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第21話 手探りでフルアクセル

 読書感想文滅ぶべし。

 これは過去に読書感想文を強制された子供たちの総意である。

 読書感想文。

 それは文字を読むのも、文字を書くのも苦手な子供にとっては苦行に等しい課題だ。

 漫画やアニメの感想をSNSで呟くのでさえ、色々と頭を悩ませる時代なのだ。それを原稿用紙一枚。下手をすれば二枚から三枚。しかも、挿絵もろくに乗っていない文字の塊の読破を前提として求められる。

 それでもまだ、ネット小説や読みやすいライトノベルならば話は違っていただろう。

 だが、教師によってはその手のサブカルチャーに繋がりそうな本を禁じ、ただでさえ少ない子供たちの読書意欲を更に削り取るのだ。

 故に、滅ぶべし。

 読書感想文滅ぶべし。


 このような意見を理央は、小学校の頃に親友から聞いたことがあった。

 普段は飄然としている親友が、その時だけは真剣な表情をしていたから覚えていたのである。

 どうやら、理央の親友というのはよほど読書感想文を憎んでいるらしい。

 理央からすれば、原稿用紙数枚程度の読書感想文などは、文字通りの朝飯前に片付けてしまえる課題だったので、そこまで共感はしていなかったが。

 ただ、文章を読むのも書くのも苦手な人がいる、という認識はあった。

 だからこそ、文芸部の始まりである『文章を書く』というハードルは、可能な限り低く設置するべきという考えになったのである。


「確かに、霧崎君の言う通りだと思う。私たち経験者の基準で考えてしまうと、初心者たちにとっては無茶ぶりになってしまうからね。最初は簡単な課題にして、段々とハードルを上げていく方針にしよう」


 理央の考えには、経験者である瑞葉も全面的に同意した。

 創作関係になるとスイッチが入る瑞葉であるが、その熱意は決して無茶ぶりを意味しない。相手に合わせた適切な指導も可能なのだ。

 もっとも、理央ぐらいの経験者相手となると多少なりともタガが外れることもあるが。


「じゃあ、最初は映画鑑賞――だと長すぎるから、動画の鑑賞会ね。三十分ぐらいのストーリー動画を鑑賞して、感想を簡単に書くだけ。文字数とかの制限も無し。これで少しでも書くことに慣れてもらいましょう」


 部長である明里も、理央と瑞葉の提案を受け入れた。

 予め顧問に許可を取った後、携帯端末での動画鑑賞を行うことにしたのである。

 無論、単につまらない動画の鑑賞会にならないよう、理央と瑞葉の二人によって動画の質は保証済み。再生数が多い動画の中でも、物語を書く上で参考に成り得る構成がしっかりと組み立てられている物を選んだ。

 事実、部員たちがその動画の文句を言うことは無かった。

 自主制作の映画でありながら、カメラワークに違和感は無く。登場人物の演技も、本職の俳優たちと比べて拙いところがあるものの、その拙さが『青臭さ』というスパイスとして動画を彩るように、表現の工夫が為されていた。

 故に、問題があったのは動画の内容ではない。


「うぐぐぐ……」

「…………」


 文芸部の初活動である動画の鑑賞会の後、瑞葉から『これはちょっと』と指摘を受けた部員が二名。

 それは、ただでさえ迫力のある顔を苦悶に歪める六花と、無言で素知らぬ顔をしている凪咲だった。


「くっ、すまねぇ、皆! アタシが不甲斐ないばっかりに!」


 大袈裟に嘆きながら、六花は白紙の原稿用紙の前で歯がみをしている。

 これは別に、動画の内容が合わなかったわけでも、この課題の内容が気に入らなかったわけではない。

 六花が気に入らなかったのは、己の文章である。

 読書家の人間によくある現象なのだが、名作や良作を読み込んだ者ほど、実際に自分が文章を書いた時に苦悶してしまうのだ。記憶の中にある名文と比べて、己の文章が醜く見えて、書き進めることが苦痛となるのだ。


