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中編

「全然正常でしたね」

「全然正常だったか」

「肉体的にも精神的にも健康の極みです」


 クラウディアの精神鑑定を行った医者はそう断言した。


「薪割りの裏も取れました。脱出手段は不明ながら確かに一部の庭師と接触したようで、そのときに手伝いを自ら願い出たと。また、クラウディア嬢の収容室に不備は一切見当たりませんでした」

「そうか……」


 つまり、彼女の狂言ではなく全部真実だったということだ。


「テストの結果も出ていますよ」


 医者が出した紙は、精神鑑定ついでにクラウディアに出題したテスト問題の解答だ。このベルニーイ王国の簡単な歴史をはじめとし、気候から作物の収穫量を予測したり地理的な要因から戦争における有利不利を計算したりと様々な政治的才能を問うような問題が集まっている。

 そして、その結果だが。


「殿下が見初めた才能は、本物だったというわけですね」

「……ああ、そう言う他ないな」


 ほぼ満点であった。この国の名門貴族の子息でもここまではいかないだろう。それなのに、他国の令嬢がここまでの点数を実現できるとは。

 閉じ込められておかしくなっていたらこんな点数は出せないだろう。彼女の正常さが違う形で証明されると同時に、異常さも際立っていった。


「そういえば、脱出手段については本人から聞き出せましたよ」

「本当か! それで、なんと言っていた!」


 医者の言葉に、ライセルと執事が身を乗り出す。


「それが……本人曰く、『近くに困っている人がいると、どうやってかそのそばに移動する』と」

「……?」

「どうやら、間に障害物があろうとも、気がつくと困っている人の目の前にいる。そういう認識をしているらしいです」


 なんだそれは。おとぎ話か。まだ雇う前だというのに、クラウディア嬢が変なことしか起こさないことに若干辟易しつつ確認を取る。


「それは、本当なんだな……?」

「はい。尋問部門の看板に懸けて」

「そうか」


 なら、そうなのだろう。目の前の人物は医者であるが同時に尋問部門の班長でもある。その彼の目を欺くことはできやしない。

 しかし、クラウディアがおかしくなっているわけでもない。

 と、なると。


「"奇跡の子"、か……?」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 ライセルが漏らした言葉を、彼自身が撤回した。


「とにかくその異常現象が真実だとして、ますます手放すわけにはいかなくなったな。彼女の雇用は決定だ。早速手続きをするぞ、セドリック」

「御意」


 そうして、翌日。


「本日よりライセル王子殿下専属メイドとなりました、クラウディアです! よろしくお願いします!!!!」

「そんなに声出さなくてもいい」


 クラウディアの大声がライセルの執務室内に響き渡る。この場にいるのはライセルと執事、クラウディアと彼女の指導を行う先輩メイドだ。


 あれほどまで長かった髪は業務の邪魔にならぬように切りそろえられていたが、それを悲しむ様子は一切見当たらない。どこまでも普通の令嬢らしくない、おかしな元令嬢であった。


「あまり知らないのだが、帝国の令嬢はみな声が大きいのか……?」

「いえ! 奴隷令嬢の掟、その三……"奴隷たるもの、返事ははっきりと"! 主君に聞き返されるようなことなど、あってはなりませんから!」

「じゃあその掟に、"声量は場面を考えて"と追加しておけ」

「かしこまりました!」


 この返事はさっきと比べると一応常識的な声量になっていた。それでもまだ、大きかったが。


「まずは雑用も含む基本的な業務を覚えてもらう。その後、段階的に高度な仕事を任せることになる。わかったか?」

「わかりました!!」

「ならよし。先輩たちにしごかれてこい」

「はい、よろしくお願いしますわ!」


 クラウディアはそう言って、退出する先輩メイドについていく。彼女らが出ていった執務室は嘘みたいに静かになった。

 そんな中、最初に口を開いたのは執事のセドリックだ。


「どうでしょうね、彼女」

「薪割りもしていたし体力的な不安は無いが……」


 あの変な言動からして、周りになじめるかどうかだけがライセルの不安であった。


「そういえば、"奇跡の子"とは?」

「ああ……マイナーなおとぎ話の一つだ。特殊な能力という形で神の寵愛を授かった子を良く扱えばその家や国は栄えるし、悪く扱えば滅びる。そしてその能力は、人助けを促すようなものだという」

