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それぞれの戦

 すぐそこに戦の最前線がある。

 その後方で大騒ぎしたのちに騎士団は真剣な表情で情報を集約し、援軍を含めた作戦を練り直している。

 男達の中心で話をまとめる息子の姿をしばらく眺めてから、シエナは周囲を見回した。

 前騎士団長と前副団長とで、国中からかき集めてきたのだろう。シエナと同年代のいかつい男達が生き生きした表情でうろついている。

 平時であれば目を合わすことを避けて家に逃げ帰るべき光景だが、若い娘達は安堵の表情を浮かべていた。

「おお、ウォーレンとこのじゃじゃ馬娘か。でっかくなったなあ」

「おじさまはお腹周りがご立派になりましたね!」

「やかましいわ」

「あのガキ共がよくもまあこんなところまで」

 老騎士達は強面を緩めて、親戚のおじさんのような心境を吐露した。

「エイミー。わたくし達はそろそろ退がりましょう。これ以上居座っては却って足手纏いになってしまうわ」

「はい、大奥さま」


 作戦会議を終えたサイラスは、娘達を見守る騎士の姿に再び目を向けた。

 横から手柄を奪う形になってしまったが、娘達を背に槍を構える姿勢は、さぞかし名の知れた戦士なのであろうと思われた。しかし、三十年を騎士団で過ごした彼の記憶にもない人物である。

