第6話 作戦会議と勧誘
「ずるいわ」
理央が瑞葉の件について報告した時、明里の開口一番がこれだった。
「私も年上の美少女先輩の家に訪問したい。美少女先輩の部屋で深呼吸してみたいし、二人きりでイチャイチャしたい」
「深呼吸もイチャイチャもしていないけど?」
「うっそだぁ! だって、思春期の男子なら誰だってするでしょう!?」
「色んな意味で思春期の男子に対するハードルが高いよ、明里」
現在、明里と理央は互いの進捗を話し合うため、喫茶店で報告会の真っ最中である。
理央からの報告内容に、やたらと明里が荒ぶっているのだが、そこは元優等生。声を荒げながらも、声量は周囲の迷惑にならない程度に抑えるという芸当を身に着けている。
「まず、思春期の男子は誰でも異性の部屋に上がれるわけじゃないし、部屋の中で二人きりになったところでイチャイチャするかはまた別なんだよ?」
「つまり、理央は思春期の男子の中でも選ばれしエリート戦士だと!?」
「いや、どちらかと言うと悠木先輩の方に問題があったケースというか…………あの、近いんだけど?」
具体的に言えば、声量を上げたように錯覚させるために理央のすぐ近くに接近していた。
ふわりと明里が纏う柑橘系の香りが、鼻先をくすぐるほどの近さだった。
「問題ないわ。今日は体育が無かったし、理央の匂いは嫌いじゃないもの」
「隣で深呼吸するのは止めてくれる?」
「ふんふん、校則違反とばれない程度の軽い香り付け……この香水は春の新作ね?」
「人の体臭で推理を始めるのは止めてくれる?」
理央は複雑な表情で明里を引きはがすと、ごほんと咳ばらいを一つ。
「本題に戻ろう。まず、顧問と部室の確保は問題ない。順当に部員を集めれば、部活は設立可能だと思う。競合する相手も今のところは見当たらない。ただし、条件として上級生を最低一人は入部させること。ここまでは良い?」
「問題ないわ。むしろ、流石理央だと褒めてあげましょう」
「あははは、ありがとう。とはいえ、入部してくれそうな上級生の勧誘に関しては、少しばかり難しいことになりそうだけどね」
「そうなの? さっきの報告を聞いた限りだと、悠木先輩とやらは理央が押せば、どうとでもなりそうな雰囲気がしたけれど?」
明里からの指摘に、理央は「うーん」と渋い表情を見せる。
「それには問題が二つほどあるんだよ、実は」
「二つも?」
「うん。まず一つは、明里が悠木先輩を気に入るかどうかの問題」
「それに関しては大丈夫だわ。学校内の美少女は大体把握済みだもの。きちんと悠木先輩の画像データも入手済みよ? ふふふっ、文学少女系の美少女なんて大歓迎――」
「でも、創作活動に関してはガチガチのガチで、熱血タイプだよ?」
「うぐっ」
熱血タイプと告げられた時、明里の笑顔が固まった。
美少女だったら大歓迎! みたいなリアクションを取っていた明里だったが、ガチの部活に対して嫌な思い出があるのか、ゆるゆると笑顔が解けて真顔になっていく。
「それは、まぁ…………応相談ね」
「よほど嫌だったんだね、バドミントン部」
「言っておくけれど、中学の部活は別に悪い場所じゃなかったわ。バドミントンという競技は今も好きだし、部員たちも悪い人間というわけでもなかった。でもね? 放課後も夜も、週末の休日も。全部が全部、練習漬けの日々は流石に嫌なの」
「うん、それは僕も普通に嫌だね。というか、よほどガチでスポーツやっている人じゃないと辛い奴じゃない?」
「そうなの……しかも、何故か他の部員たちよりも私は才能があったから……大会を勝ち進むにつれて、周囲からの期待も重いものになって来るし……ううっ、漫画の影響でバドミントン部を選んだのが間違いだったわ!」
「明里は基本的にサブカルチャーの影響を受けて行動するよね?」
「憧れるものがフィクションの中にしかなかっただけの中学時代よ」
露骨に肩を落とす明里。
どうやら、よほど中学時代は退屈に過ごしていたらしい。
理央はそんな明里の態度に苦笑しながらも、安心させるために声をかける。
