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この国の王は


 紅い竜と、白い竜。



「やっぱエベラルドも気になってたんじゃん。こんなところで隠れてないで、素直に見に行けばよかったのに」

 窓の外を見るエベラルドの後ろから、アデライダは外を覗き込んだ。

 お馴染みになった騎士が並び、ふたりの戦士の試合を見学している。

 明日には出陣だというのに、緊張感のない人々だ、とアデライダは肩をすくめた。理解できない。

「エベラルド?」

 喰い入るように試合を見つめる彼を、アデライダは訝って呼んだ。



 あれは、いつだったか少年と少女が交互に語って聴かせてくれた伝説の竜の戦いか。

 玉座の簒奪者ヴォーティガーンが斃される暗喩。

 エベラルドは既に玉座を奪った。だが、まだ王は斃れていない。

 あれが二匹の竜だというならば、斃されるの(ヴォーティガーン)はどっちだ。

 バランマスの王を斃したキャストリカの王か。キャストリカの玉座を奪ったエベラルドか。

 オズウェルを殺せば、エベラルドが斃される暗喩が完成するのか?

 殺さなければ、オズウェルがヴォーティガーンとしてこの舞台から退場してくれるのか。

 違う。ユーサーはヴォーティガーンを殺すのだ。どちらにせよ、エベラルドは王を殺さなくてはならない。

 どうしたらエベラルドがユーサーとなり、アデライダの息子をアーサーにしてやれるのか。

 ユーサーは他人のものである美しい妃を望んだ。騙して奪い、生まれた子が伝説の騎士王アーサーだ。

 エベラルドがライリーを騙し、ハリエットを奪う必要があるのか。

 駄目だ。それでは意味がない。

 ハリエットが産む子ではなく、アデライダの息子を王にしなくてはならない。

 それがバランマスの復権を信じてエベラルドについて来た人々の悲願だ。今更、彼らを裏切り放り出すことなどできない。

 エベラルドには、彼らを率いてキャストリカを奪った責任がある。


 キャストリカに対してもバランマスに対しても、最後まで、最期までやり遂げる義務があるのだ。



「エベラルド!」

 アデライダは高い位置にある頬を、両手でぱちんと音を立てて挟んだ。

「……あ?」

 エベラルドは夢から覚めたような顔で瞬いて、アデライダを見下ろした。

「どうしたの? 思い詰めた顔してるよ」

「ああ……。おまえのほうが詳しいだろ。あれは、竜の闘いか? 俺はヴォーティガーンか、ユーサーか。どっちなんだ。エリオドロは」

 熱に浮かされたようなエベラルドの頬を、アデライダはもう一度勢いをつけて挟んだ。

 ぱちん!

