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6 それぞれの夜

(調子、狂う……)


 寝付けずに寝返りを打つ。

 騎士団舎から一転、場所はユガリアのリューザ神殿。

 しかも扱いが聖女候補となったため、格段にいい部屋をあてがわれてしまった。



 あれから強引に沐浴をさせられ、スフィネと同じ法衣を与えられ。「略式ですが」と断られた上で洗礼まで済ませられた。午後からはひたすら勉強、作法の修練、勉強……。

 過去の長い歴史を紐解いても、およそ自分くらいではないだろうか? 人族の器に封じられ、あまつさえ彼らの神の敬虔なる下僕(しもべ)にされる魔王なんて。非常事態とはいえ、ちょっと情けない。


「正確にはまだ即位してなかったし。()()()の首を刎ねるためには、願ってもない流れなんだけど」


 むくり、と起きて真っ暗な部屋を歩く。月光がしずかに差し入る窓辺に立ち、暗闇に瞳を凝らすと不思議と気持ちが凪いだ。


 正直、付いて行きかねていた。変化に次ぐ変化への戸惑い。不安。そして、なぜか別れ際のルークの顔までがちらついて。

 それらを打ち消すように、かつて自分を魔王として送り出してくれた闇月夜の民を思い出す。

 (オニ)族とも呼ばれた、古くから在る魔の一族は。


 (……皆、どうしてるのかしら。“私”が消えたこと、もうわかってるでしょうに)


 考えても詮無いため、あえて『これからのこと』だけに集中する。


 まずは、王都に向かったあと。

 ここ、リューザニア王国における聖女選定では十人の候補が立つ。まさかたった一人の聖女に選ばれるわけがないので、できるだけ選定前から関係者に口利きを頼み、聖女に近い者として魔王討伐パーティに志願する必要がある。

 無論、簒奪者との決戦前には元の体も探しておかなければならない。これには里の者たちの協力が不可欠だが、勇者パーティに近くまで立ち寄ってもらえれば説得は可能だと思えた。


 そうして、最短で魔王城に攻め込むか。

 或いは前線まで魔王を出張らせるか。


 加えて『魂魄転移陣』を行使した術者の確保や術の解除など、やるべきことは多い。今は、人族の慣習だから仕方なく従っているが、本当はすぐにでも魔族領に取って返したいのだ。

 なのに。


(なぜかしら……、引っかかる)


 ちりり、と焦燥感のように胸に刺さる違和感がある。

 自分をまっすぐに見つめて『ティナ』と呼んだ。


 ――後ろめたさに似た、もやもやとする疼きが。




   *   *   *




「くそっ。せっかく見つけたのに。なんで聖女候補になんか……」

「まあまぁ、落ち着けよルーク」

「落ち着いてられっかよ!?」


 同じ夜更け。

 騎士団舎の一室では若い騎士たちが酒と簡単なつまみを持ち寄り、若手ホープの大失恋(?)を癒やすべく杯を酌み交わしていた。

 簡素な四角い机にそれぞれ椅子を持ち寄り、総勢三名。みな、昨日の野盗殲滅に繰り出していた。よって、ティナのことは知っている。

 なかでも一番の年嵩の中堅騎士が、うんうんと頷いた。ルークの左側の席に座り、親しげに肩を叩く。


「同じ村出身だっけな。可愛い子じゃないか。選ばれちまうかもなぁ」

「!? 見た目? 聖女って外見で選ばれるんすか? 先輩」

「ばーか。(ちげ)ぇよ。でも、あり得るだろ。選ぶのは国王だって噂もあるし」


 ルークの傷心を完全に酒の肴にしている同期騎士が前のめりになるのを、心得た中堅騎士がぺしりと後頭部を(はた)いた。


「いてっ」

「――でもさ。本当のところが何にせよ、討伐を終えた聖女ってのは高確率で王妃になるだろ。それか、勇者と添い遂げたり」

「ああ。確かに」

「……」


 とくとくと目の前の器に蒸留酒を注がれ、若干目の据わったルークは黙り込む。内心は葛藤の嵐だったりする。

 察した先輩騎士は、ぼそっと尋ねた。「子どものときから惚れてたのか?」


「べつに。そんなんじゃ」


((((『そんなん』だろーよ……))))



 間髪入れずに異口同音。

 心の声は綺麗に重なったが、誰も何も言わなかった。

 そこで、あ、と思い出したように年嵩の騎士が顔を上げる。ボトルの残りをすっかり自分の器に注ぎ、あっさりと飲みきった。

 コツン、と硝子(ガラス)の器が卓を鳴らす。


「ルーク。お前さ、奇跡って信じる?」

「え?」

「奇跡だよ。き、せ、き。何度も言わせんな」


 ちょっと決まり悪げに不貞腐れた騎士は、それでも立ち上がり、わしゃわしゃとルークの焦げ茶の髪をかき混ぜた。大型犬に向けてするような仕草だった。


「わっ! ちょ、やめてくださいよ、先――」

「あのさ。俺らも明後日は王都に行くだろ? 護送で」

「? はい」


 ――そう。先の襲撃事件を受け、ユガリア領主ヴァリアント辺境伯は自領の騎士団を聖女候補らの守護に付けると通達があった。正確には守護隊を編成するという意味だが。


「隊長には話つけといてやる。お前も来いよ」

「え」


 (ほう)けたようなルークに、一同が納得顔になった。酒宴のおひらきを悟り、それぞれが退室の構えとなる。


 やがて、残り二名も順にルークの肩をぽんぽん叩いていった。グラスはこの部屋にあったものなので、持ち込んだ椅子を片手に去る行儀良さだ。

 就寝の挨拶を告げる同輩や先輩に続き、成り行き上殿(しんがり)をつとめることになった年嵩の騎士は片目を瞑る。


「やるだけやってみろよ。『神剣の試し』。それで、もしもティナちゃんが聖女で、お前が勇者になれたら。それって、諦めんなってことだと思うぜ?

 ――ほいほい、わかったら寝ろ。今すぐ寝ろ。寝ちまえ」

「!!!」


 パタン、と扉が閉まってあたたかなしずけさが戻る。

 団舎の自室で、奇しくも同じ時。

 ルークは再び(わか)たれそうな岐路に立つ幼馴染と同じように窓から月を見上げた。



「……勇者……………、俺が?」


 呟きは、やけに響いて聞こえた。





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[良い点] よしッ! 道は断たれずに残った! 何としても勇者になるんだ、ルゥゥークゥッ! 私が君を応援しているのは、君の秘めたる想いに打ち震えた訳ではないぞ。(ヒドイ) 御先祖様(?)の無念を晴らして…
[一言] お前が勇者になるんだよ!
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