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隠し姫の懐刀

 王宮占拠の一報から更に三日後、バランマスの使者を名乗る騎士がホークラムを訪れた。

 応対した執事のドットは、はて、と首を傾げて見せた。

「当家の奥さまでございますか。今は不在にしておりますが、どういった御用向きでしょうか」

「嘘をつくな。大人しく出さないならば、無理矢理にでも引き摺り出す」

 ドットは恫喝する騎士姿の男を眺めた。

 こうして見ると、うちの坊ちゃんはあれで品が良いほうなのだと、場違いに呑気なことを考える。

 使者の数は十五。最初から力尽くの予定でいたことが分かる、屈強な騎士ばかりである。夜盗と言ったほうがしっくりくる風貌の連中だ。

 女性ひとりを攫うには大袈裟な揃い踏みは、サイラスの存在を警戒してのことなのだろう。

「当方の不明で申し訳ないのですが、バランマスとはどちらのお方でしょうか」

「キャストリカはもう存在しない国だ。今この国はバランマスのものである。新王のご命令に従わぬならば、我々も穏便にはできかねる」

「はあ。そう言われましても。いらっしゃらない方はお呼びできませんね。なんなら、屋敷内をご案内いたしましょうか」

 男は舌打ちしてドットを押し退けると、部下に命じて屋敷内を捜索させた。

「中におりますのは、歯牙を持たぬ民ばかりでございます。乱暴はおやめくださいませ」

 聞く耳を持たない男に、今度はドットが舌打ちをした。

 大声で屋敷内の人間に注意を促す。

「今から騎士様方が屋敷を捜索されるそうだ! 全員、仕事を中断して広間に集まりなさい!」

 勝手なことを、と睨む男が伸ばした手をひょい、と避けてドットは続けた。

「どうかお客人もそのままで! 騎士様は十五人もいらっしゃいます。捜索したら帰られますので、抵抗の必要はございません!」

「黙れ!」

「おや、協力したつもりでしたが。余計なことでしたか」

 どん、と胸を押すのを敢えて受け止めてから、ドットは玄関脇に静かに立った。

「二階には居ません!」

「こちらも無人です!」

 屋敷中から報告の声が上がる。

 屋敷の奥から、武装した騎士を避けた使用人がばらばらと集まってくる。

「裏から馬が出ました! ふたり、いや四人です。大人ふたりに子どもがふたり!」

「夫人と子どもだ! 囮かもしれん、三人でいい、追え!」

 慌ただしい男達に、ドットは教えてやった。

「それ多分、村の親子ですよ。ちょうど帰るところだったので」

「貴様、見え透いた嘘を!」

 男が剣を抜くと、集まった使用人が悲鳴をあげた。

 ドットは一撃目を難なく避けると、甲冑の重さの差だけ身軽な姿を活かして男の剣を奪った。

「俺、じゃなくてワタクシ、昔小さかった坊ちゃんの遊び相手だったんですよ。ただの執事と侮ったら大変ですよ」

 己の剣を突きつけられた男は、歯軋りして後退った。

「馬が見えました! あの女です! 長い金髪! ふたりの子どもと大男も一緒です!」

 外から聞こえる部下の声に男が反応する。

「ほら、追わなくていいんですか? これは返すから、さっさと出てってくださいよ」

 ドットが玄関の外にぽいっと剣を投げ捨てると、男は無言で拾い上げて外で待たせていた馬に飛び乗った。

「それが本物だ! 男は前の騎士団長だ、油断するな!」

 屋敷を捜索し終わった連中がそれに続き、やっと騒動は治まった。

 ドットはやれやれ、と周囲を見回した。

 無遠慮に踏み荒らされた屋敷の床は、泥汚れでひどい有様だ。荒らされたであろう室内も片付ける必要がある。

「さあ、みんな。片付けを頼む」

 手を叩いて号令をかけるドットに、使用人が不安げな様子で集まってくる。

「あの、ドットさん。奥さまは」

「心配することはない。ご無事だ」

「あいつら、国がなくなったって。旦那さまは」

 彼らの主人ライリーは王立騎士団の団長だ。国がなくなればその地位が危ういどころか、命すらどうなることか分からない。

「さあて、今頃どうしておられるやら。しばらく落ち着かないだろうが、ここは王都から遠い。戦の影響は少ないだろうから、片付けをしてライリー様達のお帰りを待っていよう」