「って……おい、何する」

「何わけ分かんないこと言ってんの! 二匹の竜は空想上の生き物! あれはライリーのお母さんとおじいちゃんでしょ。お話と現実を一緒にしないの!」

 金茶の双眸に間近で見据えられて、エベラルドは目を見開いた。魅入られたように、妖しく光る瞳を見つめる。

 彼はゆっくり瞬きをしてから、ずるずるとその場に座り込んだ。

「……ああ。そうだな。そうだった。悪い。さすが、賢いアデライダだ」

「大丈夫? 疲れてるんでしょ。これからはライリー達が助けてくれるから、ちょっと寝て来なよ」

「…………ああ」

 エベラルドは付き合ってしゃがんだアデライダの首の後ろを掴んだ。

 そのままぐい、と引き寄せて、前触れなく深くくちづける。

「…………、何よ急に」

「いいだろ少しくらい」

 鍛えた両腕に抗いきれず、アデライダはせがまれるままキスの続きに応じた。

 外ではエベラルドの仲間たちが、エベラルドのいないところで楽しげに騒いでいる。

 アデライダは睫毛を伏せた顔の表情を読むことを諦めて、ゆっくりと目を閉じた。



 その後も続々と王宮に人が集まってきた。

 執事のドットを先頭に、ホークラム騎士団の青年達が。

 遠足気分ではしゃぐ若者を、ドットが振り返り振り返り指導を飛ばしつつやって来た。

「やっほー坊ちゃん、生きてましたね」

「坊ちゃん言うな! おまえわざと言ってるだろ!」

「奥さま、ご無沙汰してます」

「お疲れさま、ドット。ルーファス様もいらしているわよ」

「お、師匠も久しぶりですねえ。生きてる間にちょっと挨拶してきます」


 アンナを先頭に、ロブフォードの私兵が。

 そのなかには、やけに整った顔をした男に付き添われたブラントとソフィアもいた。デイビスの妻と孫も一緒だ。

「母上! 父上!」

 ソフィアは泣きながらハリエットに飛びつき、ブラントはライリーの腹にぎゅう、と抱きついた。

「ブラント! おまえまた大きくなったな」

 父に抱き上げられて、少年は涙を堪えながらその首にしがみついた。

「父上元気だった? 怪我してない?」

 大人達の様子から、何か大変なことが起こっていることを察していたブラントは、変わらない父の姿に安堵した。

 誰も彼に状況を説明してくれなかった。七歳の少年は安全な場所に隠され、妹を守ってただ独り不安と闘っていた。

「ああ。ブラントが母上とソフィアを守ってくれたんだな。ありがとう。今までよく頑張ったな」

 我慢していた涙が落ちてしまった。ブラントはそれを恥じて、父の肩で顔を隠した。

「ハティ。もう身体はいいのか」

 子ども達に付き添っていた美男の言葉に、ライリーは目を剥いた。

「ありがとう。なんともないわ。元気よ」

 馴れ馴れしい男を咎めることなく、ハリエットは微笑んだ。

「……あの、ハリエット。こちらは」

「ロブフォードのジュードです。長い間彼に匿ってもらっていました」

「……それは。妻と子どもがお世話になりました。ハリエットの夫のライリーです」

 妻、夫、をさりげなく強調してライリーは頭を下げた。

「ああ。あんたが噂の」

 はん、と訳知り顔になったジュードの頭が吹っ飛んだ。

 と錯覚するくらいの勢いで殴り飛ばされた。

「……ってえな、いきなり何すんだてめえは!」

 拳を握ったまま、騎士姿のアンナが淡々と告げる。

「口の利き方に気をつけなさい。こちらはわたしの旦那さまご夫妻よ」

「だからなんだよ! 俺はもうビリーだけ連れて帰るからな!」

 再び拳を構えるアンナから距離を取って、ジュードが叫んだ。

「えっと。……仲が良いんですね?」

「幼馴染ですから。あとビリーの父親でもあります」

「……え」

 ライリーはアンナの息子の顔を思い出して、ジュードの隣に並べてみた。

 親子と言われて納得できる程度には似ている。

 だがアンナは昔、夫の顔が気に入らない、と言っていなかっただろうか。

「いい男じゃないか!」

 ライリーはジュードを指差して、アンナに訴えた。

 あの顔が駄目なら、アンナは日々主人である自分のことはどういう目で見ているのだ。

「それはどうも」

 ぬけぬけと言ってのける夫に、アンナは顔をしかめる。

「そのうち酒を持って訪ねようと思っていたんだ。また今度落ち着いた頃に」

「おお。いつになるのか知らないが、あばら屋でよければ歓迎するよ」



 国を見捨てた、と言われたリィンドール公爵家からも、継嗣であるハリエットの従兄が大軍を率いて到着した。

 他にも、公爵の招び掛けに応じた貴族が私兵を挙げて王都へ向かっているという。

「いけるぞ」

「ああ。帝国がこんな小国攻めるのに一万以上の兵を挙げることはないだろう。地の利はこっちにあるんだ。勝てる」

「本気で言ってんのか。数だけは揃っても、寄せ集めの軍隊だぞ」

「それは帝国(向こう)だっておんなじだろう。普通どこの国も寄せ集めだ。うちが異常なんだよ」

 そうは言っても、普段は呼吸の合った動きをする小隊中隊単位で戦っているのだ。不安は残る。

 出陣の前日、集まった騎士団幹部八人は、頭を突き合わせて戦術の最終確認をしていた。

 話がまとまったら、傭兵の代表者や私兵を率いる各地の領主も集めて会議を開く必要がある。

「戦慣れしない新米と各地の私兵はなるべく後陣に。騎士団は全員最前線に出る覚悟で臨んでください」

「思ったより数が集まったからな。編成を考え直すぞ」

「遊撃班ですね。そこは傭兵の力を借りて確実に各個撃破を」

 偵察に出した者から届いた情報も加味して、広げた地図に兵に見立てた駒を並べていく。

 あらかた作戦が固まったところで、団長室の扉が叩かれた。

 八人が一斉に顔を上げると、夕陽が作った長い影が形を変えた。

「入るぞ」

 外からかけられた声は、エベラルドのものだった。

 彼と騎士団との間には、まだ緊張感がある。

「……どうぞ」

 ライリーの声を待ってから、扉が開かれた。

「なんの用だ。そっちの役目もちゃんと最前線に用意してあるぞ。安心して配下を死なせて来いよ」

 エベラルドの本心を聞いてからも、未だ態度を改めないザックが代表して口を開く。

「作戦変更だ」

「……どういうことだ」

 挑発には乗らず端的に伝えたエベラルドに、デイビスが訝り顔になる。

「全員で死ぬ必要はない。長期戦もしない。危険の多い遊撃戦は中止して、全戦力を一気に投入するんだ」

「そんな簡単に」

「いく。俺がなんとかする」

「信じられるか、そんな話」

「おまえらが信じなくても俺はやるぞ。バランマスの兵もそっちの作戦には使わせねえ。いいか。明日の出立から一ヶ月だ。一ヶ月間踏ん張れば、帝国は引く。時間稼ぎの防衛戦なら、ガキや素人まで死地に追いやる必要はない」

「……どうやって信じたらいいんだ」

 ライリーは夢のような話を語り出したエベラルドに、泣き出したくなった。

 まだ少年(こども)の顔をした従騎士を無理矢理戦地に連れ出すことも、領地の自警のために作ったままごとのような騎士団に人を斬れと言うこともなく国を守れる方法があるなら縋りつきたい。

 そんな方法がないから、こうして全国から素人同然の志願兵を集めたのだ。

「信じる信じないは勝手にしろ。だがこれは命令だ。従ってもらう」

 エベラルドはかつての仲間に宣言した。



「俺がこの国の王だ。このために王になったんだ。逆らうことは許さない」

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