「なるほど。ならば……大切にしないといけませんね」

「あのなあ」


 医者と話したとき思い出したおとぎ話を語ったはいいものの、その声色からして執事が本気にしていないのは確かだ。だがライセルは、自分が彼女を手に入れた理由を見透かされているような気分になった。

 彼女の政治的な知見や才能を欲していたのは確かだが、それよりも──


「いや、無駄話もこれくらいにするか。セドリック、最初の仕事は」

「ええ、まずはこちらのシンジュラ家とユングスレイ家の折衝についてですが……」



その後、令嬢改め使用人見習いのクラウディアはめきめきと頭角を現していった。


「クラウディアさんよ、悪いんだがまた薪割り手伝ってくんねぇか?」

「もちろんですわ! お任せください! 奴隷令嬢の掟、その五……"奴隷たるもの、仕事は素早く丁寧に"! 今日も完璧(パーフェクト)を目指しますわよ!」


「ありがとうございます……。私、いつもミスばっかりしてましたけど、クラウディアさんが一緒に謝ってくれたおかげでメイド長に職場環境を相談できて。新しい職場ではちゃんと働けてます!」

「奴隷令嬢の掟、その二! "令嬢たるもの、いつでも毅然と冷静に"、ですわ! 他人は思ったよりも自分の態度をよく見ているものですから、態度を変えるだけでも人間関係には大きく効果がありますわ!」

「は、はい!」


「長くこの職場で働いてきたけど、どんなに家事に心得があっても王城(ここ)の仕事を一週間で熟達する新人なんて見たこともないわ。いったいどういうからくりなの……?」

「恐縮ですわ! 奴隷令嬢の掟、その四……"令嬢たるもの、常に反省し改善せよ"! 毎日の業務の経験を日記に記録し、足りなかった部分を明日に補うことで成長が自分でもわかりやすくなりますわ!」


 奴隷令嬢の掟というネーミングの意味は誰にもよくわからなかったが、言っていることはもっともだったので指摘するものはいなかった。それどころか、そのモットーを真似し始める者まで出てきた。


 他方、彼女の特殊能力……「困っている人のそばまで移動する」能力については、「意図的な有効活用はできない」という結論に終わった。というのも、どこかにその移動能力を活用しようとする意図が混ざりこむと、とたんに能力が弱くなってしまうのだ。彼女や"困っている人"が実験意図を知っていたり、"困っている人"をわざと何も知らない彼女のもとに送り込む実験でもうまく発動しない。この結果を目にしてライセルは「神を試してはならない」という神話の言葉を思い出したが、逆に言えば敵にも利用されづらいということなのであまり気にしないことにした。


 そうして、ひと月という異例の速さでライセル王子の政治補佐をも任されることになった。


「……ミシュラ辺境伯に任せる予定の仕事は以上の通りだが、何か意見はあるか? クラウディア」

「ありますわ。辺境伯は申し出こそしておりませんが、予算報告書から帝国のサンドゥール男爵領の動きも警戒しているはずです。実際は辺境伯がするべき仕事ではないため、その仕事はこちらが受け持つべきかと」