「文字制限は無かったはず」


 一方、六花とは反対に、凪咲の表情には申し訳なさが欠片も無い。

 事実、凪咲の原稿用紙にはきちんと動画の感想が書き込まれていたのだから。

 ただし、二行だけ。

 主人公への称賛と、ヒロインへの不満をそれぞれ一行ずつ。

 確かに文字数制限は無かったにせよ、これはいくらなんでも短すぎるという内容だった。


「ええと、雅堂さん。もうちょっと、もうちょっと書くことは無かったかな?」

「無い。それとも悠木先輩は無駄にかさ増しした文章が好み?」

「それは、そうだけどぉ」


 しかも、己の書いた内容を全く恥じていないので、瑞葉ですら説得は不可能だ。


「書きたい内容があれば、自然と文章は重なって行く。そうならないとは、単に私の心がそこまで動かなかっただけということ」


 淡々と、悪びれも無く短文の理由を告げる凪咲。

 TRPG関係では生き生きと語り出すし、文章も相応に重ねていくのだが、どうにもそれ以外のことに関しては興味が薄いらしい。

 オンラインセッションで何度もプレイヤーをしたおかげか、文章を書き込む技術も経験も問題はないのだが、凪咲のモチベーションはあまり高くなかったのだ。


「もちろん、部活動として困ると言うのなら、それなりにでっちあげることも厭わない。部員である以上、そういう注意は受け入れる」


 そして、凪咲自身も活動内容としては短すぎると納得はしているらしい。

 だからこそ、瑞葉や明里に告げたのだ。

 そちらに配慮するように、『それなり』に文章を増やすことも可能だろうと。


「……うーん」


 これに悩んだのが瑞葉だ。

 技術的には問題ない。書こうと思えば、そつなく書けるだけの経験もある。

 しかし、書きたくもない文章を強制することが本当に、この文芸部の活動内容として正しいのかと。


「なるほどね」


 だからこそ、真っ当に悩む瑞葉が黙り込んだからこそ、明里が笑みを持って口を出す。

 その隣には『駄目そうな時は即座にストップするからね』という顔で待機している理央の姿があった。


「つまり、雅堂さんはモチベーションがあれば自然と部活動にも熱が入るということね?」

「…………まぁ、そう」

「なら、話は簡単ね!」


 怪訝そうな視線を向ける凪咲へ、明里は自信満々に言葉を紡ぐ。


「雅堂さん、貴方自身がモチベーションの上がる『課題』を考えてくればいいのよ!」


 ある意味、真っ当に正しく、けれども丸投げに等しい言葉を。



●●●



 明里の思い付きは大抵、あまりよろしくない方向にかっとんだものであるが、今回の場合は珍しく道理が通っていた。

 課題に対するモチベ―ジョンが上がらないが故に、文章に熱が乗らない。

 ならば当然、『どういう課題ならばモチベーションが上がるのか?』ということを、凪咲本人が示さなければならないだろう。


「…………むぅ」


 明里の言葉を受けて、凪咲はしばし考え込む。

 苦手な相手ではあるものの、今回は明里の言い分の方が正しい。

 文芸部に所属しているのだから、課題をこなすのは部員として当たり前。最低限のノルマとして、モチベーションが上がらない課題でも文章を書けと言われれば、凪咲は大人しく従う準備はあった。

