第8話 本気を伝えて
「いや、よく考えたら私が部活に入る理由って無くない?」
瑞葉はベッドに入って就寝する前、ふと冷静さを取り戻した。
逆に言えば、今まで冷静さを欠いた状態が長時間続いていたということだが、流石に一日の終わりにはそのデバフ状態も解除されたらしい。
「そうだよ。そもそもの話、文芸部がただのサボり部みたいな感じになるのなら、入部したいとも思わないし」
自分の本気は周囲を傷つける。
特に、本気で部活動をしようとしている後輩たちにとって、自分が部活動に入ることがプラスになるとは思えない。だからこそ、今まで瑞葉は他の文化部に所属しようとも思わなかったのである。
ただ、それはそれとして、『ガチの創作活動をしないから大丈夫』という部活には入りたいとは思えない。
そう、一年生の時の失敗を引きずっているとはいえ、ぬるま湯に浸かって自分を誤魔化すような真似をしたくは無いのだ。
「周囲がやる気ない人たちばっかりなら、振り回すことは無くても、私が空回りすることになるだろうし。そんな部活、やっても面白くない。誰一人、私の本気に付き合ってくれない部活なんて…………だけど、うん」
しかし、文句を言いながらも、瑞葉はふと思い出す。
「霧崎君は、どうなのかな?」
自分の本気に付き合ってくれた後輩の姿を。
「龍宮寺さんは、そこまで興味ないって言っていたけど。霧崎君の知識はにわか仕込みじゃないし、作品だって本物だった。霧崎君自身が作ったシナリオだった。適当な騙りじゃなくて、本当に文章を書くタイプの人間だった。それに、あの時の言葉は嘘には聞こえなかった」
ぶつぶつ呟きながら、瑞葉は自分の所業を思い出す。
初対面にも拘らず、異性の後輩である理央を自宅に引っ張り込む。
その上、外が暗くなるまで自室でみっちりと創作論を語り合う。
正直、瑞葉本人が思い返してもドン引きの行動だった。慎みが無いと非難されても、何一つ言い訳が出来ない所業だった。
けれども、瑞葉は確かに嬉しかったのである。
悪くない、と理央が自分の本気を受け止めてくれたことが。
「霧崎君が居るのなら、サボり部でも…………いや、いやいやいや!」
だからこそ、瑞葉の思考は堂々巡りに陥ってしまう。
「そうなると今度は、私が霧崎君を傷つけたり、振り回しちゃう! というか、もう十分過ぎるほど振り回しちゃうし……ううっ! わ、私は一体、どうすれば……」
サボるだけの部活には所属したくない。
本気に付き合ってくれる後輩の存在は嬉しい。
でも、そんな後輩に迷惑をかけたくはない。
やっぱり、私なんて部活に所属してはいけないのでは?
ただ、他の大多数に熱意が無い場所なら、自分もやり過ぎることは無くなるのでは?
…………などと、ぐるぐると瑞葉の思考は同じ場所を延々と回り始めて。
「う、ううううっ!」
「「お姉ちゃん、うるさい! 何時だと思っているの!!?」」
「おぶぇっ!?」
隣の部屋からやって来た、妹と弟による苦情という名のダブルボディプレスにより、強制的に遮断されることになった。
●●●
悩みに悩んだ結果、瑞葉は週末を待つことにした。
自分一人で悶々と考えても仕方がない。全ては、理央と明里の言う『本気』を見てから判断するという、結局は冷静になる前と同じ決断をしたのだった。
だが、これは瑞葉の中では納得した上での決断である。
以前とは覚悟が違う。
【土曜日の朝、お迎えに上がります。午前九時から午後五時までお時間を頂くことになるのですが、ご予定のほどは大丈夫でしょうか?】
連絡先を交換した理央から、このようなメッセージを送られてきても動じない。
多少は手汗で携帯端末の画面が汚れてしまったが、返信は一分以内に送ることができた。もちろん、その内容は【問題ないよ】しかあり得ない。
そう、今の瑞葉は一種の境地にあった。
悩み過ぎて自分を追い詰めた結果、『もはやこれまで』と開き直ってしまったのである。
だが、開き直りとはいえ、覚悟は覚悟。今ならば明里のカリスマオーラに圧倒されて、流されるまま入部届にサインを書くことは無い。
冷静かつ理性的に物事を判断できるのだと、瑞葉は妙な自信に溢れていた。
