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地下牢

「なんだよそれ」

 アルはミリーとケイシーの話を聴いて、呆然と呟いた。

「分かんない。分かんないけど、お姉ちゃんずっと帰って来てないの」

 話しながら泣きじゃくる娘の肩を抱いて、ミリーはライリーを見上げた。

「ライリー様」

 その視線を受けて、ライリーは険しい顔になった。気休めを言うことは容易いが、騎士の妻にそれをしても意味がない。

「ミリー様。俺は今から王城に向かいます。もちろんエイミーのことは捜したいですが、お約束はできません」

「はい」

 気丈に振る舞う副団長の妻に、ライリーは少しだけ表情を緩めた。

「その代わり、アルを置いていきます。騎士以外の者は、これまで通り城勤めを続けているんですよね?」

「はい。みな怯えてはいますが、表立って乱暴されたりはしていないみたいです。実際のところは、分かりませんが」

 影で無体を強いられている者もいるかもしれない。エイミーも、それに巻き込まれてしまったのかもしれない。

 娘を案じても、ミリーにできるのは、無事を祈ることだけだった。

「僕が下働きの振りをして、城内を捜索してきます」

「ほんとう?」

「ああ。エイミーはきっと無事だ。君のお姉さんは、そう簡単にやられるようなひとじゃないだろう」

「だから心配なんだよ。逆らわないようにって言われてるのに。きっとまた余計なこと言って、敵を怒らせちゃったんだよ」

 それは否定できない。

 その場の全員が、ケイシーの言葉に複雑な顔をして頷いた。

「いくらエイミーでも、って言いたいところだけどな。とにかく夫人、アルに城を歩くのに目立たない服を調達してやっていただけますか」

「分かりました。任せてください」

 ライリーは最後にアルを見て、真剣な顔で命じた。

「エイミーを捜してここに連れて帰れ。それが最優先だ。敵の動向を探り、外で待つ副団長に情報を流すのは二の次でいい」

「……ライリー様、最初からそのつもりでしたね?」

「当たり前だ。従者ひとりにそんな重大任務を任せるわけないだろう」

 従者のひとりくらいなら誤魔化せるだろう、王宮で不安な思いをしている住人の支えになるよう、謁見の間に着く前にどこかに置いていけばいい。

 そう思ってアルの同行を許したのだ。

 長屋に監視の目はないようだ。このままアルを置いて、敵の指示通り三人で謁見の間に向かえばいい。



 エベラルドがライリーに剣を振り下ろした。

 戸惑ったままのライリーは、三度目の斬撃を防ぐことができなかった。身体の前面に重い一撃を受けて、よろけた。反射的に脚に力を入れて踏み留まったが、側頭部を蹴られて倒れた。

