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3 戦の狼煙

 時は少し戻って、焚き火のそば。

 何とか見よう見まねで錫杖を振り回し、くつくつと笑うギゼフによってあっという間に杖の長さや重さのバランスを整えられ、先端の魔法石まで取り替えられた。その瞬間だった。


 ぞくり、と背筋が粟立った。

 ―――見られている。


(誰に? どこから?)


 腰かけた折りたたみ式の椅子から立ち上がり、きょろきょろと辺りを探るティナにギゼフも双眸を強める。


「どうした」

「視線を感じて。あなたはわかる?」

「いや。……だが、そうだな。ちょうどいい。お前、いまは()()()()だろ」

「!」


 あまりにもさらりと言われて聞き流しそうになったが、ティナはローブ姿の杖職人兼魔法使いを凝視した。


「なにを」

「隠さなくていい。最初に会ったときもおかしいと感じてた。この石は、さっき確信が持てたから取り替えたんだ。先のやつは聖属性魔力を補正するだけのもの。こっちは、オレの特製。見た目は変わらんが台座に薄く『新月石』を仕込んである。持ってみろ」

「……新月石?」

「通称な。本当は強い魔族由来の素材だ。稀少品だから心して扱え」

「う、うん」


 理解がまったく追いつかないが、渡された錫杖は幾分か短く軽く、重心が安定していた。それに。


(!!? 何これ。感覚が…………、勝手に広がる? 探査の網が前みたいに)


 瞠目。そして集中。

 ギゼフの観察するようなまなざしも、もう気にならない。肉体の瞳を閉じたティナは錫杖の先端に額を当て、懸命に“網”の精度を練り上げていった。


 ――――ゆらり。

 ひそやかな陽炎のように、失われていたセレスティナの魔力が蘇り、ティナの巫女服を波打たせる。

 ギセフの瞳が険しくなった。


「どうだ」

「距離は……まだある。でも、速い。ここへの到達予測は約一時間後。数は魔物の大量発生(スタンピード)級」


 ティナは、思わぬ力の行使でカラカラになった喉から声を絞り出す。

 聖女のもたらしたとんでもない予言に、周りの騎士たちもざわつき始めた。


「スタンピード!? まさか」

「いや、あり得るぞ。聖女様のお告げだし、何しろ相手は魔王だ。今までが静か過ぎたぐらいで――」


「待て。まだ何かありそうだ」


「は、はい!!」


 ギゼフは騎士たちに静止の声をかけた。

 やがて、ぐらりと小柄な体が傾いでよろめき、あわやのところで踏み込んで肩を支える。


 紫紺のローブの腹のあたりにもたれたティナは、錫杖から離した右手で目前の布にすがった。傍目には長身の魔法使いに抱き込まれているように見えなくもないが、自分では真っ直ぐ立てないほど平衡感覚を失っていた。それでも“視た”ものをありのまま、苦しげな息の下から告げる。


「集合地点は王都、三方向。東、南東、南……ここに来るのは南の一群よ。魔物種はばらばら。統率は取れてないけど、道なりの村や町は全部無視してる。明らかに、命令している存在がいるわ」


「「!!!」」


 騎士たちの統率者とギゼフが無言で目配せをする。

 とたんに野営の雰囲気は臨戦態勢のそれに変わり、点呼や陣形、装備の確認がそこかしこで行われる。


 うち、ひとりが王子たちを探しに行くと申し出たとき、ぱっとティナが頭を上げた。ギゼフの腕のなかから憂えた顔を出す。


 けれど瞳は青く燃えたち、元々の可憐な顔立ちを戦聖女(いくさせいじょ)らしく彩っていた。

 その場の全員の視線が集まる。

 ティナは、はっきりと宣言した。


「アダン様とルーク、ウィレトの居場所はわかります。私が行くわ。あなたがたは、ここで迎撃と伝令の準備を」

「「「「はっ!!」」」」



 ――ギゼフひとりを伴に、そうしてティナは駆け出した。




   *   *   *




「ここから王都は一日分の距離だ。よく、そんな遠くまで」


 驚くアダンに、ティナは苦笑する。

 セレスティナだったころは、これくらい普通にできた。それが、ギゼフの錫杖のおかげでちょっとだけ戻ったに過ぎない。


 ティナは、続けてふわふわと浮遊する小さな聖獣に確認した。


「カーバンクル。あなた、少し前から王都に結界を張ってくれていたわね。複数方向からのスタンピードに、どれくらい耐えられる?」

「んー。もとは、きみの従者くんを警戒したアダンのお願いで張った名残だから。ごめんね、あんまり持たないかも。ボクの力の核は神剣ファルシオンなんだ。神剣が移動すれば守護の力も弱まる」


 「! そうだったのですか」


 やや狼狽えたアダンが、しまった、という顔で口元を覆った。


「まずい。都の防衛は貴方の結界を当てにしている。これは私の采配ミスでした。急ぎ伝令を」

「それがいいね」


「……」

「ティナ?」


 黙り込んだティナに、それまで自身も口をつぐんで経過を見守っていたルークが、そっと呼びかけた。

 ティナは、ぐるぐると定まらない思考を必死に宥めて勇者の青年を見つめ返す。「なに? ルーク」


「えーと、あのさ」


 ルークは非常事態に似つかわしくない通常運転で、しかし、素早く宙に浮いたカーバンクルの尻尾を掴んだ。


「ぴぎゃッ!?!?」

「考えたんだけど。『三方向から』って言ったな? やりようによっては全部食い止められるかも。王都まで攻めさせずに」

「え」


 一同は固まって新米勇者を眺める。ウィレトですら、ぽかんとしていた。

 ルークは四名と一匹の視線を一身に集め、それでも動じなかった。


「作戦はスピード重視。王子、一番の駿馬を貸してくれ。俺とティナ、カーバンクルで魔物の群れを全部足どめしてみせる。あと、地図貸して。殲滅部隊の編成は王子、あんたに任せる」





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