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第5話 熱血文学少女

「悠木は真面目な優等生なんだが、熱血過ぎるのが玉に瑕だ。君も彼女を勧誘するのであれば、そこに気を付けるといい」


 理央が香蓮からの忠告を受けた時の感想は、『なんだそんなことか』だった。

 真面目で優等生。そして、熱血。うん、多少は暑苦しくとも、不真面目で適当な人間よりはよほど好感が持てる。

 そのように楽観的な考えを抱いていたのだ。




「ふんふん、なるほど。このシナリオのテーマは『継承』なんだね。日本神話をベースとした、ホラーテイストな現代伝奇。しかも、地方の描写は自分の地元を参考にしているから、程よくリアリティが織り込まれている。悪くない、むしろ良い雰囲気のシナリオだと思うよ」

「ありがとうございます」

「やっぱり、TRPGのシナリオは小説と違って、地の文が長すぎると参加者の目が滑ったりするのかな? 君のシナリオを読んでいると、描写を可能な限り短く纏めようという工夫が見られるんだけど?」

「そう、ですねぇ。卓メンバーの中に、あまり長く文章を読むのが得意ではない人が居るので。あの、駄目だったでしょうか?」

「ううん、むしろ賞賛したいよ。緻密な描写も悪くないけど、短く分かりやすい描写は万民に愛されるからね。惜しむらくは、時々、短すぎて詩的になって誤解を生んでしまいそうな表現があることぐらい。でも、この表現もシナリオの雰囲気にはマッチしているから、無理に変えずに、他の文章を少し弄って補足するぐらいがちょうどいいかも?」

「なるほど、ご指摘ありがとうございます。では、この部分は後で修正を――」

「じゃあ、具体的にどんな感じにやればいいのか、例文を幾つか作ってみるね!」

「あ、ありがとうございます……」


 三十分後。


「へぇ、前回のシナリオとは打って変わった、退廃的な現代シナリオなんだね! 同じシステムでも、舞台と設定を弄ればここまで違った雰囲気を出せるとは!」

「……あー、当時は『神卓の美食家』っていう、小説を参考にして――」

「カタバミアスカ? え、嬉しい! カタバミアスカを読んでいる後輩に出会えるなんて! いいよね、『神卓の美食家』シリーズ! 悍ましい怪異描写と美味しそうな食事描写が混ざり合った、何とも言えない奇怪な読み味が癖になってさぁ!」


 一時間後。


「おっと、脱線しちゃったね。ごめんね、霧崎君」

「いえ……僕も……推しの作家について語れたのは嬉しかったです……」

「ありがとう。そう言って貰えると私も嬉しいよ! じゃあ、シナリオの続きを読ませてもらうね!」

「…………はい」


 放課後の時間をみっちりと使った瑞葉の指導を受けて、理央はグロッキー状態だった。

 解説が分かりにくいわけではない。

 指摘が的外れだったわけでも、苛烈だったわけでもない。

 間違いなく、瑞葉は好意と善意を混ぜ合わせて、理央に分かりやすいように指導を行っていた。途中、思わぬ脱線をすることもあったが、概ね、理央が理解しやすいようにという気遣いが溢れている内容だっただろう。

