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仲間と最後に

「……なんだ、エリオの奴だけ小さいな。負けて泣くんじゃないか」

「泣きゃしないよ。……多分」

 両親の心配をよそに元気に走り出したエリオドロはやはり、年長の子にはついて行けず焦って転んでしまった。

「ほら見ろ。差がありすぎなんだよ」

「! ちょっとエベラルド⁉︎ 何する気よ!」

 突然走り出したエベラルドに驚いてアデライダが声をあげる。

 子ども達は歳下の子の泣き声に、慌てて駆け戻るところだ。

「あの野郎」

 ライリーも顔をしかめて後を追った。

「……仕方ないな。ザック、先に行け」

「りょーかい」

 サイラスとザックも立ち上がり、ふたりに続いた。


 広場の中央では、少年四人が仕切り直しをするところだった。

 よーいどん、で一斉に走り出した子ども達の後ろから、その可愛らしい空気をぶち壊しにする闖入者が現れた。

 走る速度を落とさないまま、六歳のエリオドロの両脇を掬い上げたのはエベラルドだ。彼はそのまま息子を小脇に抱えて決勝線を目指した。

「おとなげないぞ!」

 周囲の野次を物ともしないエベラルドに続き、ライリーもブラントを抱え、全力疾走を続行した。

「ライリー様頑張ってくださーい!」

 会場に一際大きな黄色い歓声が響き渡る。

 ライリーは慣れた態度で、片手を挙げる動作だけでその歓声に応えた。

 それぞれ息子を抱える彼らを追い越して、身軽なままのザックが先行する。

 大人がひとりで走ってどうする、とライリーとエベラルドが目を剥くが、その視界に空飛ぶ少年の姿が映った。

 テオだ。

 父サイラスに投げられた少年は、先行する兄ザックに受け止められた。そのまま決勝線に向かって一直線だ。


「アルー‼︎ アンナ(ねえ)さんの息子はあんたの甥っ子も同然でしょー!」

 エイミーの声が届く前からすでに足を踏み出していたアルは、たまたま隣に立っていた騎士を道連れに登場し、ビリーの膝裏を攫った。

「あっいじめっ子! まああんたでもいいや、しっかりやんなさいよ!」

「うっせー馬鹿エイミー!」

 ビリーの背から脇に腕を通した若手騎士が叫び返す。

 アルの体格では八歳の少年を抱いて走ってもたかが知れているため、助っ人を頼んだのだ。

「大丈夫、こいつもう僕の舎弟だからー!」

 元いじめられっ子のアルは大声で返しながら必死で先輩騎士の背中を追った。みるみるうちに距離が縮まり、とうとうビリー組が二位に浮上する。

「誰が舎弟だくそチビが!」



 何これ馬鹿みたい、と呆然としたアデライダだが、すぐに気を取り直してエイミーの横に並んだ。

「楽しそうだね。あたしもやりたいな。きゃーライリーさまーって言えばいいの?」

「うんそう、大体そんな感じ」

 近くにいたハリエットが微妙な顔になった。

 歳若い王妃さまは、市井の娘に混ざって観戦を楽しんだ。

 だが、腕の中の娘が会場を指差し首を傾げるのに気づいて、すぐにハッとした顔になった。

「とーしゃ?」

「! うん、そうだね。お父さん。ごめんね、お父さんとお兄ちゃんの応援しよっか」

「う?」

 無垢な瞳に罪悪感にかられた見守る会の会員は、すぐさま二手に分かれた。

「エベラルド頑張れー!」

「エベラルド様頑張ってー! エルバ様も応援してますー!」

「ライリー様負けないでー!」

「ハリエット様がかっこいいって言ってますよー‼︎」

 特に何も言っていないハリエットは、すっかり慣れた様子でその大騒ぎを眺めていた。

「ちょっと、エイミーはアルを応援しなさいよ」

「えっ……」

「やだあ、この子かお真っ赤! 婚約者でしょ!」

 きゃははは! との笑い声に包まれたエイミーは口を引き結ぶ。

