第3話 日常系の定番
「それで、明里は具体的にどんな部活を作りたいの?」
「え? ゆるふわ日常系の部活」
「いや、具体的に何部? 文芸部とか、軽音楽部とか。あるいはゲーム開発部とか、どんな部活をやりたいの?」
「…………」
「キメ顔で微笑んでいるところを見ると、実は何も考えていなかった?」
「流石、理央。言わなくても以心伝心ね?」
「うっわ、マジだよ、こいつ。美少女と一緒に部活することだけ考えて、具体的な部活動に関しては完全ノープランだよ」
「ふふふっ、返す言葉も無いわ。完全に下心オンリーの部活設立だから、ぶっちゃけ、中身はなんでもいいのよ……でも、運動部系の奴はちょっと……私はもう、スポーツ漫画みたいなガチガチのガチみたいな練習はしたくない……」
「わぁ、目が死んでるぅー」
「中学校時代はバドミントン部に所属していてね? そこがガチの強豪だったから……もう、休日とか全部練習とか大会で……というわけで、基本的には文化系の部活。そして、当たり前だけれど、既にこの学校で活動しているもの以外にしましょうか」
「ま、それが無難だね」
●●●
明里が想像以上の馬鹿だったため、一週間は新しい部活を作るための調査期間となった。
七原高等学校は、基本的には学業優先の進学校である。
仮に、野球部やサッカー部などが全国大会へと進出したとしても、生徒たちが応援に駆り出されることは皆無であり、吹奏楽部ですら授業を優先される。そういう学校である。
ただし、だからといって部活動が蔑ろにされているというわけではない。
きちんとした部活には、毎年相応の活動費が支払われる。正しく申請がされるのであれば、時間外での体育館や校庭の使用を認めることもある。
そう、七原高等学校の部活動は割と融通が利くことが多いのだ。
新しい部活を立ち上げるのも、きちんと校則に則った手順に従っているのならば、よほどひどい活動内容でなければ認められる傾向にある。
問題があるとすれば、部活を立ち上げようとする明里の脳内が下心で満たされていることだった。唯一にして最大の問題だった。
「とりあえず、既存の部活を見学して雰囲気を知らないとね」
従って、理央は明里の下心を上手くオブラートで包むため、文化系の部活の見学を始めることにした。
なお、部活動の見学は基本的に単独行動である。
理央に友達が居ないわけではないが、親友は昔からの野球部。その他、中学時代からよく話す相手は、大抵が運動部に行ってしまうので、文化系の部活を見学するのは必然と単独行動となるのだ。
「私も理央と一緒に部活動の見学に行きたいのだけれど?」
「要らない波風は立てたくないから、クラス内でのカーストが安定するまで猫かぶりをよろしくね?」
「…………ああ、私たちの友情を邪推する輩が現れる可能性があると」
「まぁ、要らない心配かもしれないけどね? 仮に、『そういう目』で周囲から見られた場合、そんな男女が一緒に部活動を立ち上げようとしてもさ、他の部員が集まらない可能性があるよね? というか、僕だって逆の立場だったら、よほど部活動の内容が魅力的でなければ入ろうと思いたくないもん」
「なるほど。では、私はしばらくの間、帰宅部志望を装って、上手く有象無象をまとめ上げておけばいいのね? いざ、私たちが部活動を立ち上げる時、動きやすいように」
「うん、その通りだけど、クラスメイトのことを有象無象って言うんじゃない」
「ごめんなさい。正直、好みの人間以外は割とどうてもいいかなって思い始めているの」
その間、明里はクラス内でのポジショニングだ。
学校である程度自由に動くためには、教室内でも相応のポジションが求められる。
理央が言う『カースト』とまでは苛烈ではなくとも、発言しやすい立場。クラス内で影響を与えやすい立場というのは存在する。
そして、明里は成績優秀な美少女だ。
しかも、真っ当な人間を装っていれば、他を圧倒するカリスマの持ち主である。
クラスを盛り上げるムードメーカーにはなれずとも、『いざという時に頼れるリーダー』というポジションに収まることはそう難しくない。
「ゆるふわ日常系の登場人物は、そんな苛烈なことは言わないんじゃない?」
「え? 最近の奴だと結構言うわよ?」
「最近の奴だと結構言うんだ……本当にゆるふわ日常系?」
「本当よ。今度、漫画を貸すわね?」
理央と明里。
二人は『普通のクラスメイト同士』を装いながらも、水面下では部活動の立ち上げに向けて行動を始めていた。
●●●
一週間後。
部活動の調査を終えた理央と、無事にクラスのリーダーとして君臨した明里は、喫茶店で作戦会議を開いていた。
放課後の時間帯。
帰宅部の面々が利用しないであろう、通学路から離れた場所の喫茶店である。
要らぬ噂を立てぬためのベストの選択は、各自の自宅からの音声通話になるだろうが、そろそろ明里の寂しさが限界に達していたため、このような作戦会議となった。
「結論から言うと、僕のおすすめは文芸部だね。先輩に聞いた話だと、二年前に部員不足で廃部。去年に、その後釜になる形でノベルゲーム研究部っていう部活動が作られたんだけど、一年も経たずに廃部。原因は詳しく知らないけど、噂によれば部員同士の仲違いみたい。だから、僕らが今、新しく部活を立ち上げるのなら、奇をてらわずに『廃部していた文芸部を復活させたい』という名目を使うのが良いと思うよ」
「じゃあ、それで」
「ちゃんと考えよう?」
ノータイムで頷いた明里へ、理央はため息混じりに批難の視線を向ける。
