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第13話 波乱万丈な日常

 誰しもフィクションの主人公に憧れたことがあるだろう。

 特別な力と宿命を背負わされた、異能伝奇の主人公。

 合縁奇縁を手繰り寄せて、数多の美少女と出会うラブコメディの主人公。

 突如として異なる世界に召喚され、魔王を倒す使命を帯びたファンタジーの主人公。

 頭脳明晰で鋭い観察力を持ち、凄惨な事件に愛されるミステリーの主人公。

 あるいは、何気ない日々の尊さと美しさを再確認する、日常系の主人公。

 彼ら、彼女らの生き様に、誰もが一度は憧れたことがあるだろう。

 漫画やアニメ、ドラマのような『イベント』に溢れた毎日。

 道を歩けば、美形の登場人物に出会って。

 旅行に出れば、恐ろしい事件に遭遇して。

 退屈な毎日を過ごしていても、いつか人生を変えるような特別な出会いに辿り着く。

 そんな色鮮やかな人生を、一度は思い描いたことはあるだろう。

 無論、『そんなことは無い』と否定しても構わない。

 それはきっと、フィクションに憧れる暇がないほど人生が充実しているか、あるいは憧れるよりも前に諦めることができたということだろうから。


 実際の人生は、当然ながらフィクションのようにはいかない。

 突然、異能に覚醒することなんてない。

 異なる世界に召喚されることも、転生することも、前世の記憶が蘇るようなことも起こらない。ファンタジーはあくまでも、その名の通りの幻想に過ぎない。

 現実世界の犯罪者が、ミステリーさながらのトリックを考えることなんてほとんど無い。考えたとしても、名探偵が登場する前に優秀な警察が解決するのが大半だ。

 あるいは、日常系の主人公のように生きることは気の持ちようで可能かもしれない。

 だが、現実というのは往々にしてシビアなものだ。日々清く正しく堅実に生きたとしても、それが必ずしも報われるとは限らない。ご都合主義にも満たない、当たり前の報いすら与えられないことはしばしばある。そんな日々を送っている人たちにとっては、日常系の主人公はある意味、他のフィクションの主人公よりも遠く感じられるだろう。


 だから、誰もが諦める。納得する。

 これはフィクションなのだと。現実とは違う物語だからこそ、痛快で愉快で面白いのだと。

 その憧れを諦めて、身の丈に合った生き方を選んでいく。

 もちろん、一部の例外はあるだろう。

 スポーツ漫画に憧れて、彼らのように活躍したいと奮起した人間が、将来のスポーツ選手であることも。恋愛小説のような数奇な出会いを果たした、浪漫溢れる恋愛模様も。

 現実は小説よりも奇なり、という言葉の通り、そういう経験をする人間も中には居るのだろう。ノンフィクション創作の中には、そのような物語が幾つもあるかもしれない。

 けれども、それはあくまでも例外に過ぎない。

 大多数の人間は自分の人生を退屈に思いながらも、それでも精一杯に身の丈に合った日々を送っているものなのだ。


 しかし、だからこそ大半の人間は知らない。知るわけがない。

 かつて憧れた『フィクション染みたイベントに溢れる人生』というのが、どれだけ過酷なものなのかを。




 雅堂凪咲は、雅堂鮮花がどう あざかが産んだ一人娘だ。

 ――――若くして鬼才の称号を与えられた怪奇作家、カタバミアスカの一人娘だ。

 父親は幼稚園児の頃まで共に暮らしていたが、父親側の浮気――と呼ぶにはあまりにも荒唐無稽すぎる諸事情――により、離婚。

 以降、凪咲は母親である鮮花と共に、二人だけで暮らしていくことになる。


 凪咲の記憶にある限り、最初の事件は小学一年生の夏。

 とある孤島で起こった殺人事件だった。

 多くの推理作家たちが集まる、あくまでも娯楽に過ぎないはずだったミステリーツアー。それが実際に本当の殺人事件になってしまうという、凄惨なる『イベント』だった。

 凪咲は幼いながらも母親を守るため、クローズドサークルとなった孤島の中を駆け巡り、そこで『名探偵役』の如き頭脳明晰な男子高校生と出会う。

 幼いながらも鋭い観察力を持つ凪咲に、地元では神童と呼ばれた経験を持つ男子高校生。二人は即席ながらもタッグを結成し、この事件に立ち向かうことになったのである。

 そして、悪戦苦闘しながらも、凪咲とその男子高校生は見事に孤島というクローズドサークルに仕掛けられた謎を解き明かした。三人の推理作家を殺した殺人鬼を捕まえ、惨劇の幕を下ろすことに成功したのだった。


