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交渉の場

 それまで黙っていたライリーが、ふうん、と声を漏らした。

「……分かったことと、よく分からないことがあるんだが」

 何を言うつもりだ。

 味方の胡乱な視線を気にせず、ライリーは続けた。

「グリフィス卿は、そこの王配を名乗る男の義祖父君ということですね」

「納得」

 大真面目なライリーに、ザックが頷く。

 頭の上がらない年配者だ。それでエベラルドの態度の説明がついた。

「そんなことしか言う気がないなら退がれ」

 エベラルドの発言ももっともであると、ライリーの一番近くに立つロルフが彼の肩を引く。

「おまえもう真面目にやる気ないだろ」

 とぼけた印象を持たれがちなライリーだが、隊務中に巫山戯ることはない。らしくない彼の態度に、ロルフは訝った。

「いやいや、ありますって。異国で世話になってるのにその国に染まるつもりがないなら、途中で呆れて投げ出されるのも当然じゃないかなと思って。二十年前の襲撃の時点で、すでに三十年以上が経っていたわけですよね? あなた方の親や祖父母にあたる方は、帝国に根を張って生きようとはなさらなかったのですか?」

 ライリーはバランマス側の話に同情を見せることなく、純粋な疑問を投げた。

 グリフィスは片目を細めてライリーを見た。

「お若い方。騎士団長、でしたか」

「はい。あなたの言う王妹の孫姫の夫、ホークラムと申します。わたしの母方もバランマス貴族です。最後まで王家に味方していたため、キャストリカ建国当初は苦労したと聞いています。母は王命によりキャストリカ貴族を婿に迎え、当主としました。母の実家は変化を受け入れました。あなた方は、そうするつもりはなかったのですね」

 グリフィスが口を開く前に、エベラルドが静かに言った。

「やめろ。おまえに分かるとは思っていない」

「なら無駄話はやめろ。同情を引きたいなら、そこらに立ってる若い兵にならしてやるよ。あんたがいなかったら、生まれ育った帝国から連れて来られることもなかっただろうに。彼らは親の騎士ごっこに付き合わされて育ったのか? ろくな実戦経験も積んでないんだろう」

「団長、それくらいにしておきましょう」

 ハリエットの穏やかな制止に、ライリーはあっさりと引き下がった。

「はい。団長代理、向こうの話はこのくらいでいいかと思うのですが」

「そうですね。今度はこちらの話をさせていただきましょうか。まずはそちらが勝手に結ばれたエルベリーとの密約の件ですね」

「胸糞が悪い。さっさと済ませてしまいましょう」

 ライリーはバランマスに主導権を握らせようとしなかった。

 キャストリカに非がある。そのために国を盗られたのだ。

 バランマスがそう言うのは当然である。

 敵が悪い、故に正義は我にあり。

 幼い子どもでも使う理論だ。

 通常の騎士団であれば、そんな幼い理論に呑まれたりはしない。戦意を喪失したりはしないのだ。

 だが、仲間が裏切った理由が同じ騎士団の仲間にあると知って動揺してしまうくらいには、騎士は会談に不慣れであるのだ。

 ライリーが吐き捨てた言葉に、彼の後方に立つ騎士達は瞬いた。

 今は戦争中なのだ。

 思考を停止して意思を持たぬ武器となるのは本意ではないが、敵の言い分をいちいち聴いていては剣が鈍る。それはもう騎士ではない。

 バランマスは彼らの大切なものを奪い、踏み躙っているのだ。

 今ここにある事実はそれだけだ。

「……団長代理、あなたがその身を捧げる以外に、どんな解決策がある」

「エルベリーがわたくしを欲しているのは、バランマス王家の血を引き、子を産める年齢の女であるから。そうですね?」

 彼の国の大公は先代の庶子であり、その血筋に疑問を持つ貴族の不穏な動きが絶えない。

 解決策として、その子の代で大公家の血脈を濃くしようとしたのだ。バランマス最後の王の母は、エルベリーの大公家から迎えた王妃だ。つまり、ハリエットの父、故先代侯爵は現エルベリー大公とは再従兄弟の関係にあたる。

