援軍の到着
出だしは上々だ。
ライリーは幹部と共に一度後陣に引いた。人間も馬も、休み無しで戦うことはできない。
交代で前線に出た配下が、次々と敵を薙ぎ倒し前進していく。
今のところ、大隊長以上の幹部は全員、怪我ひとつとして負っていない。エベラルドもだ。
「紅い竜の伝説は、むしろ帝国のほうに広がってるってのは本当のようだったな」
世界中の戦場を渡り歩く傭兵が、ルーファスを囲んでそんな話をしていたのだ。
ライリーが本人に確認すると、二十年ほど前に生活費を稼ぎがてら槍試合荒らしをしていたのだと面倒臭そうに言った。そこで乞われて、紛争地域に出向いたり戦争の助っ人をしたり、気の向くまま暴れていたという。
隠居の元騎士という認識しかしていなかった親族の過去に、ライリーは頭痛を覚えかけた。
気を取り直して、ならばちょっとした演出でもしてやれば、敵の萎縮を誘えるのでは、と考えた。
長い分派手な赤毛のいかつい母親を引っ張り出し、他にも赤毛の騎士を集めた。名付けて、紅竜一族集結作戦だ。非常識な親族も怖い母親も、使えるものならなんでも使って、勝機を創り出すのだ。
なんのことはない。ただ赤っぽい髪色の人間で固まっていただけだ。司令官らしき人間は、驚愕の表情でシエナの長い赤毛を見ていた。
赤毛の騎士というだけで、大国の司令官にまで連想され恐れられる大叔父の過去の所業には、あまり突っ込まないままでいたい。というのがライリーの正直なところだ。
「ここからが本番だぞ。ハッタリはいつまでも効かねえ。まだ数の上では負けてんだ」
「一ヶ月耐えればなんとかなるってのは本当だろうな」
「さあ」
平然と肩をすくめるエベラルドに、ライリー達は殺気立った。
「今更何がさあ、だ。ふざけてんのか、てめえ」
胸倉を掴むマーロンの手を払って、エベラルドはこともなげに言った。
「あんた配下に政のいろはを仕込んだことあんのかよ。ないだろ」
「何を根拠に一ヶ月と」
「理解するのも諦めた。こいつの女房が言うには、あいつらは一ヶ月以内に帝国に帰って行くんだと」
今度はライリーに視線が集まった。
おまえ知ってたのか、と問う目に、ライリーは必死で首を横に振った。
「ハリエットが? なんで? なんて? ていうかいつの間に!」
エベラルドが顔をしかめた。
「おまえがアデラを連れ出してる隙にだよ。文句言うくらいなら目ぇ離してんじゃねえよ」
「戦闘中に内輪揉めをするな」
「ハリエット様がおっしゃるならそうなんだろう。もうそれでいい。喧嘩は生き残ったらにして、今は少しでも休んでおけ」
歳上の配下に退がらされ、ライリーは憮然としたまま天幕で横になった。
初日は勢い任せの大勝利を収めた。
翌日からはさすがに同じようにはいかず、帝国軍をわずかに後退させただけで終わった。
更に三日後の早朝、騎士団を大きく迂回し隠れていた帝国の少数部隊が、安全地帯に設営した救護隊の天幕を襲った。
そこには怪我人と医学の心得のある数人の騎士の他は、形だけ騎士の姿をした女性しかいなかった。
彼女達は見た目の頭数を揃えるためについて来ただけだった。初日にこれ見よがしに並んだ後は、危険の少ない救護隊で怪我の手当てをしたり、必要物資を運んだりする役を担っていたのだ。
戦闘要員から人手を割く必要がなくなるため、やってくれると助かる。断腸の思いでライリーは女性陣にも戦場に残る許可を出した。
初日以降姿を見せない女騎士に、帝国側は気づいていたのだ。
「痴れ者が!」
鋭い一喝が投げられるのと同時に、天幕に向かう帝国兵のひとりが馬から落ちた。
怪我人用の天幕の前に立ちはだかったのは、赤毛の騎士だ。
「紅竜……!」
及び腰になる帝国兵を不快気に見遣ると、その騎士は馬の腹を蹴った。
「長い間猫を被ってきたから、小手鳴らしにはこんなものでも充分かしら」