「おはようございます、悠木先輩。今日はよろしくお願いしますね?」
もっとも、そんな張りぼての如き自信は一瞬で消し飛ばされることになったのだが。
「…………えっ?」
――――美少女が居た。
瑞葉の自宅。その玄関先に、茶髪でロングヘアーの美少女が居た。
春らしくゆるふわガーリー系で纏めた服装の美少女だった。
顔立ちは中性的であるものの、瑞葉に向かって微笑む姿はまるで一輪の花。しかも、押しつけがましくなく、そっと寄り添うような野花の可憐さがそこにはあった。
「だ、誰?」
「酷いですね、悠木先輩。僕ですよ、僕――霧崎理央です」
「霧崎君っ!?」
見知らぬ美少女へと瑞葉が恐る恐る訊ねれば、返って来たのは衝撃の真実。
確かに、言われてみれば顔立ちは理央によく似ているが、それでも疑念が拭いきれないほどには、理央の女装は完璧だった。
何せ、普段の人畜無害といった雰囲気の男子が、花咲くような美少女に変貌したのだ。
瑞葉でなくとも、別人だと疑いたくなるのは当然だろう。
むしろ、数か月の空きがありながらも、一発で理央の正体に気づいた明里がおかしいのだ。
「な、なんで!? いや、本当に何で!!?」
「これが僕の本気です」
「それが霧崎君の本気なの!? 意味不明だよ!!?」
もはや悲鳴の如く疑問を投げかける瑞葉に、理央は朗らかに言葉を返す。
「移動しながら説明しますので、ご心配なく」
「えっ、ひょっとして私、これから女装した後輩と一緒に外を出歩くの!?」
「嫌ですか?」
「嫌とは言えないレベルの完成度なのが恐ろしいよ!」
「ありがとうございます。長年の研鑽によるものなので、どんどん褒めてください」
戸惑いは消えぬまま、けれども今更誘いを断れるわけもなく。
瑞葉は週末の休日を、女装姿の後輩と共に過ごすことになったのだった。
理央は歩く。
当たり前のように、街の中を進んで行く。
「最初に言っておきますが、僕の格好に深い理由なんてありません」
すれ違う人々の視線を奪いながら。
時折、目が合った人たちに愛想よく微笑んで。
「単に好きなんですよ。綺麗とか、可愛いとか言われるのが……まぁ、僕もそろそろ、可愛いと言われるのには無理のある体格に成長していきそうですが」
やましいことなど何一つないと言わんばかりに、堂々と進んで行く。
「もちろん、こういう趣味の所為で面倒事に巻き込まれたこともあります。玉突き事故みたいなものですが、好きだった女の子を傷つけてしまったこともあります。良いことばっかりってわけでもありません」
語りながら進んで行く理央の背中を、瑞葉は追いかける。
速度はそれほどではない。
徒歩の速度。
歩幅もさほど変わらない。
それでも、瑞葉は何故か、理央の背中に追いつくのに苦労してしまう。
「だけど、それでも好きなんですよね、女装」
振り返り、微笑む理央の姿に目が眩んでしまう。
「面倒事が起きてもやめられない。文句を言われたら、文句を言われないぐらい完璧に磨き上げたくなってしまう。まったく、難儀な趣味ですけど――――でも、これが僕の本気です」
未だ葛藤の中に居る瑞葉にとって、答えを得た理央の姿は直視できない。
「そして、僕の本気は明里に受け止めてもらいました。明里に認めてもらいました。だから僕は、明里と一緒に部活動を始めようと思ったんです。『誰かの居場所』を作ろうと思ったんです。だけどまぁ、流石に露骨なサボり部にするのはどうかと思うので、普通に文芸部の活動はしていくと思うんですけどねー」
あははは、と最後は冗談めかして、再び理央は歩きだす。
その背中に、何と言葉をかけて良いのか瑞葉にはわからなかった。
けれども、せめて沈黙だけは避けようと無難な話題を切り出す。
「その、霧崎君」
「はい、なんでしょう?」
「私たちは何処へ向かって移動しているのかな?」
「ああ、すみません。言い忘れていましたね」
会話に淀みは無い。
違和感は無い。
しかし、確かに『逃げた』という気分だけを抱えながら、瑞葉は理央の言葉を待つ。
「明里の家です。そこで、あいつの本気を悠木先輩にお見せしましょう」
理央の本気。
明里の本気。
二つの本気に対して、自分はどう応えればいいのか?
