後編(1/2)
「帝国の、カルト教団だと?」
「ええ」
執事いわく、怪しい教団の動きが帝国で活発になっているとのことだ。
「帝国の対応は」
「どうやら思っていた以上に規模が大きいらしく、未だ全容を掴み切れていないとのこと」
条約で締め付けていたのも帝国にとって逆風だったか。いや、そのタイミングを見計らっていたと考えるのが自然か。
ライセルはそこまで考えて、いったん思考を打ち切った。
「こちらからも調べておけ。感づかれるとうるさいから、帝国には内密にな」
「御意」
調査は執事に任せ、自分はいつもの仕事をする。
ふと窓の外を見やれば、そこには薪割りをするクラウディアの姿があった。
「まだやってるのか、それ……」
当然ながら、最初から薪割りは彼女の業務ではない。常に全力で人助けをしたい、彼女の本性の表れなのだろう。それでいて任された仕事も十全にこなすし、休養もしっかりとっているようだからもう好きにしてくれといった感じであった。
「"奇跡の子"、の性かもしれんな」
"奇跡の子"。神の寵愛を受け、人を助ける子。まさしく、彼女にぴったりな名前だ。
そう独りでつぶやいて、もしやと思った。あのときも、彼女は"奇跡の子"の能力が出ていたのでは。
思い返すのは、幼き頃の記憶。彼と彼女が出会った、最初の記憶。
▽
「殿下、さっそく向かいましょう」
「うえぇ……」
「うえぇ、ではありませんよ」
まだ四つにもなろうかという頃合いであった。そのころはまだ帝国と王国の仲も良く、王族同士の交流もあったのだ。
あのときはなんだったか。確か帝国第三皇子の誕生会だったような気がする。
まあ、とにかくその頃のライセルはまだ幼く、王族の自覚もあまりなかった。ついでに言えば人込みも苦手であった。急かすセドリックに対して、ぐずって反抗するしかなかった。
そんな彼が王族貴族が集まる誕生会で長いこと保つはずもなく。早々にギブアップして外の夜風を浴びていた。
「うーん……王族たるもの、もう少しこういうのにも慣れてもらわないと困るのですが」
「や!」
「困りましたねえ」
セドリックの苦言など関係ない。王族の責務などよりも、自分が苦しい環境から逃れることが第一であった彼に聞く耳などない。
「まあ、少し急すぎたきらいもありましたし、段階的に慣れさせていくしかないのかなあ……」
セドリックがそう言った直後であった。ライセルの視界の端に布がはためき、振り向くと……そこには、華凛な少女がいた。
「ね、何してるの? 君だれ?」
「え、えと……」
年はライセルと同じくらいであろうか。しかし決定的に違うのは、その目つき。人込みに怯えおどおどとしていた彼と違って、彼女はこの誕生会の人圧などものともしないようなきらめきを目に携えていた。
彼女はまさに、この誕生会の中でひときわ輝く星のように見えた。
そしてそんな彼女は彼の困惑を気にもせず好奇の目で観察していた。目に留まったのは、服に縫い付けられている特殊な王家紋。
「あ、その"もんしょう"! もしかして、ベルニーイのおうじでんか!?」
「うん、はい、そうです……?」
「やっぱり! 見おぼえないから、王国の人だと思ったの! じゃあそこの人は、おつきのセドリックさんね!」
「いや、確かにそうですが」
彼らより一回り年上であるセドリックをもたじろがせた後、何かに気が付いたように彼女は片足を後ろに引いた。
「あ! じゃあ、あいさつしなきゃ! わたくし、ペンブロークのクラウディアともうします!」
「よ、よろしく」
あのときのライセルは「すごい丁寧なおじぎだなあ」としか思っていなかったが、今思い返しても帝国式の立派なカーテシーであったように思える。彼女の言葉によれば、乳母による英才教育の賜物だろうか。
「あー……クラウディア嬢、お付きの方は?」
「たまにこういうことがあるので、もうじき来ると思います!」
「なんで目を離しているんだ……」
セドリックのため息など、ライセルには聞こえない。いま彼の意識にあるのは、クラウディア嬢の輝くような顔と全てに好奇心があるかのような声色。それだけだった。
「ふくのもよう……よく、わかったね」
「"もんしょう"ですね! どれいれいじょうのおきて、そのろく……"令嬢たるもの、先を見据えて行動せよ"! 『将来の国交のために、王族の見分けぐらいはつくようにしろ』とうばさんが言ってました!」
「す、すごいね」
「いえ! わたくしなどまだまだです!」
そう言いながらも胸を張る彼女は、やはり褒められたのがうれしかったのだろうか。セドリックが「奴隷令嬢……?」といぶかしげに言っていたが、そんなことは聞こえなかった。
ライセルは彼女を顔をいつまでも眺めていたかったが、この時間は長くは続かなかった。
「も、も、申し訳ございませんんんんん!!! たいそうご迷惑をおかけしましたあああああ!」
そう叫びながらひったくるようにクラウディアを抱きかかえる男性。だいぶ探し回ったのか、その顔は汗だくになっている。そしてその顔は迷惑をかけた対象が王国の王子殿下と知るや否やさらに蒼白になった。
さすがにこれ以上追い打ちをかけたら死にそうだったので、セドリックは口頭注意にとどめた。
「……次から、なるべく目を離さぬよう」
「はいっ、胸に刻みます!」
「おうじでんか、またお会いしましょう!」
そう言って運ばれていくクラウディアのことを、ライセルはいつまでも見つめていた。
▽
あれからだ。また彼女にあえた時、毅然と振る舞えるように理想の王族を目指したのは。彼女が王家の紋章を見抜けたように、自分も負けじと知識を蓄えた。
ただ、あのときから王国と帝国の仲は悪化の一途をたどり、ついぞ戦争にまで発展してしまったが。
だが、彼女に対する情報収集は欠かさなかった。少しセドリックには呆れられていたが、だからこそその身が穢れるあわや寸前のところで待ったをかけることができた。
その方法が少々強引であったことは否めないが、しかし彼女の真意も先日聞き出せた。少なくともライセルはそう思いたい。
あの日……ライセルがクラウディアの真意を聞いた日から、夜にはいつも休憩室で少し会話をするようになってはいた。日記を書く彼女を見ながら紅茶を飲むのは、彼にとっていつの日か毎日の楽しみになりつつあった。
それでも、ライセルが彼女と出会った、誕生会のことは口に出せずにいたが。
「僕は……クラウディア嬢の主に相応しい、王族になれているのだろうか」
彼の孤独な言葉に応える者は誰もいなかった。
夕刻にさしかかり、業務もひと段落ついた。そんな折に、執務室を乱暴に開ける者がいた。
セドリックだ。しかし、今までの飄々とした態度は消え失せている。焦って走ってきたのか服装も少し乱れているように見受けられた。
「どうした、セドリッ……」
「今すぐお逃げください! シンジュラ家のクーデターですっ!」