「明里の気持ちはわかったよ。一応、その問題に関しては対処するための案はいくつかあるから。仮に、悠木先輩が入部するとしてもそこまでガチの部活にはならないと思うよ」
「ほんとぉ?」
「本当、本当! ただ、残り一つの問題がちょっとね?」
「できる限り、先輩を不愉快にしないように頑張らせていただきます」
「いや、残り一つは明里の問題じゃないんだよ。だから、ローテンションで頭を下げないで」
死んだ目の明里を励ましつつ、理央は言葉を続ける。
「残り一つはね、悠木先輩自身の問題なんだ」
「…………何か素行に問題でもあるの?」
「近いね。でも、何か不良行為があったわけじゃない。むしろ、真面目で熱心過ぎたからこそ、問題が発生したのかもしれない」
元々、悠木瑞葉という先輩を紹介された時点で、理央には違和感があった。
教師が生徒を紹介する。
そこまでは良い。問題ない。香蓮という教師が何かを企んでいた――冤罪であるが――としても、それは想定の範囲内だ。
故に、違和感を覚えたのは悠木瑞葉という先輩の『所属』に対して。
あれほどの熱意ある人が、無所属。
他者に世話を焼くのが好きで、思わず自宅に招待するほどの創作大好き人間が何故、自分たちと同じように文芸部の復活を考えなかったのか?
無論、ただの邪推という可能性もある。
悠木瑞葉という先輩は単に、部活動はあまり好ましいと思わず、個人単位での行動を好む人だったのかもしれない。
だが、そうでは無かった場合に備えて、理央は香蓮へと一つ訊ねていたのだ。
――――悠木先輩が『去年に所属していた部活』は何ですか? と。
そして、その答えは香蓮の中では教えても構わない情報だった。
「だから、こればかりは悠木先輩の意志次第だね。僕らにできることは精々、きちんと誠実に受け止めるぐらいさ。勧誘の結果、どんな答えを貰っても、ね」
理央は期待と諦めが入り混じった言葉を吐き出す。
すぐ隣では明里が『なにがなにやら』と言った様子で首を傾げているが、問題は無い。
この勧誘がどちらに転ぶにせよ、明里が望んでいる理想的な青春というのは恐らく、こういう過程も含めてのことだろうから。
●●●
勧誘の前に、一つ決めておくべきことがあった。
それは、猫を被るか、被らないか、だ。
龍宮寺明里は優等生としての仮面を持つ少女である。だが、仮面の下の本性は、友達である理央をして『ちょっとアレ』と言うほどには癖がある。
控えめに言っても、初対面で好印象を受けるのは難しい性格の持ち主だ。
しかし、明里は思う。
これからの部活動で本性がバレていく可能性があるのだから、最初から少しぐらい地を出してもいいのではないかと。
むしろ、誠実に勧誘するのならば、多少なりとも本音を言葉にした方がいいはずだ、と。
「じゃあ、悠木先輩相手に何を言うつもりなの?」
「少しの間、その大きな胸を支える手助けをさせてください」
「…………」
「も、もちろん冗談よ?」
「本当?」
「ええ、精々がちょっと――――タイツ越しに足を触ってみても良いですか、とチャンスがあれば頼み込む程度で……あっ! チャンスがあれば! 場の空気に応じて! 無理やりではないから! 合意をきちんと取ってだから! 上手く誤魔化すからぁ!」
なお、勧誘の予行練習で理央がドン引きしたので、この案は却下されることになった。
結果として、無理なく猫かぶり状態で勧誘を始めることにしたのである。
勧誘の場所に選んだのは、元々文芸部の部室だった空き教室だ。
香蓮からは『有志による清掃のボランティア活動』という名目で使用を許可して貰い、実際、放課後の時間を使って綺麗に清掃済み。
最低限、人を招いても問題ない場所として機能している。
時間帯は放課後。
予め、理央から『文芸部のメンバーを紹介したい』という連絡と共に呼び出してある。
完璧とは言えずとも、万全を期して理央たちは瑞葉の勧誘に望もうとしていた。
「えっ? 君が霧崎君と一緒に部活を立ち上げる予定の人なの!?」
「はい、龍宮寺明里と言います。先日は理央がお世話になりました」
事実、瑞葉の前で優等生を演じる明里に違和感は無い。