 まさしく、劇的な事件。

 人生に一度遭ったのならば、その後は一生のネタにできるイベントだった。

 けれども、数か月後。

 小学一年生の秋に、凪咲は再びイベントに巻き込まれることになる。

 ただ、それはミステリー小説のような殺人事件ではない。

 目を疑うような美少年がクラスに転校してきて、凪咲の隣の席に座ることになったという、実に少女漫画チックなイベントだった。

 荒んだ目を持つ美少年は、悪魔のように周囲を惑わし、翻弄し、一つの学年の人間関係をぐちゃぐちゃにしていく。

 そんな諸々の面倒の後片付けをしたのが、偶然、隣の席になった凪咲の役割だった。

 当時、『名探偵役』だった男子高校生に初恋を捧げていた凪咲にとって、隣の席の美少年は面倒な隣人に過ぎない。教室の中に居る女子の中で唯一、美少年に惑わされないために必然と事態を収拾する役割を背負う羽目になったのだ。


 イベントに次ぐイベント。

 もはやフィクションとしても胸焼けがしてきそうな展開。

 しかし、それでも凪咲の人生ではイベントが尽きない。

 数か月後。

 秋の次は冬。

 母親である鮮花の実家に遊びに行った凪咲は、そこで親戚の少女と出会うことになる。

 彼女は中学一年生ながら、将来は優秀な料理人になることを期待されている天才少女。

 凪咲は何故か、そんな天才少女に『味見役』として気に入られてしまい、彼女の料理研究に冬休み期間を丸ごと付き合わされることになった。


 おおよそ、数か月に一度。

 頻度が多い時は一週間に一度のペース。

 大型連休。夏まつり。クリスマス。正月。その他、何かしらの節目になりそうな行事がある時、決まって凪咲は何かしらのイベントに巻き込まれていた。

 まさしく波乱万丈。

 幸いなことに異能やファンタジーのようなイベントには遭遇していないが、それ以外はジャンルがごった煮となった主人公になったかのように、落ち着かない非日常を過ごしていた。

 だが、それでも凪咲に不満は無かったのである。

 何故ならば、凪咲にとってイベントに溢れた騒々しい毎日こそが日常。

 他者が非日常と呼ぶものが、凪咲にとっての普通になっていたのだから。


 ――――最初から異常が日常ならば、それが常軌を逸していることには気づかない。


 常人ならば一年間で心が折れるような波乱万丈を、凪咲は当然のような顔で過ごしていた。

 唯一、懸念事項があるとすれば、母親である鮮花がイベントの度に心配していることぐらい。

 だからこそ、凪咲はイベントを安全にこなせるように強くなった。


 名探偵の如き男子高校生から、あらゆる知識を学んだ。

 小悪魔の如き美少年から、他者の心理を誘導する術を学んだ。

 凝り性な天才少女から、幾つもの料理技術を学んだ。

 その他、護身術から経営術。ピッキング技術など、どこで使うのか? と疑問に思うような技術でも学んだ。

 多くを、多くを学んだ。

 自分を愛し、育ててくれる母親に心配をかけさせまいと最善を尽くした。

 その結果、凪咲は十歳になる頃には、万能と呼ぶに相応しいようなスーパー小学生へと成長を遂げていたのである。



「ごめん、凪咲ちゃん。私たち、その……凪咲ちゃんとはもう一緒に遊びたくない」



 周囲に居たはずの、大多数の一般人を置き去りにして。



●●●



 さて、想像してみて欲しい。

 もしも、君の隣人が『ドラマの主人公よりも遥かに波乱万丈な人生』を送っていたとして。

 フィクション作品の主人公もドン引きするような、数多のイベントを乗り越えた超人だったとして。

 そんな人間と仲良くなりたいだろうか?