 ただ、長い。

 それと、近い。

 話が途切れることなく長く、物理的な距離感が近い。

 理央が姉による強制的なスキンシップで、異性に多少なりとも慣れていなければ勘違いをしていたところだ。

 もっとも、勘違いをしてしまったとしても、あまりにも長く続く瑞葉のトークに、生まれてしまった恋の芽は押しつぶされてしまうだろうが。


 ――――キーンコーンカーンコーン。


「あれ? もうこんな時間になっちゃった!? ご、ごめんね、霧崎君! いつの間にか、こんなに長く付き合わせちゃって!」

「いえいえ、大丈夫です、はい」


 故に正直、下校時刻を告げるチャイムが聞こえた時、理央の心は安堵に包まれた。

 ああようやく、終わることができると。

 美少女の先輩と二人きりの指導だというのに、そう感じてしまうほど、先ほどまでの時間は濃密であり――悪く言えば、暑苦しいものだったのだ。


「ごめん! ほんっとーにごめん! 私ってばいつも、夢中になっちゃうとこんな感じで。友達にも、家族にも直した方が良いって言われているのに……」


 それでも、理央は瑞葉に苦言をぶつけたりはしない。

 むしろ、しゅんと肩を竦める瑞葉に対して同情すらしている。

 何故ならば、理央は知っているからだ。自分の本気を受け入れてくれる人が居ないのは、悲しく寂しいことであると。

 身を持って知っているからだ。


「謝る必要なんてないですよ、悠木先輩」


 だからこそ、つい労わるような言葉を紡いでしまったのだろう。


「僕は悠木先輩との時間、とても楽しかったです! 残りのシナリオも読んでもらいたかったぐらいで!」

「…………ほんと?」

「本当です!」

「迷惑じゃなかった?」

「全然!」


 無論、理央の言葉は嘘ではない。嘘ではないが、多大に強がりを含んでいるのも間違いなく事実だった。

 それでも、理央は瑞葉の本気に応えようと真剣に言葉を紡いで。


「……うん、そう言って貰えると嬉しいな」


 瑞葉は先ほどまでの憂いが解けるように、柔らかく微笑んだ。

 夕日が沈み切ってもなお、教室内が明るく感じるほどの笑顔だった。



「よし! それじゃあ、今から私の家に行こうか、霧崎君!」

「えっ?」



 もっとも、その笑顔は理央を更なる地獄に引きずり込むものだったのだが。



●●●



 読む時間がなければ、下校時刻が過ぎても一緒に居ればいい。

 そのような理屈により、理央は瑞葉の家に招待されることになった。

 正直、断りたい気持ちに溢れている理央だったが、『迷惑ではない』と自分で言ってしまったのだから仕方がない。理央は自分の言動に責任を取る男なのだ。


「あのぉ、悠木先輩。お気持ちは嬉しいのですが、初対面の男子をいきなり自宅に上げるというのは、色々と問題が――」

「大丈夫だよ! 家には妹と弟が帰ってきているだろうし! 両親もすぐに帰って来るから、霧崎君を襲ったりなんてしないよ!」

「あ、僕が襲われる側なんですね」


 それでも道中、何とか瑞葉に常識を解いて説得しようとしたが、その試みは失敗した。思っていたよりも、瑞葉の常識がちょっとアレだったためである。

 かくして、理央は初対面の美少女の家へと上がる羽目になったのだった。



 瑞葉の自宅は特筆すべきことのない、ごく普通の平屋の一軒家である。

 高校から徒歩で十分もかからない場所に位置しており、『朝はギリギリまで眠っていることができるんだよ? いいでしょ?』と瑞葉は得意げに語っていた。


「ただいまー」

「「おかえりー!!」」


 瑞葉が自宅の玄関を開けると、どたばたと騒がしい足音が駆け寄って来た。


「お姉ちゃん! 今日は私がお風呂掃除したんだよ!?」

「お姉ちゃん! 今日は僕がお米を研いだんだよ!?」


 足音の主は、二人の子供だった。

 一人はツインテールの少女。

 一人は短髪の少年。

 どちらも小学校低学年ぐらいの背丈であり、顔つきは瑞葉によく似ていた。


「ありがとうね、柚子、一輝。偉い偉い」

「「えへへへー」」


 少女と少年――柚子と一輝の頭を撫で、瑞葉は穏やかに笑みを浮かべる。

 どうやら、この二人が瑞葉の言っていた妹と弟らしい。


「あ、そうそう! 二人とも、遊ぶのはちょっとお休みね。今日はちょっと、後輩君とお勉強会をしないといけないから」

「こんにちは、後輩の霧崎理央です」


 家族間のやり取りを微笑ましく見守っていた理央は、タイミングを見計らって頭を下げる。

 相手が明らかに子供であっても、初対面は礼儀正しく。

 変態で傍若無人な姉を反面教師として育ったからこそのモットーだった。


「「……後輩? …………彼氏さん??」」


 二人の子供は声を揃えて首を傾げる。

 そんな二人のリアクションに、瑞葉はけらけらと笑いながら答えた。


「んもう、違うって! 今日が初対面! ただちょっと、創作関係――お話作りに関して色々と盛り上がったからね! 家でも続きをしようってことになってさ!」

「「…………」」


 しかし、瑞葉が笑うのとは反対に、二人はすっと表情を消して瑞葉の背後に回った。


「このっ!」

「お馬鹿っ!」

「「お馬鹿姉っ!!」」

「あいったぁ!?」


 そして、二人そろって瑞葉の尻へと張り手を食らわせる。

 スパーンと、完全にタイミングが合った奇襲だった。


「な、何するのさぁ!?」

「お姉ちゃん! 私たち、前にも叱ったよね!?」

「初対面の人に迷惑をかけてはいけませんって!」

「というか、初対面の人を家にいきなり連れてくるって!」

