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事態が動く

 ライリーとザックの幽閉生活は、二ヶ月を超えた。

 毎日ロバートの手によって運ばれてくる食事は質素ではあるが、最初よりも量と種類が増えた。ロバートが掛け合ってくれているのと、期間が長くなってきたせいで、囚人の扱いを気にする者が減ってきたのもあるだろう。

 途中から同じ牢に入れられた彼らは、顔を顰めながらも毛布を重ねて共有し、寄り添って眠ることでなんとか凍死を免れている。

 王宮はだいぶ日常を取り戻しつつあるらしい。

 城門の出入りの制限は緩和され、多くの騎士家族は王宮の長屋を出て、外で待っていた夫や父と再会を果たした。そのまま長屋に戻らず、どこかへ去って行った者も多い。

 デイビスは籠城を止めて、エベラルドの下に降った。

 謁見の間で受けた傷が癒えたマーロンも、同じくバランマスの騎士となった。

 王城ではエベラルドが空の玉座の隣に座り、采配を振るっている。

 彼がどこからか連れてきた旧バランマスの貴族が側に侍り、彼を主君と仰いで動くのがいつもの光景となった。

 実務の大半は新しく任じられた若き宰相が担っている。エベラルドは宰相の助言に億劫そうに頷き、また時に意見して政治を動かした。

「そろそろ雪が溶ける頃ですかね」

 ライリーは格子の上部にぶら下がりながら、ふと気づいて呟いた。

 夜は男同士くっついて寝るという苦行もやむなしと思えるくらいに寒いのは変わらないが、日中はわずかに届く陽の光に暖かさを感じられるようになった。

「あー……、そうかもな。もうそんなになるか」

 ザックもライリーと同じ格好で、腕の力だけで身体を上下させながら応えた。

「もうすぐここから出られますね」

「だな。やっぱすげえな、夫人は」

 ハリエットがエベラルドに捕まらなければ、賭けに勝ってふたりは晴れて自由の身になる。

 そういう約束だ。

 ハリエットと子どもの行方は、依然として分からないままだ。

 外と連絡を取れるようになったロバートも探してくれている。手を尽くしてはいるが、手掛かりは掴めないままだと聞いている。

 最悪の事態のことは考えたくない。エベラルドより先に見つけて、保護することができればいい。

 苦い顔で地下牢のふたりに会いに来たマーロンにもその話はしてある。

 彼は、護るべき王が失われた今、新しい国に逆らう理由はない、おまえ達もここから出て来いと説得に来たのだ。エベラルドがそうしろと言っている、と。

 ライリーはあっさりと首を横に振った。

 彼らが、騎士団が団長を待つことなく、新しい国の騎士となったのは当然のことだ。彼らにも生活があり、護るべき家族がある。

 ライリーがそうしろと言った。

 当初は、ライリーも謁見の間で新王の前で膝を折るつもりでいたのだ。

 キャストリカの存続の目がないのであれば、無傷のまま、騎士団丸ごと召し抱えてもらうのが最善だろうという話になった。その話をまとめてくるのは、騎士団長であるライリーの仕事だ。

