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みなが救われる方法

 城内は騒がしいままだった。

 城で働く者を総動員して、傭兵隊の宿泊する部屋を用意しているところだ。

 傭兵達は思わぬ好待遇に驚いているが、協力者を歓待する意味よりも、ならず者の集団に怯える王都の住人から隔離する必要があったのだ。もちろん人数分の寝具はないが、屋根の下で寝られるだけ昨日までよりずっといい、と彼らは豪快に笑った。

 ライリーは各大隊の叙任希望者の人数を確認してまわった。想定していたよりもずっと多い。

 年齢や技量の足りない従騎士には、所属の小隊長が、意味が分かってるのか、死ぬにはまだ早い、考え直せと説得しなければならないほどだった。

 騎士団が今しているのは、死支度だ。

 ライリーは明後日の朝には、みなに死ねと言わなければならない。

 それが彼のキャストリカの騎士団長としての最後の仕事なのだ。

 エベラルドは不機嫌そうな顔で、バランマスの騎士に細かく指示を出している。表情とは裏腹にその指導は丁寧で、その姿はライリーのよく知るものだった。

 ライリーの視線に気づいて、エベラルドが顔を上げた。彼はすっと目を細めただけで、すぐに指示出しに戻った。


 バランマスとキャストリカの騎士の間には、まだ緊張感が漂っている。

 当然だ。

 エベラルドは、やり方はどうあれキャストリカのために動いていたが、彼の配下はキャストリカを憎み、滅ぼす日を夢見て育った者ばかりなのだ。彼らは主君と仰ぐエベラルドが騎士団と親しく喋るのを、憤怒を必死で堪えた表情で見ている。

 今から協力して、共通の敵に立ち向かうことが出来るのだろうか。

 彼らが力を合わせるためには、共通の敵よりも、何かもっと分かりやすいものが必要だ。

 バランマスの王子に、キャストリカの王女が嫁ぐのはもっとずっと先の約束だ。それより手っ取り早い方法、それは。


「ライリー」

「はい」

 通りかかったウォーレンに声をかけられて、ライリーは反射的に返事をした。

「どうした、ぼんやりして。おまえ少し痩せただろう。ちょっと身体動かして来い。肝心なときに動けないと困るぞ」

「ですかね。ザックは?」

「あいつは奥さんを実家に連れてった。今頃親父さんに殴られてるんじゃないか」

「でしょうね……。じゃあちょっと馬に乗ってきます」

「おう。行ってこい」

 副団長のお墨付きをもらって、ライリーはひとり厩に向かった。

 途中、子どもふたりを連れて歩くアデライダが見えた。その隣には、ゆっくりと歩くグリフィスの姿がある。

「アデラ」

 呼びかけると、本人より先にエリオドロが振り向いて、目を輝かせた。

「ライリーだ!」

 無邪気に駆け寄ってくる幼子を邪険にはできなくて、ライリーは苦笑いでエリオドロを抱き上げた。

「遊びに行くところか?」

「うん! ライリーも一緒に遊ぶ?」

「駄目よ、ライリーは忙しいの。この子、じっとしてられないから。ひとの少ないところならいいかと思って」

「だろうな。うちの子も同じだ」

 ライリーの物言いたげな様子を察して、グリフィスが手を伸ばした。

「何か話がおありのようだ。アデラ、行っておいで」

 抱えた赤子を差し出しながらも、アデライダは迷っている。

「え、おじいちゃん大丈夫? エリオ、ひいおじいちゃんの言うこと聞いていい子にできる?」

「できるよ!」

 アデライダの顔に信用できない、と書き出された。

「大丈夫。手に負えなくなったらエベラルドを呼ぶから」

「すみません。早めにお帰ししますので」

 グリフィスは好々爺といった様子で、鷹揚に頷いてふたりを見送った。

 ライリーの速足を気にすることなくすたすたと歩くアデライダを見下ろしてから、ライリーはちらっと後ろを振り返った。

「……グリフィス殿は、エベラルドの考えを」

「ああ、おじいちゃん? 全部知ってるよ。そもそもおじいちゃん、バランマスの王様が大嫌いだったし」

 爆弾発言にぎょっとして、ライリーは慌てて周囲を見回した。

 誰も聞いていなかったようだ。

「アデラは女王になるんだろう。発言には気をつけたほうがいい」

 ライリーの言葉に、アデライダは顔をしかめた。

「エベラルドみたいなこと言わないでよ。で、おじいちゃんね。おばあちゃん、えっと王様の愛人にされたひと、元々おじいちゃんの恋人だったの。それを王様が無理矢理奪ったんだって」