 それを助けるために足を踏み出したマーロンは、突き出された複数の槍の一本を避け損ねた。脇腹を抉られ、くずおれた。

 ふたりを庇える位置で、ザックは両膝を床に突いて叫んだ。

 ここで死ぬわけにはいかない。こんなところで、彼らを死なせるわけにはいかないのだ。

「やめろ! もう抵抗はしない!」

 エベラルドは剣を下ろして肩をすくめた。

「なんだ。つまらん。もう終わりか」

 ザックはそれ以上喋ろうとしなかった。ただ黙ってかつての仲間の顔を見続けた。


 エベラルドはその後はザックに一瞥もくれず、兵に指示してライリーを牢まで引き摺って行かせた。

 間もなく意識を取り戻したライリーは、両腕を拘束されたまま歩かされた。同じくザックも無理矢理歩かされ、ふたりは隣り合った地下牢に入れられた。

 ふたりはろくな抵抗もできず、牢の中でしばらく呆然としていた。

 地下牢に先客はいなかった。ここは王宮内で捕まえた罪人を一時的に収容しておく場所だ。ごく稀に、懲罰の対象となる行為をした騎士団員を入れておくこともある。

「ここ、久しぶりだな」

 ろくな光源のない薄暗い牢に、ザックの小さな呟きが響く。

「俺は初めてですよ。警邏中に女性を追いかけたことなんかないですから」

 ライリーは呆れたが、他にすることもないので話に乗ってやった。

「あれなあ。あのときは運命だと思ったんだけどなあ」

「その過去のせいで、奥さまの父親に結婚反対されたんでしょう」

「あの親爺、若気の至りをいつまでもしつこく覚えてやがるから」

「普通忘れられませんよ」

 ザックは昔、一目惚れしたと言って警邏中に追いかけた女性を本気で怯えさせた。王都の治安を守る任務中の騎士がである。

 当時小隊長に就任したばかりだったエベラルドは激怒し、配下である前に友人でもあるザックを地下牢に放り込んだ。その剣幕に、更に上の上官が追加で叱ることを躊躇したくらいだ。それを狙ってやったのかどうかは、エベラルド本人にしか分からないことだ。

「マーロンの奴はな、脇腹をやられて、あいつがどっか連れてったよ」

 ザックはライリーが意識を手放していた間に起こったことを教えてやった。

 マーロンは、自らエベラルドに向かって行った。

 その理由は明確だ。親しくしていた友の変わり身に、ザックとライリーが動揺を隠せなかったからだ。

 上官であるライリーを助けるために動いた彼は、格下の敵に脇腹を突かれた。

 エベラルドの指示を受けた敵が、傷ついたマーロンを連れ去った。

「脇腹、ですか」

「ああ。でも多分生きてる。あいつが、手当てしろって命令してた」

「なんで」

 傷ついた敵を手当てし、捕虜とする。その目的は、身代金目当てか、情報を聞き出すためか。

 この場合は、どちらも当てはまらない。

 マーロンには身代金を払う実家はないし、彼の持つキャストリカの情報は、エベラルドのものと同程度だ。

「…………なあ、ライリー。あいつ、エベラルド。何やってんだと思う?」

「さあ」

 ライリーは他に言いようがなかった。

 エベラルドは何をやっていたのだろう。

 剣を捧げた主君の城を占拠した輩の味方をしているように見えた。むしろ、彼が命じてそうさせているようですらあった。彼は、ライリーに剣を向けた。鎖帷子を着ていたとはいえ、躊躇うことなくライリーを斬って捨てた。

 そして敵に命じて、ふたりを牢に入れさせた。

「もしかして、今回の戦争相手ってエベラルド?」

「まさか」

「んなわけないよな」

「ですよ。そんなわけ、…………っあああ……」

 無意味な会話に嫌気が差したライリーは、途中で頭を抱えて言葉を止めた。

 敵なのだ。

 エベラルドは、ライリー達の敵側についている。

 事実から目を逸らしている暇はない。

 ライリーは力無く座って寄りかかっていた壁から背を離すと、勢いよく立ち上がって頑丈な木の格子を両手で掴んだ。

 エベラルドからの重い一撃でできた打撲痕が痛むが、構っていられない。骨が折れていないなら、些末な怪我だ。

「がああああああああっ‼︎」

 ライリーは獣のように吼えると、全身の力を使って格子を揺さぶった。

 当たり前だが、押しても蹴っても、牢破りは叶わない。

 隣の牢で、ザックも同じように暴れ始めた。

「エベラルド! エベラルド出て来い‼︎」

「ざけんなよ、この野郎‼︎ こんなことが許されると思っているのか!」


 エベラルド。

 ライリーの頼れる兄貴分。

 ザックが少年の頃から憧れてやまない本物の騎士。

 何故彼が。

 エベラルドはキャストリカの敵になった。

 それはつまり、かつての仲間と殺し合うということだ。

 エベラルドが、自らそうすることを選んだのだ。


     エベラルド !


 ふたりの叫びに応える声は、いつまで待っても聴こえてこなかった。

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