 もちろん、こういう表現ならば『いや、仲良くなったら何かおこぼれが貰えるかもしれない』などと、割と軽い気持ちで友達になっても良いと告げる人も居るかもしれない。

 事実、そのような考えで凪咲の友達を続けようと思った者たちも少なくはなかった。

 しかし、そんな者たちもすぐに蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行くことになる。

 何故ならば、割に合わなかったからだ。

 凪咲の隣に居ることで得られるメリットよりも、デメリットの方が遥かに上回るからだ。

 具体的に言えば、凪咲のイベントに巻き込まれた結果、危うく死にかけることや、トラウマになること請け合いの殺人事件に遭遇するなど、『一般人では心が折れるような経験』をしてしまうのだ。

 まともな危機感を持っている人間ならば、離れていくのが当然だろう。

 だから、これは仕方のないことだった。

 凪咲自身も、一般人の友達を失った悲しみよりも、『これで周りを巻き込む心配が少なくなる』と安堵したぐらいだ。


 ――――無論、凪咲が寂しさを覚えなかったわけではないが。


 一人ではない。

 それは凪咲自身も理解している。

 母親が居る。

 数多のイベントで出会った、たくさんの者たちが居る。

 一般人とは言い難い、妙にキャラが濃い者たちばかりだが、凪咲には多くの仲間が居る。

 変人、奇人、天才と曲者揃いの仲間たちが。

 中学二年生の時、初恋の相手に振られたことで盛大に思春期を拗らせて、色々と孤高ぶることはあったが、凪咲という人間は決して孤独では無かった。


 だが、悩みが無かったわけでもない。

 周囲に馴染めず、かつての友達が離れていったことを悲しまなかったわけでもない。

 波乱万丈な人生を送って、数多のイベントを経験していようとも、悲しいものは悲しいし、苦しいことは苦しいのだ。

 だからこそ、凪咲はTRPGという卓上遊戯にのめり込んだのである。


 自分とは違う誰かを演じること。

 それは凪咲にとっては、まさしく天啓の如き発想だった。

 これならば、他者から引かれることは無い。

 そもそも、TRPGでは誰もが違う誰かを演じている。誰もが『普通ではない誰か』を演じているのだ。その中ならば、凪咲の異常性も埋もれて目立たない。

 大多数の中に入り込んで、思う存分に遊べるのだ。


「ああ、ここが私の居場所だったのか」


 仲間たちが嫌いになったわけでも、今までの出会いを否定するわけでもない。

 ただ、凪咲は『普通の日常』が欲しかったのだ。

 イベントを乗り越えた先で、一息吐けるような『当たり前の平凡』が欲しかったのだ。

 そして、その願いはTRPGという遊戯と出会うことで叶えられたのである。


 けれども、人は願いが叶ってしまうと欲張りになる。

 もう少しだけ、手を伸ばしたくなる。

 それは凪咲でも変わらない。数多のイベントを越えた超人の如き少女でも変わらない。

 ――――オフラインセッションをしてみたい。

 大好きな漫画のキャラクターみたいに、平凡な日常の中で一緒に遊んでみたい。

 そんな欲望を抱くことを、一体誰が否定できるだろうか?

 高校一年生の時――――即ち、現在。

 霧崎理央という戦友の出現に、期待してしまうことを誰が止められるだろうか?

 誰よりも凪咲を良く知る、母親ですら止められなかったというのに。


 凪咲に覚悟はあった。

 準備も始めていた。

 自負もあった。

 成長に成長を重ねて、『無口な文学少女』程度に存在感を抑えることが出来た自分ならば、きっと何事もなく、理央たちの日常に混ざることができるのだと。

 雅堂凪咲という非日常を象徴する少女は、そんな夢を視ていたのだ。

 そんな、都合の良い夢を視ていたのだ。


 ――――当然、夢は直ぐに覚めることになったが。

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