 ドットが大声で教えてくれたところによると、使者とは名ばかりの誘拐犯は十五人。囮に三人向かったため、追ってきているのは十二人の計算である。

 屋敷で事を構えれば、ホークラムの使用人にまで被害が及ぶ。

 それを避けるために、サイラスが指揮を執って男達を移動させることにした。腕の立つサイラスが一緒にいるのがハリエットだろうと、敵は決めてかかっている。

 サイラスは並んで馬を走らせる女性を横目で見た。

 稽古を、と言った彼女は自己申告よりも強かった。従騎士どころか、新米騎士の腕でもアンナに勝てるか怪しいものだ。

 ほとんど動かない右腕をぶら下げて十二人を相手取れば、いかなサイラスでも勝機は少ない。

 だが、アンナに背中を預けられるならば。

 彼らは村を抜け、街道に出たところで横に逸れて木の生い茂る区域に入り、馬を降りた。それぞれ前に抱えていた息子に手綱を託し、子どもふたりだけで先に進ませる。

 ふたりの少年は泣きそうな顔で必死に頷いて、大人用の大きな馬を慎重に走らせた。

「女性に武器を持たせるとは、騎士人生最大の失態だ」

「どうかお気になさらず。わたくしは隠し姫の懐刀として育てられましたので」

「なるほど」

 彼女自身が武器であるならば、気に病む必要はないのか。

 そうは言っても、アンナはその見た目だけならば、長身のハリエットよりも背が低い、普通の女性にしか見えないのだ。

「騎士様というのは、融通の利かない方ばかりですね。ライリー様も、わたくしごとご家族を守ろうとなさいます」

 彼らはそのように育てられているのだ。女性と子ども、弱者を守るのが騎士の生きる理由なのだ。

 サイラスは迫り来る敵に目を向けて、左前の体勢で剣を構えた。

「このときばかりは見栄を張る余裕は無さそうだ。アンナ殿はぎりぎりまで外套を被ったままでいてくれ。子どもを追われたら厄介だ。俺が全員を引きつけたら援護を頼む」



 アンナは頭巾を被り直し、自身の髪に縛り付けた長い金髪をひと房たなびかせた。

「お任せを」

 アンナは主の剣となり盾となれと言われて育った。それは彼女の望みと一致している。

 その通りに生きてきたつもりが、ハリエットはアンナを近しい姉妹として接し、その夫は守るべき家族の一員として扱ってくる。

 彼女は武器だ。

 ハリエットの剣であり盾である自分を誇りに思って生きている。

 ホークラム夫妻がつくりあげた温かい家族は、アンナにとっても大切な場所だ。

 ずいぶん長い期間ぬるま湯に浸かってきたが、今こそ、大切なもののために自分が剣であることを思い出すときだ。

 アンナはサイラスが片手で軽々と重い剣を振るう後ろで、騎士のものよりも一回り細い剣の柄を握った。




「ハリエット様は、最初に襲撃のあった宿から、お子様ふたりを連れてロブフォードに向かわれました。ホークラムを襲った者を片付けた後でお迎えに上がったのですが、到着されていなかったのです」

 アンナはそこで肩を落とし、両手で顔を覆った。

 仕立屋の一階店舗部分の奥で、ウォーレンはアンナと向かいあって話を聞いていた。

 ビリーとテオは、彼の兄嫁が二階で相手をしている。

 ウォーレンはいつも泰然自若としているアンナの常にない様子に胸を痛め、彼女の両肩にそっと手を添えた。

 アンナはすぐに顔を上げ、突き刺すような視線を投げた。

 彼女は泣いていたわけではなく、怒りに打ち震えていただけだった。

「待て待て待て。睨まないでくれ。話が飛んだぞ。何故ハリエット様達だけでロブフォードに向かわせた」

「ホークラムから宿に使者が来ました。ウィルフレッド様からの知らせがあったそうです。ハリエット様の身柄を狙う動きがある、ホークラムも危険だから、お子様と共にすぐにロブフォードへ避難するようにと」


