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帰ってきた仲間

 出陣式が始まっても、アデライダはみなの前に姿を見せなかった。

 寄せ集めの軍隊の最前列中央には八百の騎士と四百の従騎士、その左右に帝国兵含むバランマス騎士が三百ずつ。次の列には四百の志願兵が並ぶ。二千の傭兵は、整列はせずにただ固まって最後尾から式の様子を眺めていた。

 エベラルドは王のための場所に立ち、大規模な出陣式に臨む戦士を高い位置から睥睨した。

 その正面に立ったライリーは、頭を上げたまま、膝も折らなかった。兄分と慕った男を真っ直ぐに睨み上げ、高らかに宣言する。


「我らキャストリカ王国王立騎士団は、これより最後のいくさに臨む!」

 彼は武張った動きで回れ右をして、配下と協力者、出陣式を見守る彼らの家族とを見渡した。

 万を超える瞳がライリーを見ていた。

「我らの国は滅んだ。だが我々は生きている、これからもこの地で生きていく! 新しい王は、我々の友を守ると約した! ならば我々は新しい王と協力し、共に敵を倒すことを躊躇わない!」

     お お !

 地響きかと錯覚するような太い応えが湧き上がる。

 ライリーは再び振り返ると、腰の剣を抜いて、切先を高いところに立つエベラルドに向けた。

「キャストリカ王国王立騎士団団長ライリー・ホークラムより、新しい王に問う! おまえに我々を従え、勝利を導くだけの覚悟はあるか!」

 ライリーの怒声に近い大音声は、その場に広く響き渡った。上官の声を聞き洩らすまいとしわぶきひとつしない騎士団はもちろん、その左右に立つバランマスの兵にも、後ろに並ぶ志願兵の耳にも、その声はよく届いた。


 冷たい風に身をすくめることなく、エベラルドはライリーを見下ろした。

 騎士団とエベラルドは敵対関係にないのだと公にしなければ、ここから先には進めないのだ。

「……ああ」

 急に声を出したため、掠れてしまったことに少し焦燥を覚え、エベラルドは口を開き直した。

「ああ。約束しよう! 新しい王に従い進めば、そこには必ず勝利がある! 新しい王は、この地が異国に踏み躙られることを許さない! 王に従え! さすれば明日からもこの国はおまえ達のものだ!」


 おまえ達のもの。

 そうだ。エベラルドは国を欲してなどいない。

 彼はこの国を己のものとしたわけではない。


     お お !

 ライリーの言葉のときと同じだけの熱量を、騎士団はエベラルドに返した。


「さて」

 エベラルドに背を向けて、ライリーはそこに並んでいた七人の歴戦の戦士に声をかけた。

「行きましょうか」

「おう」

「やっと(しごと)の時間か」



 通常の戦であれば、隊長は隊の後ろから指示を出す。

 そのため、小隊長、中隊長、と出世するごとに戦場での死亡確率は下がっていくものだ。

 戦場で大隊長、ましてや団長にまで敵の刃が届くことは、まずもってあり得ないことだ。

「最前線なんていつ振りだ?」

「どうした、ピート。ビビってんのか」

「馬鹿野郎。久しぶりにワクワクしてるわ」

「デイビス爺さん、体力持つのかよ」

「てめえの心配してろよ。ヘバっても助けてやらねえぞ」

 今回は、指示出しの心配などしない。

 これから彼らは、騎士団長の号令と共に、ただ己の目の前の敵を倒すことだけに集中し、後も先も考えず戦うのだ。

 出陣式には間に合わなかった、各地に散らばった騎士団も合流済みだ。


 最前列の真ん中にライリーが。彼が暴れるための距離を取って、ウォーレンが。彼らの左右にそれぞれ間隔を空けて、大隊を後ろに従えた隊長が並んだ。

 大隊長のすぐ後ろには、二十代から四十代の血気盛んな中隊長が控えている。

 通常とは前後が反対の、これが騎士団最強の布陣だ。

 中央の騎士団の両脇には、傭兵のなかの騎馬隊が並んだ。


「戦場で生き残るコツを教えてやるよ」

 戦慣れしないからといって、バランマスの騎士を新米扱いで後陣に配すことはしなかった。

 彼らにも同じ色の外套を着せて、王宮占拠の日から何人も退団していった騎士の抜けた穴を埋めさせた。エベラルドがそうしろと命じたのだ。

 蒼ざめた顔をしている彼らに向けて、戦場の先輩として助言してやる騎士がいた。

「強いひとにくっついてろ。あのひと達の近くにいて、補佐は無理でも絶対に邪魔はするな。そうすれば簡単に死ぬことはない」

 そんな彼らをかき分けて、早くから面頬を下ろしていた騎士が前に進んでいった。

 なんだおまえ、と言いかけた騎士は、その視線を受けて押し黙り、大人しく道を空けた。

 その騎士は開戦の合図を待つ男達の間を悠然と進み、とうとう最前列にまで出た。



 こともあろうに彼は、騎士団長の右隣に並んだのだ。

 ライリーはぎょっとしてその男を見た。

「なんだよ、その顔」

 目を丸くする弟分の顔を見て、面頬を上げたエベラルドは唇を歪めた。

「…………なんで」

「何がだよ。女子どもまで駆り出しといて、俺が出ないのはおかしいだろ」

「……それもそうか」

 エベラルドは騎士だ。

 彼が護るべき弱者の後ろに立つことなどあり得ないのだ。

 ライリーは泣きたいような、腹を抱えて笑いたいような、自分でもどんな表情をすればいいのか分からなくなった。


 こころが軽い。

 エべラルドがいるなら、騎士団が敗けることはない。

 もう大丈夫だ。エべラルドが帰ってきた。

 もう、心配することなど何もないのだ。

「髭がない」

「ムれるだろ。あれはアデラが剃れ剃れうるさいから、嫌がらせに伸ばしてただけだ」

 みなが見慣れた美形男の顔で、エべラルドはふん、と鼻を鳴らして唇の端を持ち上げた。

「……エベラルド。預かってたおまえの大隊だ。率いて行け」

 ザックが自分の後ろに並ぶ大隊を示した。

 エベラルドは少し前まで近しい配下であった中隊長からの視線を受け流すと、肩をすくめた。

「んなことできるかよ。それはザックの隊だろ。責任持って最期まで連れてってやれよ」

「最期っておまえ」


 笑い飛ばしたザックは、エベラルドの前で笑える自分に驚いて、そして喜んだ。

 エベラルドはザックのすぐ隣まで移動し、自分達だけに聞こえる声で告げた。

「他の奴らには言わねえ。……悪かったな。生きてまた会えたら、おまえにだけは殴られてやる」

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