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後編(2/2)

「シンジュラ家がカルト教団と手を組みました! シンジュラが手引きして教団を城内に入れているようです!」

「なにやってんだあのバカ名門は! 先日も折衝を手伝ってやっただろうが!」


 叫びながらも走る、走る。既に何人かの教団員と思しき暴徒に補足され追いかけられていた。

 さすがにこのときばかりはライセルの口も悪くなっていた。


「だいたい、なんでカルトがうちを狙うんだ! シンジュラはともかくそっちにメリットはないだろ!」

「それが……そのカルト教団が"奇跡の子"を信仰するものだったようで! どこからか情報が漏れたのかと!」

「そんな信仰するほど都合のいい能力じゃないだろう、あれは!」


 どうせカルト教団が考えることなど、「発言力のある傀儡を手に入れよう」ぐらいのものだろうが。それでも愚痴らずにはいられなかった。

 暴徒に追い付かれてはいないが、いまだ距離を離せているわけではない。


「王子殿下、体力のほどは!?」

「舐めるな! クラウディアほどではないが、僕も鍛えている!」


 そう返したライセルを見て、急にセドリックは足を止めた。暗器を取り出し、逆に暴徒の方へと向かう。


「セドリック!?」

「私が足止めします!」


 自分の身の重要性など、とうに理解している。セドリックを捨てて自分が逃げることが最適解であることも。だから、交わされるのは最低限の言葉のみ。


「ちっ……死ぬなよ!」

「御意!」


 戦いに身を投じるセドリックを後ろ目に確認すると、その暴徒に見られないよう廊下の角を曲がる。先にも誰もいないことを確認して、ライセルは壁を両手でぐい、と押した。

 その瞬間、なにもなかったはずの壁のうち一部がドアのように開き。彼はそのまま穴の中へ滑り込んでいった。王族と一部の側近しか知らない、隠し通路の一つだ。二つの場所を両手で押さないといけないため、少しよりかかった程度では発覚しづらい通路だった。


「シンジュラ……! この借りは必ず返すからな……!」


 口には出さずにそう恨みながらも、ライセルは頭の中で王城の地図を広げた。この秘密の通路から外への出口への最短経路を検索する。

 セドリックの戦闘力は大したものだが、多勢に無勢。十中八九、帰ってこないと考えるべきだろう。今は悲しむ間もない。のちのち国を取り返すことを考えれば、正当な王族の血を引くこの身は最重要オブジェクト。絶対に生きて逃げのびねばならない。

 国王や王妃、兄である王太子の身も心配だが、彼らは彼らで逃げのびていることを期待するしかない。


「次は……確か、右だな」


 停留した水が滴り、ライセルの肩に落ちる。

 かつての用水路を再利用して作られたこの隠し通路は、おせじにも良い環境とは言えない。クーデターの状況的にも、早く脱出する必要がある。

 さらにここは非常に入り組んでおり、その構造は口頭で伝えられていて文書には残っていない。迂闊に追いかけてきた賊を迷わせるセキュリティの一種ではあるが、裏を返せば王族も迷ったら命が危ないということだ。慎重に、素早く脱出する。


「それで、こっちが……」


 出口、のはずだ。なのに、何かがおかしい。具体的には、なにか生き物の気配がするような。

 それを言語化する前に、ライセルはいちはやく引き返した。脳内で地図を再展開し、別の出口を検索する。


「おい、感づかれましたぜ! どうしやす!?」

「決まってんだろぉ! 追いかけて殺すんだよ!」


 乱暴な声が通路に響く。通路の存在がバレているのは非常にまずい。シンジュラ家が何らかの手段で情報を得ていたか。

 走る音が後方から聞こえてくる。既に多くの体力を使っているライセルと違い、向こうはまだまだ元気がありそうなスピードだ。通路の環境が悪いのも逆風だ。おそらくあの賊どもの方が、こういった悪路を走るのに慣れているようだ。


 新しい出口……そっちに向かえば、川に出る。川の流れに乗って泳いでいけば、奴らも追いかけることはできないはずだ。

 だが、そこまでの距離を考えると、どうやっても追いつかれる。


 走る。走る。走る。が、ついに賊がライセルを捕捉した。あと数人分の距離になろうかという至近距離。川への出口は、まだ少しある。

 賊が持っていた刃を投げつける。


「み・つ・け・たァ! 王子サマ、死ね──」


 ──が、その凶刃は何者かに弾かれた。


「てめぇ! 何もんだ……!」

「奴隷令嬢の掟、その七……"奴隷たるもの、主君のために命を捨てよ"」


 瞬時に現れたのは、"奇跡の子"の名を冠する特殊能力か。そのことをライセルは今は意識していなかったからこそ、「神を試してはならない」縛りに引っかからなかったのか。

 ライセルの後ろ目に、見慣れた服のはためきが映る。それを纏うのは、他ならぬ彼の思い人。クラウディアであった。

 しかし、いつもの朗らかな声色ではなく、そこには緊張と確かな殺気を孕んでいた。


「クラウディア! ただいま、馳せ参じましたわ!」

「使用人の小娘に何ができる!」

「奴隷令嬢の掟、その六! "令嬢たるもの、先を見据えて行動せよ"!」


 そう言うとクラウディアは賊に素早く接近し、迷うことなく賊の両眼を指で潰す。


「あああああああああ!!!!!」

「武力でも主君を守れるよう、鍛えておくのは当然のことですわ!」


 だが、これで終わりではない。通路の角からつぎつぎと賊が飛び出す。


「王子殿下、お逃げください!」

「…………~~~~ッ!」


 セドリックはあんなに簡単に切り捨てられたのに。

 いま、彼女の瞳を見たら。そんなことは、口が裂けても言えなくなってしまった。


 だって。あんなにきらめいていた彼女が。人助けに奔走し、静かに本を読み、毎日必死に日記を記していた彼女が。

 血まみれになって。賊にその身を潰されることを考えたら。言えなかった。彼女を抱きしめて、一緒に逃げたかった。この疲労状況ではそれがかなわぬことを、知っておきながら。