「侍従の恋人をか」

「ひどいよね。おじいちゃんは王家再興とか関係無しに、王子を産んだ恋人を助けたかっただけらしいの。それを周囲の人間が集まって来ちゃって、山に集落とか造る規模になって困ったんだって笑いながらよく言ってた」

 ライリーの抱いていた印象とはだいぶ違う話だ。

「じゃあ、グリフィス殿はエベラルドに付き合ってあんな」

「そうだよ。可愛い孫の頼みなら仕方ないって。あいつもひどいよね。年寄りをいつまでも働かせてさ」

 そのエベラルドも、本意ではないのだ。

 仲間が踏み躙られるのを阻止したかっただけ。

 彼が動かなければ、帝国から大軍を借りたバランマスの残党がキャストリカに押し寄せ、今頃は国中で多くの血が流れていたのだ。

 キャストリカの民は命を奪われ、命を奪われなかった者は命以外のあらゆるものを奪われていた。

 だが今はまだ、その状況を先送りしただけに過ぎない。

 戦に敗ければ、結局は同じことになる。

 今の状況を望んでいたのは誰なのだ。

 この国の誰も望まない戦を、これから始めなければならないのか。

「身体慣らしに馬に乗ろうと思ってたんだが、アデラは自分で乗れるか?」

「ううん。練習はしてるけど、まだ無理」

 厩の前で怯んだアデライダを馬の背に乗せて、ライリーはその後ろに跨った。

 一応ひと目を避けたほうがいいだろうかと、脱いだ外套をアデライダの頭から被せておく。

「……いくらライリー相手でも、これは近過ぎない?」

 恋人同士のような距離感に、アデライダは忌避感を表した。

 身体が密着しない体勢を探す彼女に、居心地の悪くなったライリーも馬上で身体をずらす。

「でも、ってなんだよ。あいつに対する嫌がらせだから気にするな。ほらあれ」

 ライリーはわざと遠回りして城を見上げた。窓からエベラルドがこちらを見下ろしている。

「……うわあ」

 アデライダは馬鹿馬鹿しい、と呟いて顔を背けた。

「あいつ、常に君のことを気にして居場所を確認してる。昔はそういう意味だって気づかなかったけど、相変わらず大事にされてるな。よかったじゃないか」

「力技でモノにしたのよ。いいでしょ」

「力技ってなんだ」

「あたしはずっと、早く男の子を産んでくれ、って言われて育ったから。他の男と結婚式挙げさせられたけど、夜になって暴れてやったの。そしたら逃げ回ってたエベラルドがやっと観念して花婿交代、よ。ざまあみろ」

