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それぞれの新しい道

 キャストリカ王国王立騎士団は、バランマス王国の下で、そのままの形では存続しない道を選んだ。

 彼らは巨大な帝国を敵にまわした。

 いつまた攻め込まれるか。それは明日かもしれないし、一年後、五年後かもしれない。

 来たるべき日に備えて、騎士団の在り方を変えるのだ。


 帝国との国交安定化を図るのはエベラルドと政治家の仕事だ。彼らは同時に、近隣諸国に軍事同盟を呼びかけ、力を合わせて帝国の蹂躙から自国を護るすべを模索する。

 エルベリー公太子妃となるべく旅立ったハリエットの従妹も、己の役割を理解して、従姉に似た美貌に微笑を浮かべていた。

 エベラルドは初対面の彼女に再従妹(はとこ)姫と呼びかけ、エルベリーからの使者の前で彼女の結婚を寿いだ。

 生まれながらの貴族である彼女は強かな笑顔を見せ、彼女が異国で大事にされるための言祝ぎを受け取った。

 彼女は不幸になりに嫁くのではない。

 この時代に生まれた貴族婦人の手腕でもって、婚家で己の地位を確立し、強くしなやかに、美しく咲き誇る人生を掴み取るのだ。

 バランマスが王家に近しい存在として彼女を大事にする姿勢を見せている限り、彼女は異国エルベリーでバランマスの力になってくれるはずだ。

 とはいえ、過信は禁物ですよ、というのがウィルフレッドの言葉だった。



 ウォーレンは王宮の隅の屋敷と騎士爵とを賜った。

 彼はそこで家族と暮らし、王都に残る騎士団の団長を名乗ることになる。

 人生設計になかった大役が手元に降ってきて、胃が痛い、と時折妻に零す姿を娘に目撃されている。

 仕立屋の息子だった頃からの付き合いの妻は、大きな背中をさすって慰め、励ましてやるのだ。

 王都の下町で餓鬼大将の名をほしいままにしていた仕立屋の息子は、騎士団の門戸を叩いてすぐ、自分が井の中の蛙であったことを知った。

 そこは自分以上に無茶苦茶な、強い連中ばかりで溢れていた。自分が暴れん坊なんてとんでもないと思った。自然と彼は、騎士団における常識人、面倒見のいい兄貴分、むしろお父さん、の役割を当てがわれるようになった。

 彼は当時遠巻きにされていた巨大な少年に物怖じすることなく声をかけ、王都を連れ回した。長じてからも歳下の少年の面倒をよく見て、特に苦労している様子の少年にはさりげなく手助けしてやった。

 そんなウォーレンだから、史上最年少の騎士団長誕生に際して、やっぱ副団長(守り役)はお父さんしかいないか、と推されるのを周囲の人々は当然のことと見ていた。

 彼と共に王都騎士団に残るのは、引退を視野に入れ始めたデイビスと、俺は元々繰り上がりで大隊長になっただけだから団長は無理だ、と手を降ろしたニコラスだ。


 アルはウォーレン騎士団長の下で、新米騎士として修行を積む。

 彼は上官の娘と結婚式を挙げた後も官舎の部屋で寝泊まりしており、仲間から可哀想なものを見る目で見られている。

 先輩騎士は、そんなとこまで元主人の真似をするなよ、と笑って言った。

 アルはそれに対して、一緒にしないでください、妻とはちゃんと仲良くやってます! と返した。

 では何故一緒に暮らさないと訊かれると、だって彼女、まだライリー様のこと忘れられないんですよ、待つしかないじゃないですか……、と落ち込んでしまう。

 同情した先輩騎士に娼館まで引き摺って行かれそうになるくだりまで、元主人と同じだ。

 浮かれる新婚騎士への洗礼をアルが受けるのは、まだ先の話になりそうだ。



 マーロン、ロルフ、ピートの三人は、それぞれ砦のある領地と一代限りの称号騎士爵を賜る領主となった。

 彼らも領地経営を学ぶ傍ら、己が領地で騎士団長を名乗る。

 彼らの大隊に所属していた騎士は、勤務地の希望がある者は異動願を出し、それがない者はそのまま上官に従い新天地で暮らしていくことになる。

 その大規模な引越しには、彼らの家族もついて行く。

 これまで騎士だけで暮らしていた砦で、彼らの妻や子も働き口を得ることが許されることになった。

 最初は近隣の村にも協力を仰いで土地を開墾し、急に増える食い扶持を賄うための新しい村を作っていくのだ。

  


 同じくザックも、故郷アドルフに近い領地で騎士団長を名乗る。

 もちろん、それには歳の離れた妻と幼い娘も同行する意向を示した。

 本人も周囲もその資質を疑問視するのに苦笑して、サイラスが目付役としてついて行くことを申し出た。


 サイラスはこの話が出た当初は難色を示していた。

 影でこっそりライリーに、ティンバートン伯爵家に仕えさせてもらえないだろうか、と相談していたのだ。

 妙にもじもじしている大男を訝るライリーに、王宮に近づかなくなったヒューズが笑って教えた。

 ライリーの母親に惚れたんだろ。あそこまでサイラスの理想を体現した、でかくて強い女性がこの世に存在するとはな。遅咲きの初恋を応援してやれよ。

 できるか!

 というのがライリーの答えだ。

 父は健在です。サイラスに決闘を申し込まれたら、その場で降参するしかないような父なんですよ。諦めてください。てかサイラス、三度も結婚しといて可愛い息子もいて、今更初恋とか何言ってんですか!

