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戦力

「ロブフォード侯爵? あのひと、本当にライリーの奥さんの弟なの? ずっと前からエベラルドのこと見張ってたみたい。地下道の地図とか、キャストリカの情報とかチラつかせてきて、仲間に入れろって言ってきたんだって」

 アデライダは牢の前に座り込んで、訥々と喋り続けた。帝国の話に入ったあたりからかなり説明が怪しくなり、首を傾げながら言葉を途切らせながらの様子を見ると、彼女もあまり理解していないらしい。

「うん。とりあえず話が長えよ。惚気は省略しろ。エベラルドのニヤケ面の想像のせいで大事な話が頭に入ってこねえ」

 聴き終えたザックはうんざりして文句を言った。

「ニヤケ面のせいというより、君もあまり話を聴かされてないのか?」

 ライリーも眉をひそめて、頭の中で話を整理しようとした。

「そうなの! あいつ、どうせあたしには分かんないだろうって、全部ひとりで決めちゃうんだよ。ひどくない? あたし奥さんなのに」

「奥さん」

 正直、そこが一番不可解だとライリーとザックはアデライダを見た。

 背は低く、エベラルドと並ぶと彼の肩くらいまでしかなさそうだ。引き締まった若い身体は健康そのものだが、昔のエベラルドが好んで付き合っていた女性とはだいぶ異なる体型だ。全体的に曲線に欠けている。

 性格もがちゃがちゃとやかましそうで、エベラルドが選んだ女性とは思えなかった。

「そうそう。その話も聴きたい? 七年くらい前かなぁ。エベラルドが」

「いや、そこは興味無い……って七年前ってあれか! ほら、ライリー、エベラルドが自分から特別訓練をってマーロンに」

「え、その相手がアデラ? エベラルドが身辺整理をしたのってアデラのため?」

「よく分かんないけど、多分そう。あいつったら、女の子が体当たりで迫ってんのになかなか頷かないから、諦めかけてたんだけどね。まあ結局ふふふ」

「マジかあ。うわあマジかあ」

「うん、その話はまた後で。話を戻しましょう。つまりエベラルドは、キャストリカのために、あんなことを始めたと?」

 ライリーは頭の中から今不必要な情報を追い出した。

「キャストリカって何を指す言葉なの? エベラルドは、あんた達仲間のために独りで闘うことを選んだんだよ。今でも王様は憎いけど、でも友達は大切なんだよ。ライリー達に全部話して助けてもらおうよって言ったんだけど、あたしの言うことなんてちっとも聞いてくれないの。そんな虫のいいことできるかよ、って」

 ザックが顔をしかめて吐き捨てた。

「あの馬鹿が」

「そうだよ。バカなんだよ。ねえ、あの馬鹿を助けてやってよ。エベラルド、このままだと死んじゃう気がするの」

 ライリーは必死に夫を守ろうとしているアデライダを見た。

 ハリエットもきっと、ライリーが囚われている間中ずっと心配していたに違いない。幼い子をふたり抱え、不安な気持ちのまま逃亡生活を送っていたのだ。そのために痩せ細り、美しかった長い髪の毛は無惨なことになった。

「簡単に言ってくれるなよ。動機はどうあれ、エベラルドが俺の妻を追い詰めたんだ。ハリエットがどれだけ苦労したか」

「それは。……ごめんなさい。でもエベラルドは、それも本気じゃなかったんだよ。奥さんを見つけたら隠しておいて、死んだように偽装してやればいいって」

「ふざけるなよ。ハリエットに一生隠れて暮らせと?」

「なんか余生を送るには却って都合がいいだろうとかなんとか」

 ハリエットの願望だ。ライリーがエベラルドに話したことがあるかもしれない。

 そうか、そうすれば彼女に貴族同士の面倒な付き合いをさせずに済むのか、と一瞬納得しかけてしまった。

「エベラルドに決められることじゃない。俺はあいつを許す気はない」

 アデライダは唇を引き結んで黙り込んだ。

 女性にこんな顔をさせるのは本意ではないが、譲れないものは譲れない。

「……俺達はあいつの口からなんにも聞いてねえ。あんたのたどたどしい説明だけを鵜呑みにするわけにはいかねえよ。だからとりあえず、雪が解けたらここを出て、あの馬鹿を嘲笑ってやる。話はそれからだ」

 ザックが宥めるように、結論を先延ばしにした。

「……そう。分かった」

「ああ、ミアの無事は確認できるか?」

「うん、元気。赤ちゃん可愛いよ。勝手なことしてごめんね。最悪の場合には王都も戦場になるかもしれなかったから、身重のミアと、心臓の悪いマイラの安全だけは確保したいってエベラルドが連れてきたの」