息子達が聞いていたら、ああ、虎もネコの仲間ではありますよね、と言うに違いない台詞を呟いて、竜の姪は帝国兵を狩り取るために槍を構えて突進した。
だがその槍は、それ以上活躍の場を与えられなかった。
地響きを立てて、シエナの後ろから巨人の集団が現れたのだ。
「ぉぉおおおおおおおおおおおっ」
獣のような咆哮に、天幕の中の娘達は寄り添って身を縮こめた。
シエナは眉をひそめて、己の活躍の場を奪った男達の動きを見守った。
神話の世界の巨人族のような体躯の男達が空手で帝国兵に取り付き、馬から引き摺り下ろしていく。
重装備の敵は圧倒的な体格差にろくな抵抗もできず、軽装備の巨人に騎士の命とも言うべき馬をあっさりと奪われた。成人男性と甲冑の重量に慣れた軍馬は、巨人の体重にも耐え得た。
「さすが帝国。いい馬使ってるな」
「おい、この馬は持って帰ってもいいのか」
「後で頼んでおく。戦利品はまず報告しろ」
巨人族のなかでも抜きん出て大きな男には、シエナにも見覚えがあった。味方だ。
「サイラス様?」
天幕から恐る恐る顔を出したエイミーが、帝国兵をあっさり撃退した巨人を見て目を輝かせる。
「エイミー? 何故こんなところに」
サイラスは旧友の娘の存在に驚いた。
「救護係です。あと運搬係とか色々。お役に立ちたくて」
「ウォーレンが泣いていたんじゃないか」
「今更です」
「相変わらずだな、お転婆娘」
先鋒を巨人達に譲って、後ろからやって来たのはヒューズだ。その後ろには、幾人もの騎士が随っている。
長年王宮で暮らしてきた騎士の娘には、彼らが誰なのかすぐに分かった。
年齢を理由に引退していった元騎士団員だ。そんな歳になるまでいくつもの戦場に出て、そのたびに生き残って帰ってきた猛者ばかりだ。
彼らの姿に、戦場には不似合いな甲高い声が上がる。
「ヒューズ様!」
天幕から次々と出て来た若い女性に、サイラスとヒューズは顔をしかめた。
見覚えのある顔ばかり。仲間の娘達だ。彼女達が母親の腹の中にいる頃から知っている、護るべき存在。
彼女達まで戦場に連れて来なくてはならないような戦況なのか。
「お嬢さん方、遅くなって申し訳なかったな。隠居のじじいばかりだが、女性を戦わせるほど耄碌してはいないつもりだ」
ヒューズの後ろで、引退した元騎士達がどっと笑い声を上げる。
「誰がじじいだ。まだまだ小僧共には負けねえよ」
「よく言うぜ。おまえ太り過ぎなんだよ。引退してから酒ばっか飲んでんだろ」
騒ぎに気づいて本陣から駆け付けた騎士達が、サイラスとヒューズの姿に歓声を上げた。
「団長!」
感極まったライリーは、サイラスの首っ玉にかじりついた。
「こら、今の団長はおまえだろう」
「その腕どうしたんですか〜」
「邪魔だったから切り落とした」
「さらっと怖いこと言わないでくださいよう」
サイラスは苦笑して、息子のような歳の騎士の背を片手で支えてやった。
「ずるいぞライリー、俺も俺も!」
「やっぱ団長がいないと駄目ですよお。帰ってきてくださいよう」
「ライリーじゃ締まらないったらないんすよ」
「お父さーん」
ぷっと吹き出したヒューズに、サイラスに飛び付き損ねた騎士が群がる。
「おれはお母さんにする!」
「誰がお母さんだ」
「母ちゃん、ライリーの野郎、模擬戦開始の号令、間違えて退却って言いやがったんすよ! 叱ってやってください!」
「あっおい、言いつけるなよっ」
「やっぱライリーの下とか無理っす。緊張感無さすぎて無理っすよ」
「ならあんたがやってみせろよ!」
ぎゃあぎゃあと大騒ぎする男の集団は、サイラスのひと声でぴたりと静かになった。
「やかましい! まだ戦闘中だぞ!」
「はっ」
「今ある情報をすべて持ち寄れ! この隙に作戦会議するぞ!」
「「「はっ!」」」
サイラスの号令に嬉しくなったライリーは、仲間と一緒になって元気良く返事をした。
「ライリー・ホークラム! 仕切るのはおまえだ!」




