謁見の間
謁見の間までの道には、要所要所に武装した見張りが立っていた。
個々の能力はともかく、優秀な指揮官がいるようだ。最小限の人数で必要な箇所に人員を配置している。
それともこれは内通者の助言によるものなのだろうか。配置の仕方が平時のキャストリカの警備体制に酷似しているのだ。
ライリー達三人は制止されないのを幸いと、早足に王宮内を見て廻った。
長屋の住人のほとんどは無事だった。息を潜めながらも、通常通りの生活を許されていると言っていた。
騎士団の官舎には見張りが立っていて近づくことは許されなかった。
監視の目を気にしてどこにも長居はせず、その後は謁見の間に真っ直ぐ向かった。
下働きの者の姿がたまに見える。女官もそのまま使われているようだ。
みな怯えてはいるが、目立った怪我をしている者はおらず、城内にも戦闘の跡は見えなかった。
謁見の間の扉の前に立つと、武装した兵のふたりがライリー達を見て、扉に手を掛けた。
腰に剣を下げたままなのが見えているだろうに、取り上げられることはなかった。
たった三人では何もできないと思っているのだろうか。
キャストリカの騎士も舐められたものだと、ライリー達は視線を交わしてから扉の中に大きく一歩足を踏み入れた。
壁側には甲冑の騎士がずらりと並んでいる。そのなかにキャストリカの騎士はひとりもいない。左右に十人ずつ、扉のある壁には四人ずつ、計二十八人。
奥に立つ貴族然とした男三人も、見知らぬ顔だ。その向こうに立つ人物は、影になってよく見えない。
室内の最奥、最も高い位置にある玉座は空だった。
その隣の王妃の席に座る人物を見上げて、ライリーはぽかんと口を開いた。
ザックも同じように戸惑って、中途半端に引き攣った笑いを漏らした。
「…………へっ……?」
一番最初に事態の理解に努めたのはマーロンだった。
「……どういうことだ、エベラルド」
そこは、王の配偶者が座る椅子だ。
一騎士が座ることが許される場所ではない。
「なんでおまえがそこに座ってんだ!」
マーロンが怒鳴ると、壁際に控えていた兵が槍の石突で彼の背を打った……打とうとした。
隣に立つザックが靴裏で蹴り付けて槍の軌道を逸らした。おかげでマーロンはわずかに前進するだけで攻撃を避けることができた。
他の兵が槍を構えてばらばらと三人を取り囲みに来る。
ライリーは咄嗟に応戦しようと身構えたが、戦場で鍛えられたよく通る声に動きを止めた。
「やめろ! おまえらが勝てる相手じゃない」
甲冑を着た集団がぴたりと止まり、元のように壁側に退がった。
エベラルドが、彼らに命令した。彼らは、エベラルドに従っている。
「……エベラルド?」
どういうことだ。これでは、エベラルドが王宮占拠の首謀者に見えるではないか。
戦場で誤解を招く行為は命取りになると、ライリーに教えてくれたのはエベラルドだ。その彼が今何をしているのだ。
エベラルドは、ライリー達が留守の間に攻められた王宮を取り返してくれたのか?
それなら分かる。彼は少し悪ふざけをしているだけだ。
エベラルドは肘掛けに頬杖をつき、長い脚を組んで、ほんの数ヶ月前まで共に戦場を駆けていた仲間を睥睨した。
その端正な顔の下半分は無精髭が生えており、長引いた戦場での彼を思い出させた。目の下には濃い隈ができていて、彼はひどく疲れているように見えた。
「キャストリカは滅んだ。騎士団に新しい国の王に仕える気があるなら、召し抱えてやってもいい」
淡々と彼が告げた言葉の意味が、ライリーには理解できなかった。
「何言ってるんですか。笑えませんよ」
ライリーは笑おうとした。
笑えなかった。
「キャストリカ王国最後の騎士団長。感謝してるよ。おまえが団長に就任したおかげで、こうも容易く城を取り戻せた」
前の騎士団長相手なら、ここまで上手くはいかなかっただろうな。
そう言って彼は、唇の片端を持ち上げた。
「エべラルド、何言って……」
「目の当たりにしても分からねえか。仕方ねえな」
億劫そうに立ち上がったエベラルドが、きざはしを降って歩いてくる。歩きながら、長剣を抜いて構えた。隙のない構えは、敵に相対する騎士に相応しいものだった。
今、彼が剣を向ける敵はライリーだ。
「なんで……」
混乱しながらも、ライリーは剣を抜いた。
エベラルドは、無造作にすら見える気軽さで剣を振り下ろした。




