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祝宴

 ライリーは予定通り、キャストリカ王国王立騎士団の騎士団長となった。

 王宮の教会で叙任式のときと同じ作法で国王の前でひざまずき、肩に剣の腹を受けた。

 九年前は他の大勢の同期と共に、流れ作業のように儀式を受けた。

 だが今回は、ライリーひとりのためだけの儀式となった。十一年振りに誕生した、王国の若き守り手の誓いの儀式だ。

 祝いの宴には、国王夫妻と二組の王子夫妻、役職があるために王宮に出仕している貴族と、大隊長以上の騎士が列席した。

 十一年前、アドルフの騎士団長就任の際は、もっと簡素なものであったらしい。平民出身の副団長や大隊長が招かれるようなことはなかった。

 今回は特別なのだ。

 伯爵家出身のライリーが、騎士の頂点に立つこととなった。現在は子爵位しか持たない彼だが、その妻は侯爵家出身である。ホークラム子爵家の近しい親族には、高位の貴族がずらりと名を並べている。

 新たな騎士団長は上流貴族の間に入っても相応しい振る舞いができるし、そんな彼と付き合いの長い大隊長達は、侯爵や伯爵とも親しく顔を合わせることに慣れていた。

 ライリーの義弟でもある宰相補佐ロブフォード侯爵が式典から祝賀会までの準備を担当し、各方面と相談した上でこのような形になった。

 副団長と大隊長達はウィルフレッドから直接話を聞いた当初、青くなって全力で拒否する姿勢を見せた。

 彼らはライリーの実兄と義弟くらいならもう珍しくもないが、大貴族に混ざって談笑などできるはずがない、と当の義弟に訴えたのだ。

 珍しがられなくなったウィルフレッドは一計を案じて、彼らを形ばかりの会場警備に当たらせることにした。

 副団長から大隊長まで、騎士団の重鎮七人は会場の内に配置され、時に顔見知りの貴族と雑談しながらという、なんとも緩い任務に就いた。

「ライリー、ハリエット様は来られないのか?」

 スミスが不思議そうに会場を見回すのに対して、ライリーは事も無げに答えた。

「今回は子爵としてでなく、仕事の一環で参列してるので」

 最初は警備でなく参加を求められたスミスも、夫人帯同の要請はされなかった。

 だが、今回の祝宴の主役であり、爵位と場慣れた夫人を持つライリーはその限りではないだろうと思っていたのだ。

「そういうものなのか」

「今ちょっとごたごたしているのと、ハリエットの希望で。別にいいかな、と」

「……ああ。心配だな。あれから何か動きはあるのか」

「いえ。ただ念のため、もう少しウィルの屋敷に居させてもらおうと思って。しばらくはアルも側に付かせています」

 ライリーの従者の名前が出ると、スミスは複雑な表情になった。

「アルか。あいつにはいつ叙任式を受けさせるんだ。もう二十一だろう」

 それを受けて、ライリーも困った顔になる。

「そんなこと、もう何年も言い続けてますよ。ウォーレンからも言ってやってください」

「なんて言うんだ。早くしないと、娘を他所に嫁がせるぞ、と言って効くのか?」

「……多分、おめでとうございます、って言いますね」

「どうなってるんだ、あいつらは。こないだも何やら言い合いながら帰ってきたぞ」

「分かんないですよ。本人に訊いてください」

「おまえ主人だろう」

「あなたこそ親じゃないですか」

 若者の行く末を憂う保護者達は、顔を見合わせてため息をついた。

「とにかく、待ってもあと二年だぞ。ハリエット様は二十二歳でご結婚されたんだから、がエイミーの口癖だからな」

「それまでもう少し様子を見てましょうか」

 これが、新騎士団長と次期副団長の会話である。

 元々副団長と目されていたエベラルドは離れた担当場所に直立し、いつも通り精悍な顔をしている。

 ライリーとスミスはそんな彼に目を止めた。

 エベラルドが職を辞す。彼より十歳上のスミスは、自分よりも先に彼がその決断をすることになるとは、想像もしていなかった。

 四十を過ぎると、若い頃のように動くのは少しずつ難しくなってくる。

 失態が死に直結する仕事だ。身体が本格的な不調をきたす前に引退しようと、その日をいつにするか考えていたところに副団長就任の打診を受けた。

 寝耳に水もいいところである。

 スミスの役割は、次代が育つまでの繋ぎの副団長だ。

 まだ二十七歳のライリーの副官には、彼より年嵩の熟練の騎士が良かろうとなっていた。エベラルドは適任だった。他の候補を立てることは、誰も考えようとすらしなかったのだ。

 彼らがふたりで並び立つならば、キャストリカはこの先十年は安泰だと思われていた。

 エベラルドが騎士団からいなくなる。

 すでに何人もが思い直して欲しいと、彼を引き留めている。が、誰も彼から色好い答えを引き出せなかった。

 苦肉の策として、引退まで秒読みが始まっていたスミスに白羽の矢が立ったのだ。

 彼としては、仕立屋の息子が大隊長にまで昇り詰めたことで、充分満足していた。それすら法外の出世だと思っていた。今更そんな大役が回ってきても、というのが正直な気持ちだ。

 もしかして、一部の間では父よりもその名を轟かせている娘の存在のせいか、と思ったりもしている。

 とにかく、これから少しずつヒューズからの業務を引き継いでいかなければならない。それと並行して、後任の大隊長を決める必要があった。

 既定路線だったライリーの騎士団長就任の決定より、スミスの副団長就任のほうがよっぽど大変なものになりそうだった。

「エベラルドは、いつまでいるんだ」

「まだ決まっていません。なるべく早くとは思っているみたいなんですが、後任が決まって新体制が落ち着くまでは、と言っています」

「妹、か」

「はい。彼が娘みたいに可愛がって育てた子です」

 娘のために、と言われたら、スミスには何も言えなくなる。宣誓をしたからと言って、家族よりも王を選ぶと簡単に割り切れる者は多くない。誰だって葛藤しながら騎士団を続けているのだ。

 エベラルドは葛藤することをやめたのだ。大事な妹のために故郷に帰る選択をした。

「団長、そろそろこちらにも来てくださいよ」

 仲間の元に長居をするライリーに、ウィルフレッドがさりげなく注意を促しに来た。

「すみません、すぐ行きます」

 また後で、とライリーは政府高官に挨拶をしに戻った。

 彼は気負う様子もなく、自然に祝宴に馴染んだ。侯爵に次々と紹介される文官に、快活な笑顔を見せてまわっている。

 すでにライリーを見知っている者も多く、特に年配の官僚は、十二年も前に目論んだ伯爵家出身の騎士団長の誕生を大いに喜んでいた。

 アドルフとはまったく違う騎士団長となることは、はじめから分かっていた。

 さて、これからの王立騎士団はどうなっていくことかと、スミスは騎士というより貴族当主にしか見えなくなった今夜のライリーを遠くから眺めた。

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