第7話 憧れは遠く、現実は奈落
悠木瑞葉には憧れている物語がある。
それは、いわゆる『部活モノ』と呼ばれるジャンルの物語だ。
主人公が中心となって、廃部寸前――あるいは、新しく部活を立ち上げて仲間たちを集めていく。
様々な困難や、人間関係の悩みに直面しようとも、主人公たちの歩みは止まらない。
試練のように襲い掛かる現実を蹴り飛ばして。
夢のような日々の中、主人公たちは輝かしい栄光を掴むのだ。
友情と勝利の物語。
苦難と挫折も、ほんの少しぐらいならあってもいい。
そういう物語に、瑞葉は昔から憧れていた。
「瑞葉、現実と漫画は違うのよ?」
「瑞葉、自分を基準に物事を考えすぎるのは良くないぞ」
母親と父親からは、そういう憧れを肯定されなかったが、それでも瑞葉が諦める理由にはならなかった。
小学校の頃は、何もかもが足りなかった。
中学校の頃は、実力と仲間が足りなかった。
けれでも、高校に入学した頃、瑞葉はようやく物語の始まりに到達したのである。
「へぇ。アンタ、ノベルゲームのシナリオとか書いてんだ? 私もそういうの好きっていうかね…………実は、自作のイラストでノベルゲームを作ったことがあってさ」
友達が出来た。
仲間が出来た。
幸運なことに、瑞葉の隣の席に居た同級生は、趣味を同じくする者だったのだ。
「いやぁ、試しにフリーゲームのサイトに作ったゲームを乗せたら、『イラスト以外はいまいち』とか、ろくでもない評価を食らってさぁ」
「気にしない方がいいよ、そういうの! 私も『シナリオと文章以外はセンスが無い』とか書かれていたけど、これから段々と上手くなる予定だし!」
最初の一人とはすぐに意気投合した。
互いに、創作者としての最初の――『作品を完成させた』という自負があるからこその意気投合だった。
だからこそ、その後の展開もある意味、必然だったのかもしれない。
「そうだ! だったら、私たち一緒にゲームを作ろうよ!」
「あー、共同制作?」
「そうそう! ちょうど文芸部の部室が空いているみたいだし! ノベルゲームを作る部活を立ち上げてさ! 他にも、色んなことができる部員を集めて、皆で一緒に一つの作品を作ってみようよ!」
「確かに。それならまぁ、私みたいにイラストしか描けないような人間でも、少しはまともなゲームが作れるかもしれない」
「うん! シナリオしか書けない私だけど、貴方や……他の人たちも集まれば、きっと!」
誰かと一緒にゲームを作る。
新しい部活を立ち上げて、仲間たちと共に作品作りに取り組む。
そのシチュエーションは瑞葉だけではなく、他の者たちも魅了することになった。
「ゲーム音楽? あー、できなくはねぇけど……ま、やってみるか」
気まぐれな楽曲製作者。
「…………部活に出るのは週に一度だけ。後は、ネット越しの会話でいいなら」
陰気な性格のプログラマー。
「ふふん、これでも俺はネット小説では相応の評価を受けているんだよ」
自信家のサブシナリオ担当。
最初の一人と瑞葉も合わせて、五人。
気づけば、新規の部活の立ち上げには、十分な人数が集まっていた。
「いよぉし! それじゃあ、ノベルゲーム研究部の活動を始めていこうか!」
この時の瑞葉は――いや、揃った五人は誰しも理想の未来を思い描いていた。
漫画やアニメにあるような楽しい青春の物語、
それが自分たちにも訪れるのだと、胸に期待を抱いていたのである。
実際のゲーム制作現場。
その過酷さも知ろうとせずに。
共同制作に於ける失敗の理由。
その一。
「それで、どんな物語にする? 私は異能伝奇系がいいと思う!」
「異能伝奇っていうと、バトルもの? となると、バトルシーンのカットもいくつかあった方がいいか」
「ちょっと待った。異能はともかく、伝奇ってなんだ? なんか古臭い和風の音楽も入れんのか? いや、和ロックとかの良さはわかるが、和っぽい音はそもそも楽器を借りるのは難しいと思うぜ」
「…………へっ。異能伝奇も知らないの? 大体、今の異能伝奇は2000年代のそれと比べて、スタイリッシュでポップな作品も結構あるのに」
「いやいや、そもそも今時、異能伝奇は流行らないって! ノベルゲームである程度の人気を目指すのなら、いわゆるキャラクターゲーム! それも、少しのエロが――」