理央の後を追う瑞葉には、まだ何も考えられずにいた。
●●●
「へい、らっしゃい!」
最初に明言しておくが、明里の家は古めかしい日本屋敷だ。
住宅部分を改装し、フローリングの部分はあるが、広大な庭には年季の入った蔵や、よくわからない小屋など建てられているような場所だ。
「お二人さん、ご注文は何にしましょう!?」
間違ってもラーメン屋ではない。
何なら、理央と瑞葉が案内された場所は、広々としたシステムキッチンである。
ラーメン屋のカウンター席ではない。
「今日のお勧めは味噌と醤油ですぜ! というか、それ以外のスープは用意できなかったので、二つから選んでくだせぇ!」
けれども、何故か明里はラーメン屋の店員みたいな姿をしていた。
真っ白な手ぬぐいを頭に巻き付けて、上半身は黒のTシャツ。下半身は動きやすいジーンズに、『商売繁盛』と書かれてある前掛けが付けられてある。
どこからどう見ても、ラーメン屋の店員みたいな姿をしていた。
「…………霧崎君。えっと、これは?」
瑞葉は何が何だかわからず、そっと理央へと意図を訊ねる。
「あはははは」
ただ、理央はそれには応えず、笑っていた。
笑顔自体は美少女フェイスなのだが、周囲から漂う怒気は頭部に鬼の角を幻視させるほどだった。
「明里」
「へい、何にしましょう!?」
「作戦会議したよね?」
「へ、へい……」
「君の本気を悠木先輩に見せるために、お菓子作りを頑張るって言ったよね? 大好きな日常系アニメの真似をするためだったら、手間のかかるお菓子作りも頑張れるっていう、君の本気を見せる予定だったよね?」
「…………はい」
「どうして、ラーメンになったの?」
「そっちの方がお菓子作りよりも手間暇がかかって、本気が伝わりやすいと思ったからです」
「へぇ、なるほどね。それで、本音は?」
にこやかな怒気に圧され、明里は静かに床に正座した。
「昨日の深夜に見たアニメで、手作りラーメンを作る回がやっていたから、つい」
そして、明里が申し訳なさそうに告げた謝罪により、理央の怒りが頂点に達する。
「報告! 連絡! 相談!」
「ご、ごめんなさい! でも、食べる分には困らないでしょう? ねっ?」
「もう! 臭いがウィッグに付くのは我慢するけど! 今日の服はねぇ! ラーメンを食べに行く時の服じゃないんだよぉ! 勝負服の一つなのっ! こつこつお年玉を溜めて買った奴なのぉ!」
「ごめんなさい! お詫びに服を脱がすのを手伝うわ!」
「お詫びにセクハラをする奴がどこに居るかぁ!?」
「えへへっ! ごめんなさい、実はちゃんとエプロンを用意しているわ、悠木先輩の分も」
「明らかに、最初から怒られた後の準備をしているよねぇ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ一年生が二人。
その様子を見て、瑞葉は不意に懐かしくなってしまった。
遠慮ないやり取りだ。
馬鹿みたいな言い争いだ。
かつての自分たちと似た、愚かしくも楽しい言い争いだった。
「ああ、これは確かに――――本気だね」
本気で馬鹿をやっている、と瑞葉は小さく微笑んだ。
方向性は違えども、込められた熱量は確かに、サボり部なんて言えないものだったから。
ラーメンを食べ終えた後、理央は釈然としない表情で話を切り出した。
「……とまぁ、このように。本気なんて誰しも、周囲を振り回すものなのです」
「龍宮寺さんのパターンはまた違うと思うけど?」
「それは…………色々とごめんなさい」
「いやいや、全然! ラーメン美味しかったし!」
瑞葉がにこやかに告げると、キッチンの奥から「そうでしょう!?」という明里の声が返って来る。
現在、明里は自分の料理の後片付けを行っていた。
思い付きでラーメンをスープと麺から手作りした代償か、洗い場には少なくない数の調理器具が溜まっていたので、二人の下に戻るのはしばらくかかるだろう。
「まぁ、これで不味かったらどうしてやろうかと……ともかく! 悠木先輩、貴方の本気だけが周囲を傷つけるわけじゃありません。誰だって、本気でやり取りするなら傷だらけになるものなんです。迷惑をかけちゃうんです。なので、うちの部活では『お互い様』ってことにしていますので、気にしないでください」
「う、うん。なんとなく言いたいことはわかったよ?」
「…………本当はもうちょっと綺麗な流れで言うはずだったんですけどね」