 宿で隣に部屋を取っていた家族は、ホークラムの領民だった。ドットがハリエットとその子どもに似た背格好の者を選んで寄越してきたのだ。

 夜に始末した五人とは別の目があることを警戒して、使者の家族を馬車に乗せてホークラムへ向かった。その際ハリエットから長い髪の毛をひと房預かり、使者役の女の外套から覗かせておいた。

 ハリエットとブラント、ソフィアはアンナ達が宿を出てから丸一日後に、ホークラムの若者と家族連れを装ってロブフォードに向かったはずだ。大人数で目立つのを避けて、別にふたり、少し離れてついて行くよう言い含めておいた。

 サイラスと共にロブフォードの屋敷に向かったが、ウィルフレッドは居らず、使用人の誰もハリエットの姿を見ていないと言う。

 当主であるウィルフレッドが王宮で囚われているのだと、そこで知らされた。

 道中は、危険は少なかったはずだ。

 徒歩で子連れ、という条件を考えても、五日もあれば到着できる距離だった。ブラントは活発な少年で、母よりも速く歩くことができる。小さなソフィアはそうはいかないが、まだ軽いために元気な若者であれば抱いて歩いても負担は少ない。

 平常時にも現れる野盗程度なら、供に付けた三人で対処できる。

 彼らを狙う者は、すべてアンナ達が引きつけておいた。普通の家族連れにまで注意を払うようなことはすまいと考えたのは、油断だったのか。

「サイラスはどこへ行った」

「ハリエット様をお捜しすると、ロブフォードに残られました。わたくしにはこの子達を連れて、騎士団に報せるようにとおっしゃって」

「……ちょっと待てよ。俺は頭脳労働は専門外なんだ。だが何かおかしい気がするぞ」

 ウォーレンは棚から筆記具を取り出すと、しばし考えて、羊皮紙に三本の横線を引いた。

 一番上の線上の左端に黒丸を描き、その上に三十三日前騎士団出立、と書く。その下の線上に、黒丸を少し左にずらして描き、三十六日前ホークラム家出発、とする。一番下の線上には、上ふたつの黒丸よりも右寄りに黒丸、二十七日前王宮占拠、と記す。

 それぞれの時系列を整理したかったのだ。

 騎士団が王都に帰還したのが十五日前。ライリー達が王宮に乗り込んだのが十三日前。

 ハリエット達が宿でホークラムの使者と入れ替わったのは三十二日前、つまりウィルフレッドからの手紙がロブフォードに届いたのは少なくとも三十四日以上前ということになる。

「ウィルフレッド様は、その手紙をいつホークラムに出したんだ」

 王宮占拠より、騎士団出立よりも早くに手紙を書いたのでなければ辻褄が合わない。

 そんなに早くから情報を掴んでいたのであれば、ハリエット達が王都を出る前に直接言えばよかったのだ。

 その情報とはどこまでのものだったのか。

 ハリエットが危ないという内容であるなら、エルベリー戦が時間稼ぎであることも分かっていたのではないだろうか。分かっていて敢えて、最大戦力を国境に向かわせた?

「……全部、ウィルフレッド様の仕業……?」

 目を見開いたアンナから視線を逸らして、ウォーレンも浮かんだ考えを控え目に口にした。

「まさか、敵を手引きしたのはウィルフレッド様?」

 アンナは自分が冷静でなかったことにやっと気づいた。そんな単純なことにも気づかなかったなんて。

 彼女は目を瞑って長く息を吐いた。

「侯爵家が信用ならないとなれば、ハリエット様がいらっしゃらなかったのも当然です。スミス様、子どもふたりをこちらで預かっていただけないでしょうか」

「ああ。もちろん構わないが、アンナさんはどうするつもりだ」

「もう一度ロブフォードに向かいます。捜し方を間違っておりました。向こうでアドルフ様と合流して参ります」

「ひとりで大丈夫なのか。護衛に騎士を付けようか」

「いえ。侯爵家の者に動きを悟られないよう、ひとりで動きます」

「そうか。ではサイラスに伝言を頼む。助けてくれ、おまえが必要だってな」

 体面も何も気にしない言葉に、アンナは真顔で頷いた。

「承知しました。お伝えします」

「ハリエット様が見つかったら、どこかで身を潜めていればいい。ライリーのことは俺達がなんとかするから、あなた方は安全な場所で待っていてくれ」

「主がそう望むのであれば」

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