初動に於ける意志の不統一。
一緒にゲームを作る、というお題目だけで集めて来た仲間たちには、共通する目標や作りたいゲームのビジョンなどは無かった。
故に必然、作るべきゲームについて話し合うのであれば、すれ違いや人間関係の摩擦は避けられない。
共同制作に於ける失敗の理由。
その二。
「……なぁ、いちいちネット越しであいつと話すの面倒なんだけど」
「俺も部活動なのに、顔を出さないのはどうかと思うね!」
「いや、それはそういう約束で部員になったんだから……」
「そうそう。それに、いちいち部室に集まらなくても作品は作れるでしょ?」
リーダーの欠如。
当時、全て一年生で構成されたノベルゲーム研究部には、上級生が存在していなかった。
一応、瑞葉は部長という立場だったが、あくまでも瑞葉は部員内でのムードメーカーに過ぎない。
学年や経歴による役割の区分。
そういった明確なる『命令系統の上位』として扱うべき存在。
あるいは、憎まれ役を買ってでもゲーム制作を管理しようとする人材が欠如していた。
共同制作に於ける失敗の理由。
その三。
「ねぇ、最近さ……他の三人ってほとんど部活に来なくなったよね?」
「そ、それは! きっと、皆忙しいんだよ! ほ、ほら! 私、ちゃんと連絡を取り合っているし! 皆、それぞれ用事があって、その! 大変なんだって!」
「…………瑞葉。最初から、私とアンタだけならよかったのにね」
「う、ううう」
モチベーションの枯渇。
共同制作はとても面倒臭い。
一人で作品を作るよりも、よほど面倒で苛立つことばかりだ。
例え、瑞葉という熱意溢れるムードメーカーが居たとしても――いや、居たからこそ、部員たちは部室に来ることが無くなったのである。
何故ならば、誰かの本気に付き合うという行為は、とても面倒で……それ以上に疲れてしまうのだから。
共同制作に於ける失敗の理由。
その四。
「瑞葉、シナリオコンテストで受賞したんだって? おめでとう」
「…………あ、ありがとう。でもね! その! 私は、部活のシナリオだって全力で――」
「やっぱり、アンタと私たちは違うよ。私たちは、ただの足手纏いだった」
才能の格差。
例え、モチベーションがあったとしても――否、モチベーションがあるからこそ、この格差だけはどうしようもない。
違う分野の創作者であったとしても、共に作業を続ければ否が応でも格差を見せつけられるのだ。
ましてや、瑞葉は『本物』だった。
才能だけではなく、己の身を焼き尽くしても構わないというほどの情熱。
そして何より、それを周囲に認められるだけの運があった。
だからこそ、瑞葉の隣から最後の一人さえも遠ざかってしまったのである。
当然、ゲーム制作は中途半端なところでとん挫。
最後の気力で瑞葉が部活の後始末を終えてしまえば、ゲーム制作に参加した者たちは誰しも認めざるを得なかった。
自分たちは、失敗し、挫折したのだと。
こうして、瑞葉が始めた物語は、何一つ実を結ぶことなく打ち切りとなったのだ。
「私が、私が、身勝手に誘わなければ……そうすれば、きっと……」
瑞葉自身の心に、深い傷を残して。
◆◆◆
そして現在。
瑞葉は己の過去を語り終えると、笑みを浮かべた。
「これで、わかったよね? 私の本気は他の人を傷つける。だから、うん。私は君たちの部活には入れないんだ。君たちの部活を壊したくないから、無理なんだよ」
痛々しい笑い方だった。
自分の心を殺し、何もかもを誤魔化すために浮かべる笑みだった。
「…………っ」
瑞葉が語った過去と、痛々しい笑顔に、理央は何も答えられない。
知っているからだ。
行き過ぎる熱意を瑞葉が持っていることが事実であり、それを瑞葉自身が『よくないもの』として捉えていることを。
けれども、理央はそれ以外のことも知っている。
瑞葉が誰かと創作に関する話をする時、とても楽しそうにすることを。
本当はきっと、誰かと共に物語を作りたいのだと。
ただ、理央の中には言葉が無い。
瑞葉の心から傷を消し去るような、そんな魔法の言葉なんて知らない。
そもそも、ほんの少しの間、知り合っただけに過ぎない後輩が、先輩に対して何を言えるというのだろうか?