「いやいや、大丈夫だよ! 十分、伝わって来たよ!」
露骨に肩を落とす理央に、それを慌ててフォローする瑞葉。
「君たちの本気は、ちゃんと伝わったよ」
理央と視線を合わせて伝える瑞葉の言葉に、嘘は無い。
既に、瑞葉は己の中にある答えに辿り着いていたからだ。
「でも、だからこそ、私は君たちの部活に入るには余分だと思う。だって、これは君たちの物語だ。君たちが始める青春だ。そこに本気になれない私が入るべきじゃない」
傷つけるからではなく、相応しくないから入部しない。
その答えは今までの自虐的なものとは違い、確かなる納得によるものだった。
「ねぇ、霧崎君。私の本気はやっぱり、あの夜に見せた押しつけがましい行動なんだよ。どうしようもない衝動なんだよ。私は誰かと語り合いたいし、一緒に物語を作ってみたい。だけどそれは、龍宮寺さんや君の部活動を邪魔することになる」
瑞葉が出した結論。
「私と君たちとでは物語のテーマが違うんだ」
それはやはり、後輩二人と自分が思い描く青春は違うということ。
「もちろん、先輩として君たちのアドバイスは今後もさせてもらうよ? うん、きっとさ。外部で偉そうにアドバイスするような距離感が、私と君たちにとっての適切なものだと思う」
平熱と熱血は交わらない。
当たり前の結論を、けれども瑞葉は納得の下に告げた。
揺らぐことのない、確固たる意志によって。
「…………わかりました、悠木先輩。ですが、最後に一度だけ……本気、いや、『本音』で勧誘をしてもいいですか?」
「いいけど、ごめんね? 私の意志は変わらないよ。これはお互いのためにも最善な――」
「悠木先輩と創作について語り合うのが好きだったので、一緒に部活動ができれば僕個人がとても嬉しいです」
「えっ、ほんとぉ!!?」
そう、揺らぐことのない、確固たる意志だったはずなのだ
理央が頬をやや赤らめながら、そっと本音を告げなければ。
「ぶっちゃけ、ドン引きされていると思ったけど! 正直、嫌われていることすら覚悟していたけど!?」
「や、引いていたことは確かですけど、でも楽しかったですから。ほら、その時もちゃんと言ったじゃないですか」
「言っていたけど! 『たまになら悪くない』みたいなニュアンスだったから! 毎日、顔を突き合わせる部活だと嫌だと思って配慮していたの!」
「部活動の時間中に納まるのなら、僕としては大歓迎ですよ」
「部活動以外の時間は駄目?」
「それは時間的な余裕があれば、ですね」
納得も、確固たる意志も、大人ぶって身を引いた結論も。
結局は、心の底から湧き上がる衝動によってぶち壊される。
「じゃあ、週末には徹夜で創作論を語り合ってもいい!?」
「徹夜は美容に悪いので、月に一度しか認めません」
「一緒にゲームを作るのに誘ってもいい!?」
「いいですけど、僕は素人ですよ? 絶対に途中でだれてくると思うので、最初に作るゲームは短編にしてください」
「もちろんさぁ!」
悠木瑞葉という人間は、どこまで行っても衝動的な創作者なのだ。
好きだという気持ちには抗えない。
傷跡がある程度では折れたりしない。
燻った想いに火を付けられたのなら、もはや大人ぶった結論では止まらない。
「ねぇねぇ、霧崎君! どんなゲームを作る? あ、龍宮寺さんを除け者にするのは良くないよね! 一緒にゲームを作ってもらうために、どんな洗脳――もとい、お勧めの小説やゲームを紹介しよっか?」
「さっきまでのまともな発言が、全部台無しになっている!?」
「大丈夫! 無理強いなんて絶対にしないから! きちんと巧妙に部員たちをゲーム制作の道へいざなってみせるよ!」
「部活動を乗っ取る気満々に――というか、近い! 胸が普通に当たっているので、恥じらいを思い出してください、悠木先輩!」
「恥じらいなんて感情は創作には不要っ! 性癖を開示することで作家は莫大なパワーを得るんだよ!?」
「それはもろ刃の武器――じゃなくて! 創作に関係ない範囲では恥じらいと慎みを!」
暴走を始めた瑞葉を止めることが出来る者は、この場には居らず。
最終的には『合法的に美少女に胸を押し付けて貰えるの!?』と明里が突入し、更なる混沌と騒動が生まれようとしていた。
それは間違いなくはた迷惑で、けれども本気と本音に満ちた、青春の一幕だっただろう。
悠木瑞葉、二年生。
理央と共に創作活動に打ち込むため、入部決定。