「確かに、そう言われるとそう解釈できるが……隣接する帝国フィズリアム辺境伯領ではなく、その真反対にあるサンドゥール男爵領をなぜ注視している?」

「血縁であるが、敵対するほど近縁ではないことを理由に結託しておりますわ。特にサンドゥール男爵領は採鉱事業が活発なため武器の輸出を警戒しているのでしょう」


 帝国は王国に敗戦し、不平等な条約を締結させられた。その不満から何らかの反撃があってもおかしくなく、警戒は続ける必要があった。

 クラウディアはその才能と帝国にかつていた知見を組み合わせ、ライセル王子の仕事を巧みに助けた。



 日も沈み、星々が夜空を照らす時刻。クラウディアが休憩室で日記を書いていると、そこにライセルが入ってきた。


「いたのか。王城の仕事はどうだ、クラウディア」

「ライセル王子」


 クラウディアが止める間もなく、ライセルは備品を使って紅茶を淹れ始める。


「あの、お茶でしたらわたくしが……」

「いいんだ。こう見えて、趣味でね。本職にも劣らないと自負している。普段はセドリックが淹れてくれるから、こんな時間でもないと自分ではできないがね」


 「どうぞ」と渡された紅茶に、クラウディアは口をつける。とたん、その顔がほころぶ。


「……!」

「気に入ってくれたようで何よりだよ。その日記は……確か、掟のか」

「はい。自室で書くよりも、こういった職場に近い場所で書く方が今日の出来事を思い出しやすいのですわ」

「そうか」


 日記を書くクラウディアを、紅茶を飲みつつそれを眺めるライセル。二人の間に、奇妙で、しかし心地よい沈黙が流れていた。

 ぱたん、と日記を閉じる音。それはクラウディアが日記を書き終わり、自室へ戻って就寝しようとする合図だ。そうして立ち上がる彼女を、ライセルが呼び止める。


「君のおかげで、だいぶ助かっているんだ。君自身の能力もそうだし、帝国側の視点はなかなか得られないからね」

「そんな、恐縮ですわ」

「かつての故郷を裏切るような真似をさせてしまっているが……思うところは、ないか」


 つい、言ってしまった。こんなことを面と向かって言っても、「ありませんわ」と返されるのがオチだというのに。

 だが、彼女の返答は予想とは少し違っていた。


「無い、とは言えませんわ。既に敗戦したとはいえ、国の誇りはありますもの」

「そうか……」

「ですが、奴隷令嬢の掟がございますので。その七、"奴隷たるもの、主君のために命を捨てよ"。今の主君は帝ではなく、ライセル王子。あなたです」


 先とはまた違った沈黙が流れた。が、それを打ち破ったのもまたクラウディアだった。


「いえ、申し訳ありませんわ……言葉が足りなかったようです。ライセル王子殿下、わたくしは今の境遇に感謝してもおります」

「なに?」

「"奴隷令嬢の掟"というのは、乳母の教えなのです。『貴族に生まれたからには、令嬢のように毅然と、そして奴隷のようにひたむきに働きなさい。それが帝に仕える貴族なのだから』、と」

「……」

「ですが、わたくしの父の……ペンブローク家領主はあまりそれに理解を示さず、自らの利益のみを追求するような方でしたわ」


 それはライセルも知っていた。むしろ、ペンブローク家が帝国の弱点の一つだとわかったからこそ国王に戦争を進言したのだ。結果、彼はクラウディアという報酬を手にすることができた。


「わたくしも業務のお手伝いをしたかったのですが、『女は口を出すな』の一点張りでして。あわや彼の政争のためにシルヴァ男爵と結ばれそうになった時に戦争が起こったのです」

「そうか」


 知っていた。それを知っていたからこそ、政略結婚が成立する前に電撃的に戦争を仕掛けたのだから。


「ですから、こうして自分の力を皆さんの役に立てられている。こんな職場で働けて本当にうれしいのです」


 そう言ってほほ笑んだ彼女の顔は、今まで見てきたどんなものよりも美しかった。

 もう、紅茶を注いだカップも空になっていた。


「そうか、それなら……良かった」

「わたくしからも、ひとつよろしいでしょうか」

「なんだ」

「どうして、わたくしだったのでしょうか。隣国の令嬢で、才ある者など他にもおります」

「それは……」


 数瞬の後、ライセルが絞り出せたのはたったの数語だった。


「時が来たら、話す」


 だが、彼らに残されている時間はあまり多くはなかった。

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