「いいえ、無理ではありませんよ、悠木先輩」
しかし、だからこそ、こういう時に明里は言葉を紡ぐ。
「貴方が私たちの部活に加入しても、何ら問題はありません。そうとも、万が一にも貴方が部活を壊すようなことは無いと断言しましょう」
確信めいた表情で、威風堂々と。
世界の真理でも知っているかのように、明里は言うのだ。
「何故ならば! 文芸部とは世を欺く仮の姿! 私たちの本当の部活内容とは、『いい感じにゆるふわとした日常を過ごすための居場所作り』だからです!! 文芸部の活動など、所詮は仮初に過ぎませんっ!!!」
そう、明らかに言ってはいけないことも、その場の勢いで。
「えっ? あの、ゆる、ふわ……?」
あまりに唐突なぶっちゃけ発言に、瑞葉はぐるぐると目を回している。
「つまり、ガチの創作活動はしません! やるとしても、学校に文句を言われない程度にノルマをこなす感じの活動内容になります! ゆるゆるです!」
「そ、そうなの?」
「はい! なので、悠木先輩が入っても問題ありません! そもそも、私はそこまで創作活動に熱中する予定は無いので!!」
「ええと、それは、いいこと、なのかなぁ?」
「さぁ、これで悠木先輩の心配事は無くなりましたね! この入部届にサインをしてくださいな!」
「入部届……サイン……」
ふらふらと、明里から差し出された入部届の用紙を受け取ろうとする瑞葉。
中身は残念極まりない明里であるが、その外見と培った優等生モードのオーラは尋常ではない。自らの傷を晒した後で、ここまでのゴリ押しを受けてしまえば、うっかりと勢いに流されてしまうのも仕方ないだろう。
「はい、ストップ」
「あふんっ」
故に、ここで明里を止めるのが理央の役割だった。
理央は明里の脳天に軽くチョップを決めると、その手から入部届を奪い取る。
「詐欺めいた行為は止めようね、明里」
「はぁい」
「でも、場の空気を壊してくれたことはありがとう」
「えへへへ、頭を撫でてくれてもいいわ」
「はいはい、後でね」
そして、明里を宥めた後、今度こそ瑞葉へと向かい合った。
明里が示したように、押しつけがましく。
自分の想いを伝えるために。
「悠木先輩、騙すような真似をしていてすみません。確かに、明里の言う通り、僕たちの部活動は悠木先輩が思っているようなものじゃないです。漫画やアニメにあるようなガチのクリエイターとしての部活動じゃありません」
「そ、そっか。あははは……ごめんね? 私が、その、勝手に――」
「でも、『誰かの居場所を作りたい』という想いは本当です。だからこそ、悠木先輩。今の貴方を僕たちは見過ごすことはできません」
瑞葉の陰鬱な言葉を遮り、強く、強く、想いと共に理央は告げる。
「週末、僕たちの本気を貴方に見せます。入部するかどうかは、それから決めてください」
理央から告げられた言葉に、視線をさ迷わせ、何度も瞬きをした後に、瑞葉は頷いた。
「…………うん、わかったよ、霧崎君」
小さく、けれども確かに。
傷跡から踏み出して、頷いたのだった。