 だから彼は……彼女を見ずに済むよう、目を閉じることにした。


「クラウディアっ!! 死ぬな!!!!」

「……はい!」


 この時、彼女がどんな顔をしていたかライセルは知らない。

 見ない。見ないうちに後ろを振り返り、体力を振り絞って駆け出した。


 この後どうやって逃げ延びたのか、ライセルは覚えていなかった。



 さんさんと日が大地を照らしはじめた朝時。森の中で、鈍い音が響き渡っていた。

 割る。置く。割る。一心不乱に、ライセルは斧で丸太を割っていた。


「おお、ライくん朝から精が出るねえ」

「いえ、拾ってくれた村のためを思えばこれくらいは」

「嬉しいことを言ってくれるが、もうライ君は村の一員じゃよ」


 川を流れていきついた先は、辺境の村らしかった。村名は聞いたことが無かったが、村の地理的状況や村人から聞いた歴史などを照らし合わせ既に場所については目星がついていた。

 ライセルは"ライ"という偽名でこの村に暮らしている。一刻も早く国を取り返したい気持ちはあったが、それには膨大な準備が必要だ。まずは生活基盤を整えて路銀を貯めなければならなかった。


「ここから近く、かつ王家と親交が深いのはユングスレイ領だが……歩きだけで向かうのは無理がある。食料のためにももう少し稼がなければ」


 そう考えながらも、作業は行う。それぞれに没頭していれば、悩みを一時的に忘れられるような気がした。

 国王、王妃、王太子。そして、長いこと自分に付き合ってくれた執事。 


「父様、母様、兄様……。セドリック……」


 彼らは生きているだろうか。できるならば生きていてほしい。一人でいることがこんなにも心細いとは思わなかった。

 そして、最後に思い浮かぶのはあの通路での彼女の姿だ。


「クラウディア……」


 思い返せばいつも薪割りをしていたような。彼女も、薪割りをしているときは故郷の帝国に思いをはせていたのだろうか。わからない。今となっては、確認する術もない。

 夜になると、いつも夢を見る。彼らの、彼女の"その後"の姿を。そしていつも、汗だくになって起き上がるのだ。

 自分の臆病な本性は、あの四歳のころから変わっていない。そう気づかされてしまっていた。

 あの時の続きを見たくないから、彼女のことを思うときには目をいつも瞑ってしまう。


 だから、あのとき自分を照らしてくれた、あの輝きを求めてつい呟いてしまうのだ。

 彼女の名を。


「クラウディア……」

「はい」

「クラウディ、ア……」


「え」

「やっと目を開けてくれましたね。王家の紋章が無くとも、その瞳……あの誕生会で見た、綺麗な瞳。忘れもしませんわ」


 そこに、いたのは。


「どう、して……」

「探したのですよ。あの川周辺の村をくまなく。でも、殿下がわたくしを呼んでくれたからこうして"移動"できたのです」

「ここから王城まで、遥かに距離があるだろう」

「ええ、何度も諦めそうになりました。ですが、その度に自らを奮い立たせたのです」


 クラウディアが、ライセルの手を取る。


「奴隷令嬢の掟、その九……"奴隷たるもの、絶対にあきらめるな"。乳母の教えではありません、わたくしが、あなたを見つけるために作ったのです」


 そうして微笑む彼女の顔は。声は。まぎれもない、本物で、幻覚ではなくて。


「忘れるはずがありません。殿下、あなたのことが寝ても覚めても頭から離れなかったのですわ」

「クラウディア」

「殿下に仕える者として、王族復権を目指すものとしてではなく、ただ、ただ殿下を探しておりました」

「クラウディア……!」

「ああ、殿下。わたくし……恋の奴隷に、落ちてしまったようです」


 その言葉を最後に、二人は抱き合った。いつまでも喜びに泣き続けていた。


 ほどなくして「新王家」を名乗るシンジュラ家は打倒され、ベルニーイ王国は生き延びていた王族4人と共に復活することになる。

 そのとき王太子であった国王が即位した後もライセルは王弟としてその優れた手腕で国王を補佐した。


 そんなライセルは側室をとらず、もともと隣国の令嬢であった女性を正妻に迎えて末永く幸せに暮らしたという。



奴隷令嬢の掟一覧

その一……"奴隷たるもの、人のために働かなくてはならない"

その二……"令嬢たるもの、いつでも毅然と冷静に"

その三……"奴隷たるもの、返事ははっきりと"

その四……"令嬢たるもの、常に反省し改善せよ"

その五……"奴隷たるもの、仕事は素早く丁寧に"

その六……"令嬢たるもの、先を見据えて行動せよ"

その七……"奴隷たるもの、主君のために命を捨てよ"

その八(殿下オリジナル)……"令嬢たるもの、声量は場面を考えて"

その九(令嬢オリジナル)……"奴隷たるもの、絶対にあきらめるな"

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