 サイラスが赤毛の騎士を見る様子に気づいたエイミーが、姿勢を正し口調を改める。

「サイラス様、こちらはライリー様のお母さまです。前ティンバートン伯爵夫人シエナ様でございます」

 旧知の娘の紹介に、サイラスは慌てて膝を突いた。

「この度は我々の落ち度により、貴きお方のお手まで煩わせてしまいました」

「いいえ、前騎士団長殿。息子をあそこまで育てていただきましたこと、母として感謝しております。どうかあなた方に、今後も変わらぬご武運を」

「はっ」



 敵の背後から弱点を突く奇襲作戦は失敗に終わった。

 差し向けた少数の精鋭部隊は、殺されたか、捕われたか。

 焦る師団長は敵の本陣を見て、そこにある光景に何度目かの絶望感を味わった。

「なんだあ、ありゃあ」

 騎士は馬に乗って戦う者である。だがなかには歩兵として戦う者もある。

 バランマスの騎士のなかにももちろん歩兵はいる。

 これまでにもいたが、まさか巨人を隠していたとは。あれは反則ではないか。

 馬上からでも脅威を覚える大きさの男が何人も、槍や剣、戦斧など思い思いの得物を手にこちらに向かってきていた。



 片腕を失ったサイラスは四人の兄とその息子、従兄弟やその子、更に下の世代の親族を引き連れて、敵に向かって悠然と歩いた。

 見た目だけで戦意を喪失した帝国兵は、アドルフ一族の敵にはなり得なかった。

「あそこの家はなあ」

 訳知り顔のザックが折れた槍を投げ捨て、替えの武器を運んできた従騎士相手に解説する。

「品種改良みたいなもんだ。でかい男の嫁はでかくないと身体が持たないって、体格重視の縁談を繰り返してな。出来たのがあの前騎士団長だ」

 怯えた表情の少年は、巨人の勢いに肩を跳ねさせた。

「すげえだろ。あのひと達がいるから、北の国境が侵されたことはないんだ」

 ザックは再び馬首を敵に向け、誰に言うでもなく独り、己の心を強くする言葉を呟いた。

「あれが俺の英雄だ」


 ザックは英雄の故郷の人間として、その名に恥じない戦いをしなければならない。

 そしてエベラルド。

 彼が敵と定めた巨大な帝国を倒す、ザックはその一助となるのだ。

 それはもうひとり、ザックの英雄になりかけている赤毛の騎士の望みとも一致する。

 騎士団の門戸を叩いて二十年、これほどまでに心躍る戦場があっただろうか。

 ザックは常に貼り付けている軽薄顔を封印し、かっと目を見開いた。

 幹部の首級を狙って群がる敵を、片っ端から蹴散らしていく。

「ぉぉおおああああああっ」

 ザックは戦場を駆けた。




 後のことは、アデライダとグリフィス、ウィルフレッド、恐ろしい女ハリエットに任せてきた。

 エベラルドはもう、戦場で散っても問題ない。


「帝国の動きに気づいて、バランマスとキャストリカ、両者の戦力を無駄に消耗することなく決戦に持ち込んだまでは上々です」

「……お褒めに預かり光栄です」

「エルベリーの要求を丸呑みしたのは下策。彼の国は、今後はそれが当然として掛かってきますよ。後継の婚約に条件を付けようとなさった奥さまのほうがよっぽど優秀です」

 アデライダの出した条件を鼻であしらったハリエットの言葉に、エベラルドは顔を引き攣らせた。

「国内の情勢が落ち着いたら、エルベリーに向かう従妹を国中の祝福と共に送り出していただきます。彼女は、次期大公の唯一の妻となるのですから」

 エベラルドはだんだん頭が痛くなる心地になってきた。

「俺にも分かるように説明していただけますか」

 ハリエットは飲み込みの悪いエベラルドを見下す視線をひとつくれてやってから、改めて口を開いた。



 背が高く髪が短いハリエットのことを、女だと気づく者はいなかった。わざと汚した金髪はくすんで輝きを失い、口に含んだ綿は整った顔を左右非対称に歪ませた。

 薄汚い小男にしか見えなくなった彼女は、サイラスと合流してすぐ王都に向かった。そして悪目立ちする彼を王都の手前で待たせ、まずウォーレンの実家を訪ねた。

 彼女の姿に驚愕したウォーレンは、慌ててテオとビリーを連れて郊外で待つサイラスのところまで走った。

 その後は既に語ったとおりだ。

 彼女はサイラスのみを供にエルベリーに赴き、賠償金を強奪するついでに脅しをかけた。

 過去にわたくしに求婚してくださった方々に、助けを求めても良かったのですが。

 各国の国主含む要人の名を脳裏で列挙したエルベリー大公は、ハリエットの要求を呑んだ。隣に控える糟糠の妻の哀しげな視線にもいい加減耐えられなくなったところだった。

 エルベリーは、新しい国でも権勢が衰えそうにないロブフォード侯爵家縁の姫を、公太子の(つま)として迎えることを約した。

 その場で誓約書が交わされた。

 かつてキャストリカの薔薇と呼ばれ持て囃された政治家は、供の巨人と共に多額の賠償金と婚約誓約書とを携えてエルベリーを去った。

 大公はその無防備とも言えるふたり連れに、暇を持て余した傭兵が営む野盗集団の存在については敢えて言及しなかった。そのくらいの腹いせは許されるだろうと思ったのだ。

 ところがハリエットは、野盗に目を付けられることを承知の上で行動していたのだった。

 そうして賠償の責任を記した書面のみを手に出国したふたりは、二千の戦力を手に入れて帰ってきた。

 土地勘のあるアンナは自分の担当箇所を急いで廻った後、サイラスの担当箇所に向かっており、小屋で再会することができていた。

 彼女にはウィルフレッドがエベラルドの考えを読んで仲間となり、国を残す道を模索しているのであろうことを伝えた。

 王都で聞いたライリーの暗殺計画、これ見よがしに家族にまとわりついていた視線は、おそらくウィルフレッドが用意したものだ。

 彼はエべラルドの計画に乗り、その近くで計画を都合よく誘導した。ハリエットをエルベリーにやるつもりはなかったのだ。

 ウィルフレッドのことは、家のことを一番に考えるよう言い聞かせて育てた。両親亡きあとも姉や使用人に愛されて育った彼は、お家第一と見せて、案外情で動くところもあるのだ。