 けれども、『モチベーションを上げるための課題を自分で考えるように』と指示されることは盲点だったらしい。

 しかも、凪咲からしても道理が通っている言い分なので、無下にすることは自分自身の価値を貶める行いである。

 無表情でクールに見える凪咲だが、その手の『情けない行為』を強く嫌っていた。


「テキストセッション……それだけじゃ文芸部の活動には薄い……幕間……物語の保管、現実とリンクさせた課題……そうなると必然と……」


 ぶつぶつと言葉を呟き、脳内で自分の考えを羅列させていく。

 そして、十三秒ほど悩んだ後、凪咲は羅列された考えから答えを選び取った。


「TRPGのセッションをリプレイにする課題がいい」


 選び取った答えは、やはりTRPG関連だ。


「部員全員で一つのリプレイを完成させる課題、それを提案する」


 ただし、完全なる自分本位の趣味ではない。

 自分のモチベーションが上がるTRPG関連にしながら、部員全員の課題となるように説明を続ける。


「セッションはもう部員全員が経験したと思う」

「本格稼働する前は大体そうだったわね」

「霧崎君、ほぼ毎日ゲームマスターを頑張っていたよね?」

「まさかアタシも、毎日がTRPGのセッションになるとは思わなかったぜ」


 確認するような凪咲の言葉に、理央を除いた三人の女子たちはしみじみと頷く。

 文芸部が本格稼働する前、暇さえあれば凪咲の主導によってTRPGのセッションが連日行われていたのである。そのため、文芸部の部員は誰もがTRPG経験者となっていた。


「ただ、実際のリプレイを読んだことがあるのは私と理央、後は瑞葉の三人。恐らく、龍宮寺と瑠璃川先輩は読んだことが無いと予想している……違う?」

「いいえ、雅堂さんの予想通りよ。私はリプレイ本とやらは読んだこと無いわ」

「同じく、アタシもだぜ」

「そう。だから、実際のリプレイ形式で書くのはゲームマスターである私と、サブマスターである理央が担当する」

「なんか知らない間に僕の課題が決まっている……まぁ、異議は無いけどさ」


 一般的に、TRPGのリプレイ本は普通の小説とは形式が違う。

 台本形式と地の文、更にはメタ的なプレイヤー発言も混ざることもあり、TRPG初心者が書くには少し癖があるものだ。

 従って、文芸部の中でも経験豊富な凪咲と理央が担当する。

 中々に順当な判断だ。事前に確認を取っていれば、更に完璧だったかもしれない。


「そして、今回のプレイヤーである悠木先輩、瑠璃川先輩、龍宮寺には『自分のキャラクター』視点でのセッションの感想を書いてほしい。難しく考えず、架空の日記を書くという気持ちで臨んでくれれば幸いだ」

「へぇ、中々面白そうだね! 雅堂さん、それは自分のキャラクターの設定に合わせた、ショートショートを書いてもいいってことだよね? 前日談とか後日談も!」

「もちろん、長くなる分には構わない。この課題に文字数制限は無い」


 凪咲の提案に、まず瑞葉が乗り気になった。

 自分のキャラクター視点での物語。つまりは、一人称視点のリプレイという課題に興味を示したらしい。


「日記形式ね。確かに、それなら書くことに困らなそうね」

「アタシもまぁ、自分のキャラクターになりきっての文章って思えば……そこまで書く手が止まらないとは思うぜ。でも、一応文章力があんまり高くない設定にしておくか」


 次いで、明里と六花の二人も好反応だった。

 何もないところから物語や感想を生み出すのではなく、実際に行ったセッションの様子を日記として出力する。

 ある程度、具体的なストーリーが前提にあった方が、初心者としては書きやすい場合もあるのだ。


「システムは黄昏探検隊。シナリオの内容はまだ発想の段階だけど、私たちの状況に合わせた『文芸部』を主題としたものとする。一回、この形式で課題を試してみて、都合が良ければセッションをキャンペーンに変えて、何回か続けてみたいと思う」


 凪咲の提案は堅実なものだった。

 まずは単発のセッションでお試し。

 反応が良ければ、キャンペーン――複数のセッションを関連付けて行う連載方式へと切り替える。

 そして、一番難しい部分は言い出しっぺの凪咲と、経験豊富な理央が担当。

 即興で考えたにしては十分、文芸部としての活動として認められそうな提案だった。


「部長、この課題でやってみていい?」

「ええ、もちろん! 雅堂さんたちの準備ができ次第、始めて貰って構わないわ……正直、数日ぐらいは答えを待つつもりだったから、時間的な余裕はたっぷりあるし」


 当然、凪咲の確認に、明里は即座に了承の意を返す。

 明里からすれば『何か部活動のきっかけになればいいな』程度の提案から、具体的な課題の案が帰って来たのだ。

 むしろ、否定する理由を見つける方が困難である。


「わかった。理央、しばらくの間、放課後は私の家に集合」

「うん、了解…………いや、ちょっと待とうか、凪咲。そう言えば、僕の性別を君のお母さんはずっと勘違いしたままのような――」

「化粧品と女装グッズは私の部屋で預かっておくから」

「これからしばらくの間、女装デイズかぁ」


 かくして、文芸部の初動は『凪咲によるリプレイ作成』に決定したのだった。

 ただ、その対価として理央は友達の母親をしばらくの間、女装で騙し続けるというミッションを課せられてしまったのだが。

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