表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/86

 騎士とは、教会が荒くれ者に教えを授け、宗教戦士として生きる意味を与えた存在である。

 彼らは神への献身、弱者の保護を責務とし、異教徒を排斥する戦を正当とした。

 歴史の狭間にほんのひととき存在したキャストリカ王国の騎士団は、小規模な組織であることを幸いとし独自の進化を遂げた。

 王家に忠誠を誓う騎士に社会的地位を与え、親が手を焼いた悪童にも実力さえ伴えば居場所を与えた。


 そんな騎士の国と云われたキャストリカ王国は、ひとりの騎士によって滅ぼされた。

 バランマス王国と名を変えた国の騎士は己の領地と爵位とを持ち、それを与えた新しい王に仕えることを選んだ。

 キャストリカ最後の騎士団長はその道を拒んだ。

 彼は新しい王の引き立てには目もくれず、己の領地に帰り、そこで私設騎士団を興した。

 それでも彼は、新しい王に敵対する道を歩むことはしなかった。

 国の危機には必ず自らの手で育てた騎士を率いて駆け付け、新しい王と肩を並べて戦った。


 彼が新しい王の前で膝を折らなかった理由のひとつに、キャストリカ最後の国王の存在がある。

 国が失われたことは、主君を変える理由にはならない、と新しい王にだけ彼はそう告げた。

 新国の隅でひっそりと暮らす主君の屋敷を、彼は年に一度必ず訪れ、拝謁を願い出た。主君の生誕日を祝うため、献上する贈り物を携えて行くのだ。

 彼は騎士道の教えにある臣従の義務を放棄することをしなかった。

 老年に差し掛かっていた彼の主君が新国で生きた期間はそう長くない。


 主君を喪ってからも、彼は新しい王に剣を捧げることはなかった。

 それは、かつての仲間にひざまずかれる友の心を慮ったからだと言う者もいた。

 国内で不利な立場に追いやられることになろうとも、自分ひとりくらいは孤独な友と最後まで対等でいてやろうという、彼なりの思いやりだったのかもしれない。

 彼は年に一度開かれる馬上槍試合に出場し、初戦の勝利だけは妻ではない女性に捧げるようになった。

 王太子の婚約者である小さな姫君だ。

 毎年彼は王都に到着して最初に王宮の片隅の屋敷を訪ね、主君の後継夫妻に挨拶をする。その年の馬上槍試合での最初の勝利を、彼らの娘に捧げるのだ。

 小さな姫君は初めは驚き、婚約者の母の後ろに隠れてしまったが、翌年からはきちんと用意をして観戦の席に臨むようになった。

 恋人ではない騎士に勝利を捧げられた乙女が、キスの代わりに差し出すささやかな装飾品だ。彼女は毎年、その一年の間に身に付けていた飾り紐を用意し、祖父王に仕える騎士に授けた。

 それを受け取った彼は次の試合からは手首に飾り紐を巻いて戦った。

 次に得た勝利は姫君に芝居がかった仕草で頭を下げた後で、例年通り愛する妻に捧げる。

 一連の流れが、毎年繰り返された。

 あからさまな当て付けだが、みなが不思議と温かい目で見守った。

 それは、彼の行動を庇う騎士が、おどけた仕草で後に続いたからかもしれない。

 数年後から同席するようになった王女にも同様にする騎士も現れ、初戦の勝利は幼い少女に捧げるのが微笑ましい行事となった。


 彼がその生涯で仕えた主君はふたりだけだ。

 最初の主君が新国の隅でその生涯を終えた後、しばしの年月が経ってから姫君が産んだ男児を、彼はふたり目の主君と定めて剣を捧げた。

 


 彼の傍らにはいつも、静かに微笑む妻の姿があった。

 夫妻は領地で穏やかに、とは言いがたい騒がしい毎日を共に過ごした。

 時には些細なことで言い争うこともあっただろうか。

 それでも翌日には揃って領民の前に姿を見せた。

 伯爵が戦場に立つ間は、夫人が留守を守って夫の帰りを待つ。

 そんな日々を繰り返す彼らの恋物語は、彼らの知らぬ間に唄になり芝居になっていたという話だ。

 幼い頃に繰り返し読んだ騎士道物語の主人公として夫が登場することを知ったら、彼女はどんな反応をするだろうか。





 騎士とは強き者である。

 己の信念をもって、自ら強者たらんと志した者である。

 力には責任が伴う。強者は強者の理に生き、その責を全うする義務がある。

 強者は弱者のために在る。

 騎士は貧者を救い、未亡人を助け、孤児を守る。

 彼らの守る道は、ともすれば女性蔑視に繋がりかねない思想である。

 現代においては、困難を極める道でもある。

 それでも、どれだけ時代が移り変わろうとも、少年は弱きを助け強きを挫く騎士道精神を持つヒーローに憧れ、少女はヒーローが目の前に現れる日を夢見るものだ。


 多くの人が自らの息子には願ってしまう。

 騎士たれと。

 それゆえ人は、幼い我が子に言い聞かせる。



 小さい子を虐めたらダメ。

 女の子には優しくね。

 弱い子は守ってあげて。

 それができるひとが一番強くてかっこいい。

 あなたは強くて優しい大人になってね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ライリーとハリエットの話はこれでおしまいです。


幸せな結末まであと一歩のところで終わってしまったアルとエイミーのその後を描いた

番外編『王国恋話』投稿しました。

よろしければそちらも覗いてやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 完結お疲れ様でした。 展開が読めなくてハラハラして読ませていただきました。 面白かったです。 ライリーが一時期ハリエットから手を離そうとしたところは、本当ドキドキしました。 エベラルドが主人…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