 分かりやすく落ち込む大男を憐れんだハリエットが、そっと慰めていた。

 身分の高い婦人に愛を捧げるのも騎士道のひとつなのでしょう。年に一度、シエナ様にご挨拶できるよう取り次いで差し上げますから。

 天敵の弱点を掴んだハリエットの顔は完全に面白がっていたが、喜色を浮かべるサイラスは気づいていない。

 正式な役が付くわけではない彼は、普段は教会が運営する孤児院の手伝いでもするか、と新天地での生活について息子と話し合っているところだ。

 子ども好きなサイラスにはぴったりだ。ただし、世話をされる子どもがその威容に慣れるまでに、どのくらいの時間がかかるかは分からない。



 先の戦で、多くの騎士がその命、もしくは騎士生命を絶たれた。

 これから急いで、新しい騎士を育てることが、バランマス王国の急務となる。

 それを解決するために、ライリーが作成した提案書の内容が、騎士団の分割である。

 まだ全国には、騎士に相応しい資質を持つ人材がたくさんいる。

 本拠地を王都に限定して集めるよりも、もっと彼らが志願しやすい環境を。そのために騎士団の本拠地を各地に点在させる。

 そこで一定以上の年齢に達した近隣の男子を集め、従者として教育を施す。希望者はそのまま従騎士になり、そのなかで資質を認められた者を騎士とする。

 希望しない者にも定期的に訓練に参加させ、予備役としての準備を怠らせない。

 働き手を失う村が困らないように、農繁期には帰省させればいい。

 王立騎士団時代と同じだ。鍛錬ばかりに明け暮れるのではなく、食い扶持を自分達で用意しながらでないと、生きていくことは不可能だ。

 小国が帝国に抗うだけの武力を維持するためには、あらゆる努力をし続けなければならない。

 反発は大きいかもしれないが、彼らが生きていくための手段である。躊躇っていれば、新興国に存続の目はない。




「ライリーに騙されてる気がするんだが」

 執務室で書類の束を見下ろし、エベラルドが長く息を吐いた。

 ウィルフレッドがいつもの笑顔でそれを見ている。

「気のせいですってば」

「……これ実行して、あいつらの誰かが叛乱でも起こしたら、ナルバエス王家(うち)は終わりじゃないか?」

「あ、気づいちゃった」

 腹の中を見せない青年だ。

 エべラルドは宰相の美貌を眺めやった。


 彼もいろいろと屈折している男だ。

 エべラルドが戦死することがあれば、そのときは王配としてアデライダを支えてやってくれと頼むと、ウィルフレッドはいとも簡単に頷いて見せた。

 近くで接する機会が増えると、彼の本質が見えることもたまにはある。

 侯爵家の後継者としての教育を受けていた自分が未熟だったせいで、姉にすべてを背負わせてしまった。ロブフォードの本当の主人はハリエットだ。

 ウィルフレッドは今でもそう思っていて、だから未だに結婚して子をもうけることを拒否している。そうすれば、ロブフォードをハリエットの子のものにすることができるからだ。

 姉が拒否するならば、せめてその子に、姉が受け取るべきだったものを遺してやりたい。

 もし本当にエべラルドが命を落としていたら、王配となったウィルフレッドは表向きはアデライダを丁重に扱いながら、ソフィアが次期王妃となるよう画策したのではないだろうか。

 甥のブラントにロブフォードを、姪のソフィアには王妃の座を。

 彼が考えそうなことだ。

 

「ざけんなよ。これあんたの入れ知恵だろ、宰相さんよ」

「やっぱりバレますよね」

「馬鹿にしてんのか。……で、これはつまりあれか。ライリーからの、見張ってってから、アホなことしやがったらいつでも潰してやるぞっていう、俺への牽制か」

「みんなで見守ってるから頑張ってねって激励と思っておきましょうよ」

「…………手を貸したってことは、侯爵も賛成なんだな」

「単純に戦力を増やすための策としては、なかなかの妙手かと」

「そんな上手くいくのかよ」

「現在の大隊長が現役の間は大丈夫でしょう。問題はその次の、新しい世代の騎士の時代ですね。それを解決するために、年に一度は王都で開くんでしょう。馬上槍試合(トーナメント)。そこであなたが力を見せ続け、若い騎士の崇拝を集める」

 簡単に言ってくれる、とエベラルドはまた溜め息をつく。

 彼の肉体はすでに最盛期を過ぎている。

 騎士団に所属していれば維持し、高め続けることもできるかもしれない武力も、王様家業の片手間では衰える一方になるのが目に見えていた。

 今後、一日にどれだけ剣を握ることが許されるのだろうか。

「じゃあ俺の鍛錬時間を確保するのがあんたの仕事だ」

「違いますよ。これからは僕じゃなくて側近を置いてください。彼なんていいんじゃないかな」

 ウィルフレッドが何気なく水を向けたのは、壁側に立つマッティアだ。

 彼は表情だけで自分ですか、と問うてくる。

「彼ならあなたの事情もそれなりにご存知のようだし、義兄上との仲も取り持ってくれるんじゃないですか?」

 相変わらずなんでも知っている宰相だ。

「検討しておく」

「あ、それあんまり多用してると信用を失いますから気をつけてくださいよ」

「そうだな、検討しよう!」

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