空き教室へとやって来た瑞葉に対して、明里は誰に恥じることもない清廉なる所作で受け答えしていた。
「龍宮寺明里? 龍宮寺明里といえば、噂の優等生で中総体では東北大会でかなり良いところまで…………あの、うちのクラスメイトというか、バドミントン部の人が、『期待の新人が入りそう!』と目を輝かせていたんだけど、それは?」
「その方には申し訳ないのですが、一身上の理由により、運動部には所属しないことになっているのです」
「一身上の理由……は、訊かない方が良いよね?」
「ご安心ください、健康面の理由ではありません。ただ、あまり詳しく人に話すようなことでもないので」
「そっか、ごめんね? 初対面でいきなり踏み込んだことを聞いちゃって」
「いえ、中学時代の私を知っている方ならば、疑問に思って当然でしょう。ですが、文芸部を立ち上げようと思ったのは決して生半可な気持ちではありません。そこだけはどうか、信じていただければ」
「……うん、わかるよ。君の眼を見ればわかる。とても純粋な目をしているよ、これはきっと嘘をついている目じゃない」
明里が朗々と語る言葉に、瑞葉は疑いなく頷いた。
実際、瑞葉の言う通り、明里は嘘なんて言っていない。オブラートに包んだ真実だけで、嘘を吐かずに瑞葉を勘違いさせただけである。
それはもう、傍から見ている理央が笑顔の下で呆れるほど、見事な弁舌だった。
「龍宮寺さん。君は本気で、文芸部を復活させようとしているんだね?」
「ええ、本気です……とは言っても、私どもはまだまだ若輩者。悠木先輩のお眼鏡にかなうような活動をしていくのは難しいでしょうが」
本気は本気でも、本気でゆるふわ日常系の部活を作りたいという想いだった。
謙虚を装いつつも、部活内容が本格的なものではないと予防線を引いておくあたり、明里も本気でガチ系の部活にはしたくないという決意に溢れているらしい。
「いやいや、そんな! 少なくとも、霧崎君はとても立派だったよ! きちんと創作に向かい合っている人だったから!」
「ふふっ、ありがとうございます。手前味噌になりますが、理央が居てくれたから文芸部を立ち上げようと思ったぐらいで……ですが、発起人である肝心の私が、創作は完全初心者でして。そこが不安でもあります――と、すみません。初対面なのに、いきなり弱音なんて吐いてしまって」
「謝らなくてもいいよ、全然! 誰だって最初は初心者なんだ! というか、言ってくれれば、私もできる限りの手伝いはさせてもらうよ!」
「いいのですか? その、理央も『凄く頼りになる方』だと言っていましたので、手伝っていただけるのならば、是非とも」
「うん、任せて! 放課後は大体暇だから、いつでも呼んでいいよ!」
詰み将棋のように淡々と。
明里は瑞葉の逃げ道を塞いでいく。
適当な言い訳をさせないために、きっちりと言質で瑞葉を囲ってから――王手を打つ。
「では、よろしければ悠木先輩も文芸部に参加してみませんか?」
「――――え、あ?」
だが、明里が言葉を告げた瞬間、瑞葉は明らかに先ほどまでの勢いを失くした。
「悠木先輩のような経験者が居てくださるのならば、私どもとしてもこれほどに頼もしいことはありません。どうか、検討していただけませんか?」
真摯を装った追い打ちの言葉に、瑞葉は狼狽している。
先ほどまでの堂々とした態度から、まるで迷子の少女のように視線をさ迷わせていた。
「それは、その、えっとね……あっ」
視線をさ迷わせて、明里の視線から逃げて、けれども理央と目が合った瞬間、瑞葉はぴたりと動きを止めた。
「すぅ、はぁ」
そして、しばらく呼吸を整えた後、真っ直ぐに明里と向かい合う。
「ごめんね、龍宮寺さん。それは無理なんだ」
「…………理由をお伺いしても?」
明里の問いかけに、瑞葉は苦笑する。
自嘲するように、苦々しく笑う。
「それはね、龍宮寺さん、霧崎君。私が、皆と部活をする資格の無い人間だからだよ」
悠木瑞葉――元ノベルゲーム研究部の部長は、そう言ってか細い息を吐いた。
さながら懺悔のように、一つの部活を潰してしまった人間の語りが始まる。