「……エイミーさん、わたしも一緒に言ってあげますよ。せーの、でアルがんばれー、ですからね」

「あ、アンナさんまで」

「ほら、せーの……」

「ってアンナさんそれ絶対言わないヤツですよね!」


 彼女達が騒いでいる間に決着がついてしまったようだ。

 一位は力技で距離を稼いだテオ組、二位は若さというより二馬力がものを言ったビリー組だ。騎士団長親子は三位、国王親子は僅差で四位という結果になった。

 忖度する気ゼロなのがよく分かる結果である。


「やっぱしばらく寝てたからかな。エベラルドの奴、十年前より怪我の回復が遅いってぐちぐち言ってたよ」

「同年代から言わせていただくと、三十過ぎたらやっぱり違いますよ」

 ハリエットが重々しく言うと、隣のアンナも頷く。

「うっそ。ハリエット様がおっしゃっても説得力ないですよ。十年前とちっともお変わりないじゃないですか」

「あら、本当?」

 嬉しそうな笑顔になるハリエットに、アンナが冷静に突っ込む。

「奥さま、分かりやすいお世辞です」

「分かってるわよ。喜ぶくらい許して」

 ハリエットがむう、とむくれた。

 そんな彼女の姿に、若い娘達がハリエット様かわい〜可愛いハリエット様も素敵〜と喜んだ。

「アンナさん、本気ですってば。いつまでもライリー様が夢中なのも仕方ないってみんな言ってますよ」

「……あなた達はいいわよね。旦那様が歳上だから、いつまでも可愛がっていただけるわ。わたしは努力してなきゃいけないのよ」

 ハリエットは今度は物憂げな表情で溜め息をついた。

 アデライダが首を傾げて疑問に思っていたことを口に出した。

「ライリーが一方的にベタ惚れなんだと思ってたけど、意外とそんなことない?」

「そうだよアデラ! おふたりの馴れ初め聞きたくない? とっても素敵なの!」

 興奮気味のエイミーにアデライダもノリを合わせた。

「聞きたい聞きたい」

「あたしはアデラ様とエベラルド様のお話も聞きたーい」

「あたしも! 絶対誰のものにもならない難攻不落の美形がアデラ様にだけ優しい顔してるの! すごい衝撃だったよ」

「でも今はほら、ソフィア様の番! ちっちゃいハリエット様可愛いい!」

「きゃー王女様もソフィア様も頑張ってくださーい!」



 きっとこれが、仲間とする最後の馬鹿騒ぎになる。


 ライリーはブラントを抱えたまま、ハリエットに手を振った。

 歓声を浴びながら完走した女の子組と交代で、今度こそ、とブラント達が再度走者の列に並んだ。

 今はまだ、騎士が同じ立場でものを言っても当たり前の顔で受け止めるエベラルドも、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。

 彼はこの国の王だ。


 あいつの人生はそう楽しいもんじゃなかった。なのにそれすらも全部捨てさせちまった。お嬢さんとは気が合うみたいだ、これからも仲良くしてやって欲しい。

 エベラルドはエイミーにそう言って頼んでいた。

 が、それはそう簡単なことではない。

 エイミーの身分で、一国の王妃と友人関係を結ぶのは容易なことではないのだ。

 ティンバートン伯爵夫人ロージーに王妃の近しい友人の立ち位置を担ってもらい、その訪問に侍女エイミーが付き添うという形をとることになった。

 そのためこれからロージーは子ども達と一緒に、夫ロバートと王都で暮らすこととなる。

 妃の友人を用意し、今後の助けになってもらう。


 エベラルドは当初その役割をハリエットに頼もうとしたが、彼女の夫からの妨害に遭って断念した。

 ライリーとハリエットは、準備が整ったら王都を去ると宣言している。

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