7 薄明かりの迷宮(6)
『任された』というか、『押し付けられた』というべきか。
(――どっちかな。当代の勇者は本当にマイペースだから)
ぶつぶつと内心でぼやきつつ、カーバンクルは飛ぶ。
幸い、拍子抜けするほど単純な直進路。これならルークが進んだ分岐路のほうが、はるかに目的までの道のりは長かったろう。
ちなみにカーバンクル自身が淡く発光するものの、暗がりは見通せる。人間にとっては距離感の掴みづらい薄明かりだろうが、飛翔スピードを緩める必要はなかった。
案の定、いくらも経たないうちにひらけた空間へと躍り出る。視線の先には魔族の少年がいた。ただし。
「〜〜このっ、ひとを虚仮にするにも程がある! そのふざけた変身を解け! 痴れ者ども!!」
「ええぇ〜」
「いやよぅ。どうしてわかってくれないの? 私がティナよ」
「何言ってるの。私こそが本物よ」
「黙れ、黙れ! 虫けらども。我が主は……セレスティナ様は!!!」
(………………えぇっと)
ウィレトは憤っていた。踏みしめた足元から魔力が凝り、陽炎のように立ちのぼっている。こちらに背を向けているので表情は見えないものの、声の調子から、まず間違いないだろう。
対する淫魔は法衣姿のティナと薄衣姿のティナ。それに、額に二本の角を生やした黒髪の美女。
察するに低級のようだが、淫魔の性質上、かなり正確にウィレトの本心を写し取っているはず。つまり、三体めのアレは。
覚悟を決めたカーバンクルは、恐る恐る声をかけた。
「あのー、ティナの従者くん? もてもてだね。大丈夫?」
「!! お前は……聖獣か!? なぜここに。ティナ様は? 一緒ではないのか」
「残念ながら離れ離れ。でもねぇ、居場所はわかるよ。安心して」
「そ、そうか。なら、良かった」
ほっと目元を寛がせたウィレトだが、淫魔たちはその隙を逃さなかった。目配せを交わし、一斉に飛びかかる。しかし。
「……ふう」
溜め息をついたウィレトが一瞥すると、三体ともに不自然な姿勢で動きを止めた。
よく見れば彼女たちの足元には、頭上に移動してきた光源のカーバンクルによって、くっきりと影ができていた。そこに、魔力の針が刺さっている。
おやおや、とカーバンクルは瞬いた。
「鬼族の技? 便利だねえ」
「あぁ。おかげで、やっと好きなだけ尋問できる。礼を言うぞ、聖獣」
「へ? どうも……?」
しゅるりと抜剣したウィレトが、宙に浮いたままのセレスティナもどきの首筋に刃を当てた。
「貴様ら。迷宮に暮らしているとみた。構造は把握してるのか?」
「ひっ! な、何を」
「質問を変えよう。魔王城への出口を知っているな?」
「……出口なんかないわよ」
「? どういうことだ」
訝しげなウィレトに、刃を当てられていない、薄衣のほうの淫魔がどこか勝ち誇った顔で答える。
「ここをお創りになったのは、我らが偉大なる魔王様。単なる迷宮じゃないのよ。あんたたちみたいな侵入者を捕らえ、閉じ込め、あたしたちの糧とする、特別な狩り場なんだから。入り口さえあればいいの。ふふっ、おあいにくさま」
「…………」
何かを重ねて問おうとしたウィレトは、白刃をそのまま、宙に浮かぶカーバンクルの意見を仰いだ。
「どう思う? 聖獣」
「嘘は言ってなさそうだねー」
「まだ二体いるし。斬るか」
「そうだねー」
「!?? 待て、話をっ……………アァッ! お、お待ちを。魔王様お許しを!!」
「?」
突然態度を変えた淫魔に、ウィレトはぎょっとした。
カーバンクルも驚きつつ、全身の毛を逆立てた。額の紅玉がちかちかと明滅する。「やばいかも」
「何が……どうしたんだ?」
「従者くん! だめだ、逃げて! 下がって!」
「ぐっ!?」
瞬間、ぱりん、と玻璃の砕けたような音が響き、カーバンクルから放たれたルビー色の光がウィレトを弾いた。すかさず自身も飛び退く。天井の一部がめきめきと軋みを上げた。
ピンポイントでの落盤。その瓦礫は淫魔たちを押し潰してゆく。
「いやーーーッ!!!」
「ぎゃっ」
「魔王……様……なぜ」
“――――がっかりだ。せっかく眷属にしてやろうかと創り出したのに。青二才ひとり誑かせんとはな。所詮は低能か”
「「!!」」
どこからか、ぞっとする声がした。陰鬱な老人のようだった。
聖なる防御壁でとっさにウィレトを包み、自分自身もバリアを張ったカーバンクルは固唾を飲む。パラパラと降る瓦礫の余韻の向こう、砂塵のなかでは、大きなカゲがゆらり、揺らめいた。
尻もちをついたウィレトは表情を無くした。
「お、前は……あのときの……!」
迷宮の天井はぽっかりと穴を開けて崩れ落ち、石塊が凄まじい勢いで何かを象ってゆく。
それは無骨な造り。やや腕は長く、柱のような二本の足。ずんぐりとした胴回り。
薄闇色の巨大な石人形は、ギギ、とぎこちなく関節を鳴らし、空洞じみた目をふたりに向けた。