「小学三年生の僕らでもちょっと引くよ!」


 わいわいと騒ぎながらも、瑞葉へまともな説教をする柚子と一輝。

 小学校低学年でありながらも、常識力は高校二年生の姉よりも上らしい。


「うちの姉がすみません」

「毎回、こんな感じなのです」

「無理強いしてごめんなさい」

「お詫びの菓子折りをもってきます」

「いやいやいや! 大丈夫! 大丈夫だから!」


 ぺこぺこと頭を下げる柚子と一輝へ、理央は慌てて首を横に振る。


「大丈夫、無理強いじゃないよ。悠木先輩……君たちのお姉さんはそんなことしてないから」

「「ほんとぉ?」」

「本当、本当」

「「…………善良な後輩さんに迷惑をかけないでね、馬鹿姉」」


 理央のフォローによって、辛うじて瑞葉への非難は取り下げられた。

 まだまだ疑惑の視線で瑞葉を見つめつつも、柚子と一輝は「「ごゆっくりー」」と声を揃えて、居間の方へと引っ込んで行く。


「もう、あの二人ったら! ごめんね、霧崎君。私の妹と弟が騒がしくって」

「…………いえ、十分ご立派な子供たちだと思います」


 瑞葉の謝罪に対して、理央は複雑な気持ちになりながらも曖昧に微笑む。

 胸の中に抱いたあらゆるツッコミを飲み込んだ、そんな微笑みだった。



 本。

 本、本、本、本。

 小説。漫画。雑誌。図鑑。辞典。その他、様々なジャンルの本が敷き詰められた部屋だった。ベッドや箪笥、机など最低限の生活用品が置いてあるだけで、後は全て本。部屋の中に本があるというよりも、本の中に部屋があると言った方がしっくりくるほどに。


「さぁ、続きをしようか! あ、そうそう。連絡先を交換してもいいかな? 君のシナリオを何度も読み返したいと思うし、新作が出来たら真っ先に読みたいんだ」

「え、ええ……悠木先輩が良ければ」


 本だらけの部屋――瑞葉の私室の中で、創作相談は再開された。

 相変わらず、初手から瑞葉の距離感は心身共に近い。連絡先を交換した上に、一つの液晶画面を二人並んで見るという行いは、思春期の学生にとっては勘違い要素の塊だった。

 特に、二人きりの部屋というシチュエーションが中々に問題だった。

 部屋の外から聞こえる子供たちの声が無ければ、姉で慣れている理央でさえ集中力が散漫になっていたかもしれない。


「へぇ、ホラーや探索系のシステムだけじゃなくて、霧崎君は異能バトル系のシステムにも手を出していたんだね?」

「ついこの間までは中学生でしたから。それはもう、ドイツ語の辞典を片手に、ルビを振りまくりの生活でしたよ」

「ふふふっ、右腕に何かが封印されていたロールプレイとかしたのかな?」

「いえ、中学時代の流行は一見しょぼそうな異能が実は最強って感じの奴です。後は、序列最下位だけど、一定条件化だと空席であるはずの序列最強として君臨する、とか」

「あー、わかるわかる。浪漫だよね、そういうの」


 ただ、理央は自分が思っていたよりも創作に関して嵌っている人間だったようだ。

 当初こそ瑞葉との距離感に戸惑っていたものの、すぐさま創作の話へと没頭。理央自身でも信じられないほどに集中して、瑞葉と言葉を交わしていく。


「ふーっ、とりあえずこれぐらいかな! いやぁ、語っちゃったなぁ…………うん、本当にごめんね?」


 そして、気づけば時間はあっという間に過ぎ去っていた。

 窓から見える外は完全に暗くなっており、現在の時刻は十九時になろうとしているところである。

 理央が予め家に言い訳の連絡を入れておかなければ、三十分は説教コースに叩き込まれる時間帯だった。


「……あー、うん、駄目だね。流石にこれは駄目過ぎるよ、私。いくら熱中していたからって、高校一年生になったばかりの後輩をこんなに遅く引き留めたのは駄目が過ぎる。ちょっと待って、今から土下座するから。霧崎君のご両親にはそれを見せて何とか留飲を――」

「高校入学して早々、異性の先輩を土下座させた報告をするのはちょっと」

「そ、そうだよね! 常識的に考えてそうだよね! ううー、ごめん。本当にごめんなさい。私ってば、こういう空気が読めないというか……熱中すると加減が効かなくなって」


 創作相談が終わってから、ようやく瑞葉は正気を取り戻したらしい。

 今更ながら、謝罪の言葉を繰り返しながら酷く落ち込んだ様子で俯いていた。


「いえ、謝罪の必要なんてありませんよ、悠木先輩」


 けれども、理央はそんな瑞葉へと明るく言葉を告げる。


「そりゃあ、正直、悠木先輩のご自宅まで行くことになったのは驚きましたけど」

「うう、慎みの無い先輩でごめんなさい……」

「――――でも、楽しかったですから」


 取り繕った言葉ではなく、偽りのない本音で。

 共犯者めいた笑みと共に、確かに想いを伝える。


「こういう風に何かに熱中するのも、たまになら悪くありませんね」

「――――っ!」


 理央は知らない。

 この時、震えるように息を吐いた瑞葉の気持ちを。

 理央は知らない。

 こういう時、自分がどれだけ美しく笑顔を浮かべてしまうのかを。


「ふ、ふふふっ……そう言って貰えると嬉しいな……うん、本当に嬉しい」


 首筋から頬までを赤く染めた瑞葉は、噛みしめるように「嬉しい」と言葉を重ねる。

 理央を見上げるように、ゆっくりと顔を上げた瑞葉の表情からは、いつの間にか自虐の色は消え去っていた。



 なお、それから十数分後、帰宅した両親によって瑞葉はこっぴどく叱咤を受け、理央は自宅まで自動車で送られることになったという。

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