「……そこはざまあみろ、で合ってるのか?」

「合ってるよ。さっきもね、逃げ切ってやったから頭は無事よ」

 確かに間近に見下ろした頭頂部にそっと触れてみるが、たんこぶはなさそうだ。

「アルとエイミーを助けてくれてありがとう。ミアのことも、面倒を見てくれていたと聞いた」

「当たり前だよ。あの子達は巻き込まれただけだもん」

 なんでもないことのように、アデライダはからりと笑った。

 城門を出て、王都の目抜き通りを加減しながらも速歩で進ませる。

 ライリーはしばらく黙って、横座りした彼女の横顔を見ていた。

「……なに? 何か付いてる?」

「きみも」

 今から言うことは、口にしたらもう後戻りできない。

 アデライダが承知したら、そのときライリーは。

「君も、巻き込まれただけなんだろう」

「……どういう意味? そりゃあ、あたしはこんなこと望んでなかったけど、エベラルドの役に立てるなら、あたしはそれで」

 ライリーは優しく笑って、前を向いて喋った。

「君だけなら、逃がしてあげられる。これでもふたつの領地を持つ貴族当主なんだ。うちで暮らせばいいよ」

「何なに? 愛人のお誘い?」

「それでもいいよ。しかも間男を連れ込んでも文句は言わない」

「ライリーは昔も今もあたしに興味ないもんね」

「否定はしない」

「しなさいよ。いくら(りそう)と違っても、それが礼儀ってもんでしょう」

「どこの世界の礼儀だ」

 アデライダと話をするのは楽だ。十年以上昔に一度会ったきりなのに、ずいぶんと気安く感じる。

 ライリーは未だにハリエットの顔を見れば動悸がするし、きちんとしなければと思って緊張してしまう。

 それを苦痛に感じたことはない。これが幸せなのだと日々噛み締めて生きているのだ。

「……奥さんは、あたしのことが嫌いだよ」

「それはそうだろうな。敵として現れたんだから」

「やだなあ。あんな綺麗なひとに嫌われるの。あたしだっておねえさまとか言いたいよ」

「なんだそれ。会わずにいれば問題ないだろ」

「本妻と愛人って、顔を見ずに過ごせるもの?」

 ライリーは困った顔で、答えずにいた。

「…………うそでしょ。そこまで考えてるの? 本気?」

「……だって」

 ライリーは言葉に詰まった。それ以上口にするのは辛い。

 彼は黙って前方を見据え、少しずつ速度を上げた。ひと目のある場所でする話ではない。早く郊外まで出てしまおう。


 ライリーは気づいてしまったのだ。

 ハリエットならこの国を救える。

 彼女は元々、一貴族の当主夫人に収まるような器ではなかった。一国の王妃、女王であってもおかしくないひとなのだ。

 ライリーがハリエットの手を離すことができれば。彼女の手に夫の手の代わりにもっと大きな権力を握らせたら、きっとこの国に住む人々は救われる。

 人々の憧憬を集めるハリエットが王妃の座に座れば、キャストリカの民も悪感情なく新しい王家に従うことができる。

 その隣に座る王がエベラルドならば、バランマスの生き残りは文句など言うまい。

 玉座に座る人物が誰であるかで、近隣国家の対応も変わってくるだろう。ハリエットの名だけで、援助を申し出てくれる国はたくさん現れるはずだ。

 彼女はきっと、ライリーには想像もつかない方法でこの国を救ってくれる。

 ライリーが手を離すだけでいい。

 エルベリーのときとは話が違う。

 ハリエットは名実共にこの国で最も貴い女性となるのだ。

 ライリーは彼女の夫の座を手放しても、その側を離れる必要はない。

 これからは、彼女に仕える騎士として生きていけばいい。


「うっそやだやだ、泣いてんの⁉︎ あんたもういい歳でしょ! 大の大人が泣くほど嫌なことなんて、言わなくていいしやらなくていいんだよ」

 なんの遠慮も情緒もないアデライダの態度に、ライリーは肩を落とした。

「……やっぱり君は形だけの愛人でも無理だ」

「こっちの台詞よ! 気持ち悪いこと考えないでよね。だから貴族の坊々は嫌なのよ」

「……仕方ないだろう。君達のせいでこうなったんだ」

 ライリーの言葉に、今度はアデライダが泣きそうな顔になった。

「あたしは止めたもん。エベラルドだって好きでこんなこと始めたわけじゃない」

「それはもう分かった。でも君にだって責任があることだ。だから、尻拭いを手伝ってやるって言ってるんだ」

「味噌っかすのあたし達が、身を引けばいいってこと?」

「そういうことだ」

 アデライダは口を引き結んだ。

 彼女はしばらく黙って前を見据えていたが、ややあってぽつりと呟いた。

「……あたしはエベラルドのことが好き。きっとそれは変わらないよ」

「いいよ。俺だって、この先ずっとハリエットしか好きにならない」

 ライリーの顔をふり仰いで、アデライダはしかめっ面をしながら笑った。

「相変わらず正直者。ライリーのことは嫌いじゃないけど、返事は保留にしとくよ。味噌っかすなあたし達の優秀な伴侶が、なんとかしてくれるかもしれないじゃない」

「……分かった。今はまだそれでいいよ。でも必要だと思ったら、君を麻袋に詰めてでも連れて行くからな」

「せめてもうちょっとまともな攫い方して」

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