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合同訓練

 王立騎士団から剣技に優れた若者を十人選出して、近衛騎士団に送り込んだ。

 馬上で槍を操るには強靭な肉体を必要とするため、あまり幼いうちから練習をすることは難しい。そのため、槍術に関して若手騎士の実力は大体同じようなものだ。

 だが剣技については、やはり幼少期から研鑽を積んできた者に軍配が上がる。

 十人のなかには、親が下流貴族の爵位を持っている者もおり、上流貴族の子弟の集まる鍛錬場に送られることに緊張を見せていた。

彼らが近衛騎士団で問題を起こすことはないだろうと思われた。

 問題、つまり近衛騎士団を侮るような態度で臨み、ふたつの騎士団の対立を表面化するような事態を起こすことだ。

 波風を立てない、だけでは意味がない。

 彼らは年嵩の騎士達に「ぼこぼこにしてやって来いよ」と背中を押されて送り出された。

 王立騎士団の看板を背負って行った若者は、茫然自失となって帰ってきた。馬鹿にしていた近衛騎士団で、こてんぱんにやられてしまったのである。

 彼らはお坊ちゃん剣法と馬鹿にしていた正統派剣術に、手も足も出なかった。

 ホークラム騎士団長が彼らに命じた出向期間は十日間。

 若い騎士は気を取り直して二日目、初日と同じように鼻息荒く出向いて行き、再び意気消沈して帰還した。

 三日目、少しばかり元気を失くして出発した彼らは、帰隊を報告する際には、何故か目をキラキラさせていた。

「どうした、やっとおまえらの実力を見せつけてやれたか」

 期待を込めて先輩騎士が訊くと、彼らは元気に否定した。

「いえ! 今日も負けっぱなしでした!」

「……じゃあなんでそんないい笑顔なんだよ」

「差し入れをいただきました!」

 彼らが言うことには、今朝近衛騎士団の鍛錬場に向かう途中に、三人の女性が待ち構えていたという。

 ひとりは貴族の奥方で、彼女はにっこり微笑んで彼らを労った。

 王立騎士団の有望な若い方が、近衛の訓練に参加されていると聞きましたよ。

 奥方の後ろに控えていた若い女性がふたり、手に持っていた籠から手巾を取り出して配ってくれた。

 応援しています。頑張ってください。これで汗を拭いてくださいね。

「あのひと達、団長しか見てないんだと思ってました」

 若い騎士達は感涙に咽んだ。

 男達には理由がさっぱり分からないが、何故だか女性人気の高い騎士団長の信奉会の面々だとすぐに分かった。

 そういえば彼女達は、表向きは王立騎士団の支援を標榜しているのだ。

「これ見てくださいよ。おれの頭文字。ちゃんと全員の名前知ってたんですよ」

「こいつなんて手渡してくれたのが片想いの相手で、張り切っちゃって。近衛から一本取ってきたんです」

「……一本だけかよ」

 古参の騎士は呆れ顔だが、若い騎士は黙っていない。

 おれも欲しい、おまえ達ばっかりずるいぞ。明日は俺が近衛に行く!