「…………そういうことだったのか」

「エイミーとアルも一緒だよ」

「あのふたりはどうしてる」

「可愛いね、あの子達。よくふたりで消えちゃうから影でイチャイチャしてるのかと思ってたら、なんかの練習してるみたい。すごい真剣」

「……練習?」

「うん。遅い! とかもっとよく見ろ! とかアルが泥だらけになりながら怒鳴ってる」

「何をやってるんだ、あいつは」

 極限状態に在っても仲が進展しないとは。いっそ感心してしまう。

「ふたり共、斬られたり牢屋に入れられたりしてるのに、その文句は言わないんだね」

 アデライダは不思議そうにふたりを見た。

「ああ、それは」

 なんでもないことのようにライリーが言うと、

「慣れてるし」

 ザックが後を引き取ってあっさりと言った。

「……変なの。あのマーロンってひとも、お腹に穴が空いたのに、そのことにはなんにも言わないの」

「だってそれは、昔鍛錬中にエベラルドもマーロンにやられたことあるし」

「ざまあ、くらいのこと言ってたんじゃねえか?」

「……言ってた。エベラルド、仲間にあんな怪我させてもけろっとしてるから、どうかしちゃったんじゃないかと思った」

 アデライダは思い出して泣きそうな顔になった。

「それがエベラルドの日常だったんだよ」

 ライリーは自分の感覚が一般的でないことを思い知って、少し笑ってしまった。

 その自然な笑顔を見て、アデライダは立ち上がった。

「エベラルドやあんた達のことは理解できそうにないよ。だから騎士なんか嫌いなんだ。雪が解けるまで、なんだね。もう勝手にしなよ」

「言われなくとも」

 アデライダは最後にしかめっ面を見せた。

「これだけは覚えてて。エベラルドは、あんた達のことが大好きなんだよ」




 王都に残っていた騎士は六百足らず。

 残りは騎士団を辞したか、食糧難を危惧したウォーレンの指示で国境の砦に分散している。

 エベラルドに従うバランマスの騎士は百。

 帝国から借りた五百の騎士も戦場に連れて行くには行くが、現地についたら捕虜として扱ったほうがいいだろう。

 ハリエットが雇った傭兵の数は二千。

 合計二千七百。

 帝国は西側諸国最大の国であり、その国土、人口共にキャストリカの数十倍、百倍を超えるとも云われている。

 会議室に戻って、長卓の上に地図を広げながらエベラルドが言った。

「帝国は確実にこの国を押さえておきたいんだ。バランマスに手を貸すような面をして、大軍を率いて向かって来てる。数は一万は見といたほうがいいだろう」

 どう考えても、小国では太刀打ちできない数字だ。

「砦からも人数を回せ。砦ひとつにつき二個中隊だけ残して、残りは全部呼び戻すんだ」

 ウォーレンが難しい顔で提案する。

 国境の守りが手薄になれば、別口から侵攻される可能性も出てくる。空にするわけにはいかないのだ。

「騎士団から去った者も多いですよね。何人来れるかな。千二百くらい見ときますか。それで三千九百、残り六千百か」

 意外と数字に強いライリーが、騎士団を去った者の数をざっと概算して見込める兵力を計算する。

 帝国が寄越してくるだろう数の半分にも満たない。

「そもそも外の傭兵は計算に入れてもいいのか?」

 デイビスがもっともな疑問を口にする。

 エルベリーから賠償金をいくらふんだくってきたのかはまだ聞いていないが、そう長期間二千もの傭兵を引き留めておけるわけがない。

 その場の視線が、ハリエットに集まった。

「ご安心を。話はついています」

「だからどうやって」

 エベラルドが言葉を被せると、ハリエットは笑顔のまま黙って小首を傾げてみせた。

 何故あなたに教えて差し上げなければいけないの?

 冷え冷えとした空気を纏っての無言の答えに、屈強な男達は冷たい汗をかいた。

 こわい。

 護るべき弱者と位置付けている女性に、彼らがこのような感情を抱くことは滅多にないことだ。

 顔を引き攣らせるエベラルドを、身体を張ってハリエットの視界から消すと、ウォーレンは姿勢を正した。

「わたしからもお訊きしてよろしいでしょうか。傭兵とは、金でしか動かせないものなのでは?」

 ハリエットがかつての隣人に向けた表情は柔らかかった。

「もちろんそうですが。彼らも自らの望みのためであれば、契約金はまけてくれます」

「望み?」

 ライリーは戦場で出会った老戦士を思い出していた。

 傭兵と戦と関係ない会話を交わしたのは、あれが初めてだった。

 彼らも騎士と同じく、物言わぬ武器ではない、それぞれの人生を持つ人間なのだ。

 その彼らの望みとはなんだ。

「ええ。彼らの望みを叶える当てがありましたので、交渉しただけです。接触は、あちらのほうから。彼らは仕事がないときには野盗の真似事をしているらしいですから」

 わざと標的になってにわか野盗の傭兵を誘き寄せ、サイラスが締め上げて本拠地に案内させた。

 そこで騎士団とはまた違った種類のいかつい男達を相手に、ハリエットが三千の兵力を格安で借りる契約を纏め上げたのだという。

 のちに、その場にいた傭兵のひとりが、巨人を配下に持つ盗賊の女頭目のような風格だった、と語る場面の話である。

「彼らの望みとは?」

 ライリーが問う。

「ロバート様が叶えてくださいます」

「兄上が? そういえば、途中から牢まで来てくれなくなったんだ」

 代わりに騎士の何人かが順番で食事を運んでくれた。鍵が開いてんだから自分で喰いに出て来い、と途中で放置されてしまったが。

 おかげでライリーとザックは一日に何度も脱獄し、その度に地下牢に戻るという誰も望んでいない生活を送っていた。ザックに至っては、もう嫌だ! と叫んで、ひと晩戻ってこなかったこともある。人の体温という命綱を失ったライリーは、その夜は凍死を免れるために一睡もしなかった。彼は翌朝帰ってきたザックに縋りついて、というか動きを封じて最後まで付き合うよう懇願した。

「もうすぐ会えますよ。今頃こちらに向かっているはずです」

「えっと。話がよく分からないのですが」

 はぐらかされたライリーが首を傾げるが、ハリエットは思案顔だ。

「……今お話ししたら、混乱が起きてしまいそうなので、詳しくはロバート様が到着されてからにしましょう。とにかく、今のところ外の傭兵は共に戦ってくださると言っています」

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