 それを団長としての最後の仕事にするつもりでいた。

 もしライリーがしくじっても、残った騎士団はウォーレンに従い、新国の指示に従うように、と言い含めて謁見に臨んだ。

 エベラルドの存在に驚いて、戸惑っている間に抵抗したことになってしまい、地下牢に入れられてしまった。

 つまりライリーの失態だ。ハリエットの話を持ち出されて、ますます従うわけにはいかなくなった。

 ザックはいいとばっちりだ。

 ここを出て騎士団に合流し、妻子を返してもらえばいい、と言うライリーに彼は、最後まで付き合ってやるよ、と笑った。

 ミアとその子の傍には、アルが付いている。

 アルは主人より優秀だからな、大丈夫だろ、だそうだ。

 そうしてザックも、ライリーと共にかつての友と敵対する道を選んだ。

「出ろ」

 だからエベラルドが賭けの話をして以来、初めて地下牢に姿を現したときにも、大きな反応を見せなかった。

「…………おまえその髭かっこいいじゃねえか」

 前回見たときはまばらだったエベラルドの無精髭は、見栄え良く整えられていた。

 ライリーとザックは、同じく髭面だが、ただの伸び放題なだけのお互いの顔を見た。

「いいなー。俺もあれやりたい」

「おまえにゃまだ早い。三十過ぎてからにしろよ。ここを出たら俺がやる」

「ザックは奥方が若いんだから、まだ若造りしといたほうがいいですよ。俺がやります」

「やめろ。お揃いになるじゃねえか」

 楽しげに騒ぐふたりを格子を蹴りつけることで黙らせると、エベラルドは牢の扉の鍵を開けた。

「出ろ」

 再度言ったエベラルドを、ライリーはだらしない姿勢で座ったまま見上げた。

「雪は溶けたのか?」

 忌々しげな舌打ちが返ってくる。

 ライリーとザックはにやにやしながら、顰めっ面を眺めた。

「それどころじゃねえ。騎士団を動かせ。どこのかは分からんが、千の傭兵軍が王都に迫ってる」

「!」

 ライリーは驚いて腰を浮かしかけたが、すぐに思い直して座り直した。

「そうか。それで? ここからだと外が見えないんだ。雪は、溶けたのか?」

「…………」

 エベラルドはしばらくライリーを見下ろしていたが、扉を開けたまま無言で去ってしまった。

 ライリーとザックはそのままエベラルドの背を黙って見送った。

 難しい顔で黙り込むライリーに、ザックも遠慮して話しかけずにいる。

 そこにまた別の人物が現れた。

 ライリーはわずかな光源で生活するのに慣れてしまっているため、その人物の姿をすぐに捉えることができた。反対にその人物からはライリーの姿がよく見えないようで、声をかける様子は半信半疑といったふうに見えた。

「……ライリー?」



「あれはどこの軍勢なんだ!」

「敵の数は千ではききません! 二千はいます!」

 城門が大きく開かれ、王都に残っていたウォーレンを始めとする騎士団が呼び入れられた。

 最初に軍勢に気づいたのは彼らだ。

 王都で暮らし、馬を走らせるために郊外に出ていた騎士のひとりが異変に気づき、王都の仲間に報せた。

 ウォーレンはすぐに城門前で簒奪者を呼ばわり、出兵を要請した。

 久しぶりの王宮は、近頃騎士団を辞した仲間が支配しており、団長は囚われの身となっている。

 混乱状態のまま、王宮の内と外とに分かたれていた騎士団は合流した。


 慌ただしく戦準備をする騎士団の詰所に、エベラルドが現れる。

「エベラルド、団長はどうした!」

 マーロンが昔のように、かつての配下に報告を求める。

 その様子に、ニコラスは考えることを一旦やめることにした。今は間近に迫る敵を追い払うことに集中しなくてはならない。

 エべラルドは今、騎士団の敵を、同じように敵と見做している。ならばとりあえずはそれでいい。

「……駄目だ。あいつは来ない。その代わり俺が出る」

 エベラルドの言葉に、みなが一瞬動きを止めた。

「……信用できない奴に背中は預けられない。出るなら自分の配下を率いて行け」

 低い声でそう返したのは、彼の下につくと表明したはずのデイビスだ。

「分かってる。そのつもりだ」

 淡々と、エベラルドは応えた。

「王都に入る前に食い止めろ! とにかく準備ができた端から向かえ!」

「急いで市民を王宮に避難させろ! ウォーレンもう行けるか⁉︎」

「ああ、先に行くぞ! もう街道で交戦するしかない。それでいいんだな!」

 軍勢はすぐそこまで迫っている。慌ただしく戦準備をして、ウォーレンが先駆けた。

 王宮に残った騎士の数は六百にも満たない。副団長、大隊長と言っても、今ウォーレンに従うのは二個中隊の人数しかない。それでも、攻められれば戦うしかないのだ。

 彼らが守るのはキャストリカでもバランマスでも、どちらの国でも同じだ。共に生きる家族と友、恋人、大切なひとの暮らしだ。

 一度は脅かされた彼らの暮らしを、取り戻そうとした矢先だった。

 ウォーレンは王宮を出ると目抜き通りを真っ直ぐ走って、王都の端を目指した。後ろを二個中隊が続く。

 雪がまだ溶けきっていない。冷たい空気に、走る馬が蒸気をまとう。ウォーレンが吐く息も白い。

 少ない数の騎士が、隊列を乱すことなく固まって馬を走らせる。

 騎士の周りだけ、もやがかかったように白くなった。

 王都に住む民は、押し寄せる軍勢に怯え騒いでいる。彼らは騎士団に気づき、慌てて道を開けた。

 馬を進ませるほど、軍勢に近づくほどに騒ぎは大きくなっていく。

 ところが、更に進んでいくと、逆に落ち着きを取り戻している民の姿が見えた。彼らは目抜き通りの両端に並び、祈るような仕草で通りの中央を進む人物を振り仰いでいる。



 敵と思われた軍勢を代表して王都内までやって来たのは三人だけだった。

 騎乗するのはひとりのみ。徒歩で付き従う騎士がふたり。

 三人共に、ウォーレンが長年その身に纏ってきた群青色を背負っていた。

「……ハリエット様」


 馬上の貴婦人は通りの真ん中で止まり、あでやかな微笑みを浮かべた。

 殺伐とした戦場の空気が彼女の仕草ひとつで華やぎ、その視線を向けられた騎士は初心な少年のように頬を紅潮させた。

「ごきげんよう、スミス様。お待たせしてしまいましたかしら」

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