシックスタイルのメイドに変身して――――」

『あの、僕は姿を真似するだけで、そっちの妄想の通りには変化できないんだけど?』

「えっ?」


 無形の悪魔の下に現れたのは、一人の冒険者だった。

 たった一振りの剣を振るい、魔獣の森を踏破した凄腕の冒険者だった。

 しかし、彼は馬鹿だった。それはもう、理想の嫁を求めた果てに、『無形の悪魔って奴に、自分好みの女の子に変身させればいいじゃん!』と考えてしまうほどに。


『ええと、昔に真似した国一番の美少女じゃ駄目? ほら、こんな感じ。国一つを傾けた美貌の持ち主として有名だったんだよ?』

「ちがぁーう! 話にならない!! 俺が求めるのはそんな目の眩むような美少女じゃない! もっと地味で! 純朴で! けれどもその中に光る美しさがあって……」

『言葉じゃなくて、せめて絵で説明してくれる?』

「俺の絵心は皆無だっ!」

『えぇ……』


 その上、冒険者には誰にも譲れないこだわりがあった。

 求めるのは単なる美少女でも、誰かの似姿でもない。冒険者の頭の中にある理想の少女である。いかに外見で世界を蹂躙した無形の悪魔といえども、空想の中の少女を真似することはできない。


「無形の悪魔よ! お前は世界を弄ぶほどの力を持った悪魔なのだろう!? ならば、自力で俺の理想の嫁へと変化してくれないか?」

『いや、いきなりオリジナルを求められても……というか、それをやって僕に何の得が――』

「ふんっ! ほら、封印を壊したぞ! お前の利益になることをした! 次はお前が俺の利益になることをするのだ!」

『…………まぁ、封印から解き放ってくれたお礼の分ぐらいは付き合うけどさぁ』


 とはいえ、無形の悪魔にとって冒険者は数百年ぶりの客人。

 しかも、封印から解き放ってくれた恩人でもある。悪魔といえども、その願いを無下にすることはできない。


『ええと、こう?』

「ちがぁーう! 全然、違う! それじゃあ、普通の美少女だろ!?」

『じゃあ、こう?』

「顔面が崩れているんだが!?」

『細かく動かすの苦手なんだよ……もう、適当に剣とかナイフで削ってくれない?』

「そんな物騒なことできるかぁ!」


 喧々囂々と丸一日、森の獣たちが近寄らないほどに、無形の悪魔と冒険者は語り合う。

 そして、互いに『こいつ、駄目だ』と何度も失望と諦めを繰り返した結果、最終的には次のような妥協を得ることになった。


『僕が君の旅について行って、君の理想を理解する。そして、理想のお嫁さんとやらに変身する。それでいいかな?』

「ああ、頼む! 考えてみれば浅はかだったぜ! 昨日今日、会っただけの奴に俺の理想を伝えきれると勘違いしちまった! だが、安心してくれ! これから毎日、ずっと俺の理想の嫁について語ってやる!」

『毎日は大丈夫です。七日に一度ぐらいで大丈夫です』

「かかかっ、遠慮するな!」

『遠慮じゃないんですが?』

「だかまぁ、それまではその姿で我慢してやるよ!」

『これでも試行錯誤の既に完成した、僕のオリジナル美少女なんですが?』


 かくして、無形の悪魔は冒険者と共に旅に出ることになった。

 どうにか取り繕った、地味――と呼ぶには美し過ぎるメイドの姿で。

 冒険者の言う、理想の嫁を理解するための旅に。

 しかし、この時の二人は知らなかった。

 この旅がどれだけの意味を持つのかを。


 図書の塔に引き籠る賢者。

 選定の剣を振るう勇者。

 運命に抗う亡国の王子。

 三人の仲間と出会い、世界を救うための旅になることを。


 これは無形の悪魔が――何者でも無かった存在が、冒険者と共に多くの人々と出会い、別れ、大切な感情を拾い集めながら、理想に近づくためのファンタジー。



 そういう物語を、霧崎理央は書いている。



●●●



「んんー」


 理央はある程度のところまで物語を書き進めると、思いっきり背伸びをした。

 部室で執筆作業をするために、ノートパソコンを持ち込んだわけだが、これが功を奏したのか、当初予定していたよりもかなり早く展開を書き進められている。

 既に、終盤までのプロットは完璧に頭の中に。

 指が動けば動くほど、物語を書き進められるような状態にあった。

 けれども、焦りは禁物。創作者の端くれである理央は、あえてそういう状態をリセットするように、大きく背伸びをする。

 この手の状態は、驚くほど物語を書き進められるが、その分、ミスに気付きにくい状態であることを知っているからだ。

 故に、理央はあえてその状態を途切れさせるために休憩を入れて。


「さぁて、皆の手助けをしないとね」


 瑞葉以外の部員が、部室の机で突っ伏しているという状況の改善に動くことにした。

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