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ルークとティナ(2)

 それにしても、なぜ行く先々で「おめでとう」なのか。

 (あらかじ)め王都の南門に近い、出立しやすい場所の宿屋に馬と荷を預けたときもそうだった。非常に含みのある笑顔で送り出されたのを覚えている。


「ありがとう、ならわかるんだけどね」

「うんうん」


 水辺に咲く清らかな花の香りを漂わせながらティナが歩く。

 ルークは素直に頷き、今度こそ彼女の背を追いかけた。



 目当ての店舗は軒先に星の飾り(オーナメント)を吊るし、看板には虹と雲の絵が描かれている。近づくと花の香をかき消すほどの炒った砂糖の匂い。

 なるほど、甘味の店かと納得して入り口の取っ手を引く。

 店内は開店直後らしく、若い女性客で賑わっていた。

 甘いものはきらいではないルークも、これには流石に尻込みする。逆に、ティナは水を得た魚のように生き生きと表情を輝かせた。


「やっぱり! お菓子の専門店だったのね。ね、ルーク。長旅に必要なものって、こういう“癒し”よ。ぜひ買っていきましょ」

「そういや馬にも要るよな。角砂糖とか、岩塩とか」

「馬は…………まぁ、旅用に用意したものでいいとして。ほら、前、ユガリアで食べた金平糖もあるわ。干し葡萄もいちじくも……あっ、すごい! すごくたくさんある! さすが王都。いいなぁ」

「全部買う?」

「そこまでは」


 結構な報奨金を王から下賜されたので懐は温かい。

 ルークとしては割と本気だったのだが、くすぐったそうに笑うティナに瞬時に却下された。


 結局、ティナの好きな干し果実に量り売りの砂糖菓子(こんぺいとう)、それらを密閉できる容器とともに適当に購入する。携行食として、ふだんは少量ずつ小袋に入れておくのだという。


 にこにことやり取りを見守っていた女性店員は会計を終えると、なんと、虹色に色付けされた綿菓子をふたつ渡してくれた。手が汚れないよう、木の棒に綿状の砂糖が雲のように成型されている。これが文字通りの看板商品らしい。

 代金は、と問えばサービスだと言って受け取ろうとしない。

 とはいえ、食べ歩くには手荷物もあるし、人混みでぶつかっては大変なことになる。

 嬉しくも躊躇するふたりに、店員は満面の笑みで外のテラス席を示した。


「よろしければ、お掛けになってお召し上がりください。ぶじに魔王を討ち果たされたうえ、()()()()()()()()()()()お二方を手ぶらで帰すなんて、もってのほかですわ。さ、案内させますね」




   *   *   *




「えっと……ふたりっきりで歩いてたから?? でも、そんなの初めてじゃないわ。たった一晩でどうしてそんなことになるの」


 布が張り出した日よけの屋根の下、それでも綿菓子を口にするティナは呆然としている。

 ルークは苦笑した。


「俺とは、結婚したくない?」

「そっ!? そうじゃないの、そうじゃなくて……!」


「――はい、お待たせしました。こちらは当店オリジナルブレンドティーです」


「あ、どうも」

「すみません」


 挙動不審になったティナが勢い余って立ち上がろうとしたとき、店内の喫茶担当らしい女性がやって来た。盆に湯気がたちのぼるカップをふたつ。コトリ、コトリとそれぞれの前に置く。

 そうして、ふふっと笑った。


「やだなぁ、さっそく喧嘩ですか? 照れなくても大丈夫ですよ。今朝早く、王子様のお名前で神殿速報が出されたんです。旅の帰路、おふたりが簡易で誓いを立てられたと。これからお忍びで新婚旅行なんて素敵ですよね……。もう、都中その話題で持ちきりで」

「は、はあ」

「なので、どうぞどうぞ、こちらも遠慮なく受け取ってくださいね。うちの商品は、こう見えて恋の成就に効くと大評判なんです。おふたりに召し上がっていただけるなんて光栄だわ」

「追加!? 待って、そんなに」

「では、今後ともご贔屓に!」


 盆で口元を隠した店員はにこやかに一礼し、店内戻って行った。白木の丸テーブルの上には、注文をしていないお祝いの詰め合わせが一袋。

 仕切り代わりの植え込みで、通りからの視線は気にならないのが救いといえば救い。


「アダン王子……やり手すぎない?」

「あいつ、根回しとか得意そうだもんな」


 ともあれ、だからこそ追手がつかず、大手を振って通りを歩けるのも真実。勇者と聖女の新婚旅行(仮)を妨げるものなどこの国に存在しない。


 気を取り直したらしいティナは、せっかくだからと口をつけたお茶に瞳を和ませている。

 ルークはすでに綿菓子を平らげている。頬杖をつき、複雑な思いでちびちびとカップを傾けるティナに視線を遣った。




   *   *   *




「え? 部屋、空いてないのか?」



 結局、旅に必要な物資を揃えたり装備を整えたり、のんびり過ごしては当たり前のように夕刻になる。手近な露店で食事を済ませたふたりは、さああとはぐっすり寝よう――と、安心しきって宿入りした。


 が、渡された鍵は一本のみ。馬を預けておいた、南門そばの上級宿だ。

 ルークはカウンター越しに胡乱(うろん)な目線を支配人の後ろへと流した。


「今朝、ふたつ頼んだろ。そのときは空いてたはずだ」

「生憎と時期が時期ですし。延泊のかたが続出しましてね」

「そんなんでいいのかよ。仮にも王都の公営宿だろ?」

「いや〜、しかしですねぇ。今からではどの宿もいっぱいかと……」


「い、いいよ。ルーク。わたしは」

「へ?」


 あわや軽く口論となりかけたとき、ティナが幼馴染の服の裾を引いた。

 すっとんきょうな声を出すルークに、得心顔の支配人が頷く。


「ありがとうございます、お連れ様。せめてものお詫びに寝台はおふたつ。部屋は離れの最上級をご用意しております。どうか、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」




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