 十人の若者は、羨望の目を浴びながら十日間の訓練参加の日程をやり切った。

 最後までやられっぱなしだったと落ち込みはしていたが、翌日から通常任務に戻った彼らの剣筋は変わった。

 弱くなっていたのだ。

 若手のなかでは選りすぐりの剣達者の者達だったはずである。彼らは全員、はっきりと動きが遅くなり、従騎士にすら負けるようになっていた。

 なんだよ、それ。なんのための出向だったんだ。

 当然、他の面々は嘲笑した。

 なんだかんだ言って、団長もお貴族贔屓だっただけかよ。所詮伯爵様のご子息だな。

 十人の評価が下がるのと同時に、ライリーの評判も下がった。

 ライリーは騎士団内の結束が弱まることに焦りを見せなかった。

 時間が空いたときには、団長直々に嘲笑の的となっている彼らの稽古に付き合った。

「つらいか」

 何度目かの立ち合いで地に伏した若い騎士に、ライリーは首を回しながら声をかけた。

 余裕な表情の騎士団長を見上げて、彼は叫んだ。

「……いいえ!」

「そうか。また来週あたり、近衛の鍛錬に参加してくるか?」

「お願いします!」

 ライリーは笑って彼に立つよう促した。

 相対して、先ほどの立ち合いと同じ内容になるよう、若い騎士の動きを誘導する。

 ライリーも騎士になってもうじき十年になる。自然に、指導に適した動きをするようになった。

 後進を育てるのだ。

 それが、合同訓練の目的だ。



 八年前に発足した『ライリー様信奉会』と『子爵夫妻を見守る会』は合併し、表向きは王立騎士団支援者の会として活動を続けていた。

 会長はロージー・ティンバートン伯爵夫人。伯爵からの資金援助もあり、ままごとのようだった会は王都の婦人会とも言うべき巨大組織に成長した。

 副会長は、ライリー様信奉会の発起人たるエイミー・スミス。彼女は貴族の出身でこそないが、父親は大隊長を務める騎士団の重鎮である。

 彼女達の人脈は国中に広がり、会に睨まれた男はキャストリカで生きていけなくなるとまで言われた。

 ある意味キャストリカ最恐とまで囁かれる支援者の会だが、前身が前身である。ライリーの頼みはふたつ返事で了承するのだった。

 

 話は少し遡る。

 ライリーは王都にあるティンバートン伯爵家を訪れていた。

 現当主であるロバートは財政長官の下に職を得て、常時王都に滞在している。ライリーはたまに兄のところに顔を出すのだが、その日は伯爵夫人に用事があった。

「ご機嫌よう、義姉上。突然の訪問をお許しください」

「ご機嫌よう。ライリー様はロバート様の弟君ですもの。いつでもいらしてくださいませ」

「ありがとうございます。……よし、今日の挨拶はここまでだ。やっぱりいくらやっても慣れないな!」

 ライリーは当主が代替わりした伯爵家でも、以前と変わらず遠慮のない振る舞いをしていた。

 兄の妻となったのが、幼馴染の女性だったからだ。気を遣う必要がないのだ。

「いつまでなさるんですか? その良識ある義弟の振り」

「振りじゃなくなるまで。ロージーは義姉になったわけだから、ケジメは必要だろう」

 ライリーは勧められる前に勝手に椅子に座ると、女主人に向かいの座るよう促した。

 褒められた行動ではないが、この場にはその不作法を咎める者はいない。

「ケジメ、ですか」

 ロージーは六年も同じことを言っているライリーに、含みのある視線を向けた。

 六年。まったく実行する気のないことが分かる年月である。

 しかしそれはお互いさまだ。ロージーも娘時代と変わらぬ気安さでライリーに接するし、夫であるロバートもそれを許している。

 だが、ライリーは必ずハリエットかアルを伴って訪問するし、ロージーも夫不在の際には、侍女か従僕を同席させる。これが彼らのぎりぎりの良識だ。

「ああ、エイミーありがとう」

 澄ました顔で茶の用意を運んできた侍女に、ライリーは気軽に声をかける。

「いえ」

「ロージー、侍女殿に従者の相手を頼んでもいいかな?」

「もちろん。エイミー、従者の方のお茶のご用意もこちらに。あなたの分もね。ちゃんとおもてなしをして差し上げるのよ」

「かしこまりました」

 すっかり侍女として教育されたエイミーは、別人のように楚々とした仕草で一旦部屋を出た。

 その姿を見送って、ライリーはわざとらしく声をひそめる。

「ロージー。あれ以来、エイミーをくれと言ってくる男はいないのか」

 伯爵夫人も付き合って声を落とす。

「それが先日また別のお話が来たんです。まったく、断るのもひと苦労なんですから」

 主人達の聞こえよがしな会話に、アルは無表情を保って後ろに立っていた。

「それは早いところ婚約だけでもしないと心配だな!」

「そうですよ。エイミーの恋人は何を考えているのかしら」

 アルは無言のままである。話しかけられていないのだから、聞こえない振りをするのが、従者としての常識的な態度なのだ。

 ライリーがわざわざ後ろを振り返ってアルの表情を確認する。

 変化のない従者の顔に軽く舌打ちしてから、彼はようやく本題に入った。

「ロージーは王立騎士団支援者の会、とやらの会長、で合っているか?」

 これまで正面切って確認されたことのない話題に、ロージーは目を見張った。

「はい」

「……あっさり頷くんだな」

「事実ですから」

「……よし。では会長に手助け願いたいことがあるんだが、相談に乗っていただけるだろうか」

 思いがけない用件に、ロージーは力強くうなずいた。

「もちろんです! なんでもおっしゃってください!」

 その勢いにライリーが軽く身を引いたところで、エイミーが再び入室してきた。

「エイミー! あなたもこちらの席に座りなさい。本業のお話ですって!」

 本業なのか。ライリーとアルは、心の中だけで突っ込んだ。

「まあ奥さま、そうだったんですか。では騎士団長様、わたくしもご同席させていただいてもよろしいでしょうか」

「ああ。もちろん。アルも……」

「僕はこちらで結構です」

「いいからこっちに来い。若手のことはおまえのほうが詳しいだろう」

「若手の話ですか?」

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