 姉には自由で幸福な未来を、義兄を始めとする騎士団が無駄に命を散らすことのないように。

 帝国という強大な後ろ盾を手にしたバランマスに勝つ方法はない。ウィルフレッドが悪役を引き受け王家を裏切れば、帝国に蹂躙される未来は回避できる。

 まんまと弟の思惑に乗ったハリエットは、前騎士団長という協力な護衛を恃み、バランマスに身柄を拘束されずに済んだ。

 少なくとも侯爵家の家令は事情を承知しているはずだ。彼と共に侯爵家の私兵を挙げる準備をするのと並行して、リィンドール公爵にも協力を請い、国中の戦力を集結させる。

 ハリエットはせいぜい派手に登城して、バランマスの勝手な行動を諌める役を担うのだ。



「わたくしが育てた弟を甘く見ないでくださいな。ロブフォード侯爵は今、帝国の中心に向かっているところです」

「はあ?」

「ここに、彼が書いた草稿があります。これを書き写して、あなたの直筆で皇帝に招待状をお書きください」

 新生バランマスの建国を祝う。親愛なる友。偉大なる帝国。

 エベラルドは草稿に使うには上等過ぎる紙を受け取り、目を走らせた。

 新しい王の名で出す、建国祝いの宴の招待状だ。

「なんだこれは」

「ウィルフレッドが新しい宰相として、必ず皇帝を首肯かせて来ます。皇帝はバランマスの国盗りの助けになればと、援軍のつもりで出兵命令を出した。とうに国盗りが為っているとは知らなかったのです。同じく何も知らない、バランマスに下った騎士団がそれを迎え撃ちます。帝国兵はそこで、騎士団の力に恐れ慄く。苦戦を強いられる帝国兵の元に皇帝からの撤退命令が届き、これ幸いと帝国兵は終戦の申し入れをしてくる」

「そんなに上手く事が」

「運ばせなさい。それが王の為すべきことです。小国には、兵を使い捨てにし無駄に血を流させる余裕などありません」

「……そうだな。帝国兵は使い捨てだ。騎士(ひと)を育ててきた(うち)が負けることはないか」

「ええ。勝つだけでは駄目、騎士団の力で帝国を圧倒してきてください」

 エベラルドは自分よりも背の低いハリエットを、仰ぎ見る心地で視線を返した。

「……あなたが王になればよかったんだな」

「まだおっしゃるの? わたくしは夫以外、」

 ハリエットは何かに気づいたように、突然言葉を途切らせた。

「何か?」

「……いえ、…………そういうことですので。わたくしの発案とは言わず、あなたの言葉で皆さまを導いてください。もう好むと好まざるに関わらず、あなたがこの国を率いていくしかないのですから」

 ハリエットの言いなりに、エベラルドは羽筆を執った。

 彼女の傀儡となる未来予想図に、そう嫌悪感はなかった。むしろそれを望みたい思いすら湧いてきた。

 これでは弟分を嗤えない。

 エベラルドが書き上げた招待状は、ハリエットの手を経てロブフォード侯爵家の伝令に託された。

 彼はこれから馬を全速力で走らせる。招待状は、帝都までの道のりに待機している複数の交代要員によって昼夜を問わず運ばれ続けるのだ。最終的には帝都で待つウィルフレッドによって、皇帝の手に渡る。

 ウィルフレッドはエベラルドの出自に早々に勘付き、そのことを事あるごとにチラつかせ、揺さぶりをかけてきた。バランマスが事を起こす前に気づき、協力を申し出てきたときには、勝ち馬に乗りたいだけだったのかと思った。

 違ったのだ。ウィルフレッドはキャストリカに生き残る目がないことを察し、それでもそのなかで最善の道を残そうとしていた。



 みなで最善を尽くした。

 後は、騎士団が最善を超える勝利を導くだけだ。

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