 キャストリカの有力な侯爵家との縁ができるのも魅力的だ。国の名をバランマスと変えても、ロブフォード侯爵家の権威は揺るぎそうにない。

 ライリーからしてみれば歴史の講義を聞くような心地がするが、血脈を重視する階級の者は大真面目にそんな理由で兵を動かすのだ。

「それだけじゃなさそうだがな」

 エベラルドは、エルベリー大公が侯爵夫人と呼ばれていた頃のハリエットに執心だったことを当て擦った。

 夫に過去を知られたくないハリエットとの無言の攻防に、エベラルドは肩をすくめることで貸しひとつ、とした。

「エルベリーの条件に合致する人物には、わたくしよりも適任がおります。わたくしよりもエルベリーの血が濃くて若く独身、嫁ぎ先を探している。エルベリーには、彼女に行っていただきます」

 両陣営の反応は様々だ。

 一夫一妻を良しとする文化のキャストリカで生まれ育った女性に、後宮に入れというのは酷な話だ。自分の代わりに、別の人物を人身御供に差し出すのか。

 そんな人物が、国内にいただろうか。

 ハリエットの意見を採用しても、か弱い女性ひとりを差し出して助かろうとするという事実に変わりはない。騎士の護る国キャストリカの名は地に堕ちる。

「誰の話だ。また我々の女王を出せと言うならば、話は終わりだ」

「わたくしの従妹です。異国に嫁いで子をひとり産みましたが、昨年夫を亡くしたため、帰国しようと算段しているところでした」

 誰だそれは。その場のほとんどが顔に出したのも仕方のないことだ。

 国内の主要貴族ならばともかく、その娘が嫁いだ異国の貴族のことまで把握しきれない。

 もちろんエベラルドは事前にハリエットの親族について調査してはいたが、彼女の祖母であるオリヴィアは三人の子を産んでおり、孫はハリエットを含む八人いる。更に下の世代も少なくない数が生まれている。

 手出しできない異国の貴族夫人のことなど、詳しく調べてはいなかったのだ。

「その従妹君を、自分の代わりに差し出すのか」

「何を勘違いなさっているのかしら。貴族の結婚は政略無しには成り立ちませんのよ。ご自身の感情だけを大事にされてきた方に理解していただこうとは思いませんが」

 当て擦りに、エベラルドはわずかに目をすがめた。

「……それで、ご自分の幸せのために、従妹君に犠牲になれと説得なさるのか」

 反応したのはライリーだ。

 戦場に在るよりは控えめだが、その場を威圧するには充分な声を上げる。

「恥を知れ! 己の所業を棚上げするのがそちらのやり方か!」

 この場での騎士団の役目は、怒りを隠さず、武力を見せつけることだ。

 ハリエットの言葉を暴力で封じられないように。そのためにライリーは、彼女の傍に立っている。

 彼女がその意に沿わぬ身の処し方を強いられることがあれば、騎士団は怒りのままバランマスを襲う。今このとき、彼らが命を脅かされることなく上座に座ることができているのは、ひとえにハリエットの存在のおかげなのだと、思い知らせるのだ。

 効果は見えてきた。

 エベラルドはわずかにしか表情を動かさないが、他の居並ぶ顔は、兵も含めて少しずつ萎縮しつつある。

 簡単に荒ぶるライリーとは対照的に、ハリエットは冷静な口調を崩さない。

「あなた方は女王を戴きながら、女を道具としてしか見られませんか。わたくしがエルベリーに行きさえすれば解決すると、本気で思ってらしたのですか」

「そう、エルベリーと取り決めた。こいつらを国境に足留めする代わりに、あなたを寄越すよう向こうが要求してきた」

「それであっさり、夫と子を持つ女を異国の後宮に入れることを約束なさったと」

「そうだ。俺達の腹は痛まない取り引きだ」

「愚かなことを」

 ハリエットは分かりやすく敵を嘲った。

 敵兵が足を踏み出すのも、彼らが剣に手を掛けるのも、彼女にとっては脅威になり得なかった。

「物言わぬ女は何も知らぬと勘違いした為政者の先は短いですよ。わたくしがわたくしの意思とは関係なくエルベリーの後宮に入るようなことになっていれば、まず手始めに新しいバランマスを滅ぼしていたでしょうね。長く帝国にこもっていらした方は、ロブフォードの侯爵代理の噂などご存知ないでしょうか。小さな新興国ひとつを滅ぼす程度のこと、わたくしには造作もないことですのよ」

「………………」

 ハリエットの微笑を正面から見た敵陣だけでなく、キャストリカ側に立つ騎士までもが絶句した。

 エベラルドが気を取り直して口を開きかけたとき、彼の後方の扉が開いた。

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