ただ、明里本人はのんびりとホットココアを飲みながら、どこ吹く風だ。
「ちゃんと考えたわ。一週間でここまで真面目に調査してくれた理央のおすすめでしょう? 私からすれば、否定する理由を探す方が難しいわよ?」
「……信頼してくれているのは嬉しいけど、明里。本当にやりたい部活動はないの? 一週間の間、『こういうことをしてみたい』と漠然に考えたことはなかった?」
「無いわ。私のことが大好きな美少女が集まるのなら、ガチの運動部でなければ割とどうでもいいと思っているの」
「下心が強すぎる」
理央はカップの紅茶に角砂糖を溶かして、ごくりと飲み干す。
素直過ぎる友達の願望を叶えるためには、脳内の消費カロリーを補う必要があった。
「あのね、明里。学校向けに部活動を立ち上げる名目は用意できる。でも、部員を集めるための『中身』は必要なんだよ? 僕は君と友達だから、どんな内容だって君と一緒に部活動をしてあげるけどさ」
「理央、好き。ちょっとちゅーしていい? あ、できれば女装して?」
「早急に落ち着いて…………ごほん。いいかい? 君が好みの誰かを勧誘したいと願うのならば、その誰かが『入りたい』と思える部活動であるべきなんだ。別に、小説で新人賞を狙うとか、同人誌即売会で作品を発表したいとか、そういうガチなものじゃなくていい」
抱き着こうとする明里を剥がしつつ、理央はその瞳を見つめる。
注意や警告ではなく、自分の友達の願望を見定めるために。
「明里。君が『こうであってほしい』という部活はどんなものかな?」
下心や、単なる自分の願望ではない。
部活動としての理想。
問いかけられた明里は、しばらく目を瞬かせていたが、やがてぽつりと呟いた。
「居心地の良い場所であってほしい」
それは、中学三年間をガチの運動部で過ごした明里の本音だった。
「競い合うのは悪いことじゃないってわかるわ。でも、私はあんまり好きじゃないの。慣れ合いや、足の引っ張り合いも嫌い…………普通が良い。何かを強要しすぎる場所じゃなくて、誰かに『ここなら居ても大丈夫だ』と思ってくれるような部活動がいいわ」
「じゃあ、君のことを好きになるように強要するような雰囲気の部活動じゃなくてもいい?」
「それは…………まぁ、うん。正直、『私のことが大好きな美少女』の部分は冗談というか」
意地悪く訊ねる理央へ、明里は苦笑交じりに答える。
「一緒に部活動をしたいと思える相手を勧誘できるのなら、その相手が私のことを好きじゃなくても別にいいと思っているわ」
「おっと、意外に謙虚だね?」
「無論、私のことを大好きな美少女が集まることがベストだけれどね? 私だって、多少は現実的に妥協するのよ?」
もっともらしい言葉を並べながら、カップの中のココアを飲み干す明里。
その姿は何の事情も知らない人間が見れば、大人びた憂いを浮かべる美少女のワンシーンに見えたかもしれない。
「なるほど……ちなみに、今の時点で一緒に部活動をしたいと思った相手の人数は?」
「理央はカウントする?」
「カウントしないと?」
「…………ゼロ」
「部員数が足りないんだけど?」
だが、その精神性は限りなく、我が侭を言う子供に近いものだった。
せめて気に入った相手が居るのならともかく、その相手すら居ないのだから、理央としてはどうしようもない。
「いや、だってね? 別にクラスメイトが嫌いなわけじゃないけど! すぐに素を晒せる相手かどうかはわかんないわ! 理央が特別なの!」
「まぁ、確かに。僕も出会って一週間程度の相手に女装を晒すのは無理だね。明里の場合は出会い方が特殊だったんだし…………でも、そうなると部活を立ち上げるのは大分先のことになりそうだけど?」
「うぐっ」
理央の指摘に、明里は表情を引きつらせる。
これはわかっていたことだった。
例え、妥協しようとも。美少女では無かったとしても。
そもそも、ゆるふわ日常系漫画の登場人物のように、互いに仲良くなれると確信できる人物と出会うことが稀なのだ。
その上、そんな人物たちだけで部活動をやりたい、というのは無茶ぶりに等しい。
「一応、部活を立ち上げるだけなら、明里の人気なら難しくない。クラスメイト達に頼めば、部活立ち上げに必要な人員は集まると思う。でも、君が理想とする部活を作りたいのであれば、まずは気に入った相手を見つけることだね」
「…………はい」
あまりにも正論過ぎる理央の言葉に、項垂れて返事をする明里。
やっぱり無理だった、とでも言いたげなその姿に、理央はさらに言葉を重ねる。
「その間に僕は、部室の確保とか顧問を探したりしておくよ。ああ、後は僕の方でも何人か部員候補を探してみるから、君の方も『有象無象』とか言ってないで、周りの色んな人たちと関わること」
「えっと、いいの?」
「いいもなにも。それが君のやりたいことなんだろ? だったら、君が本当に諦めるまでは手伝うさ。友達だからね」
照れ隠しを誤魔化すように、さりげなく告げられた言葉。
それを聞いた瞬間、明里は目を見開いた後、花咲くような笑みで応えた。
「ありがとう、理央。私、頑張るわ――――可能な限り、美少女の部員を獲得する!」
「その部分は頑張らず、妥協したままでよかったんだよ?」
理央と明里。
二人の高校生が求めるのは、フィクションの産物。
ゆるふわ日常系漫画でも無ければ難しい、夢想家の理想論だ。
しかし、それでも二人は妥協に塗れながらも、理想へと手を伸ばし始めたのだった。