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敵陣へ

 翌日、午の鐘が鳴り終わるのを待って、使者を立てた。

 ライリーがしたためた書簡を携えて王宮に向かった騎士は、いくらも経たないうちに戻ってきた。

 城門の内側に甲冑を着て立つ敵に来意を告げるも、登城は叶わなかった。

 仕方なく門番役に書簡を預けてその場で待っていると、王からの返信であると封書を寄越してきた。封蝋印には見慣れぬ紋様のものが押されていた。

 王とはどなたのことだと問うと、我らの王である、とだけ返ってきた。

 幹部が集まって、固まったばかりには見えぬ、前々から用意されていたと思しき封蝋を剥がした。

 キャストリカ王国王立騎士団の名で出した書簡には、王宮の返還を求め、そのための話し合いの場を設けることを要求する旨記した。

 もちろん要求に応じるとは思っていないが、とりあえずは相手の出方を見ることにしたのだ。

 封書の内容は、三名のみの謁見を許すとあった。

「えっけん」

「謁見」

「え、もう王様気分?」

 敵はすでに、キャストリカを手に入れたつもりでいるのか。

 掲げられた旗はバランマスのものだ。謁見、などという言葉を使うということは、バランマスの王族の血を引く者が、玉座に座って待っているということか。

「バランマス王国。ええっと、ナルバエス王室? の血統を継ぐ人って、どこかにいましたっけ」

「ロブフォード侯爵。つまりライリーの子もそうだろ」

「そうですけど。そうじゃなくて。そんなこと言い出したら、ティンバートンだってもっと遡れば王室に辿り着きますよ。今更誰がナルバエス王室の復権を? キャストリカになるときに王は斃され、追放された王子に子はできなかった、そこで血脈は途絶えたはずです。だから一番濃くてロブフォードですよ。三代前に国王がいるから継承権云々なんて言い出すくらいなら、ウィルならロブフォード侯国を創ります」

「あのひとならやりそう」

 そんなことをやりそうなウィルフレッドは、今頃王宮でどんな扱いを受けているのだろうか。

「誰が内にいるんです。バランマス王国を復活させることができる人物なんて存在しないはずだ」

「もう、と言うが、バランマスが滅んでまだ五十六年だ。当時追放された王族が生きていたって不思議はないだろう。棺桶に片足突っ込んでる爺さんでも、最後の王の叔父とかなら血脈としては正統性を主張できる」

「そんな人いましたっけ」

 ライリーは歴史はあまり得意ではない。

 伯爵家に生まれた彼ですらこの有様なのだから、他の面々に答えを出せるはずがなかった。

「……発言をお許しください」

 アルが、昔自分に勉強はしておけ、と言っていた主人の後ろで控えめに挙手をした。

「お、さすができる従者。分かるのか」

 ニコラスがライリーより先に許可を出す。

「キャストリカ建国にあたって国外に追放されたなかで、バランマスの継承権を持っていた王族は四人です。最後の王の子と、叔父と従兄弟がふたり。全員すでに鬼籍に入られています」

「その子孫は?」

「エルベリーの貴族の娘と結婚した従弟に娘がいたはずです。その娘も国内の貴族と縁付いて、普通の貴族夫人として暮らしているのでは」

 すらすらと答えるアルに、幹部達は思わず拍手した。

「すごいな、優等生。主人とは出来が違う」

「ふっ。うちの子舐めないでくださいよ」

「威張んな。むしろ自分の不明を恥じろ」

「おい、アル。ウォーレンの娘なんかやめて、うちの娘にしとかないか。まだ十四だからな。おまえが騎士になって落ち着くまで待っててやれるぞ」

「やめろマーロン。エイミーが行き遅れる」

「その娘が中に居るんでしょうが! エイミーが無事行き遅れるように真面目にやってください!」

 普段、無駄口を叩くことなく静かにライリーの後ろに控えているアルの怒鳴り声に、中年男は驚いて背筋を伸ばした。

「お、おう。悪かったな。続けるぞ」

 アルはその場を収めようとするマーロンに冷たい視線を投げてから、無言で頭を下げて元のように主人の後ろに下がった。

 不安な気持ちを紛らわすように軽口を叩いた連中にも、もう分かっているのだ。

 存在しないはずのナルバエス王室の末裔が、玉座奪還を企てた。

 その者はすでに玉座に座り、王宮の主となった。

 彼らの王は斃されたということだ。

「どこの誰だか分からないが、敵はすでにこの国の王を名乗っている。キャストリカの王とその家族が敵の手中にあるなら、俺達にできることはありません。戦って王宮を取り戻しても、戴く主君がいないのなら無意味だ」

 ライリーはそこまで一気に喋って、深呼吸してから結論を出した。

 敵は、交渉の場ではなく、謁見の機会を設けてやるという。

 騎士団に求められているのは、恭順の姿勢、それのみということだ。

 謁見、の言葉を使う文書に従えば、玉座に座る人物の下に降ると表明したことになる。

 彼ら騎士団に、あらがう術はない。


「キャストリカは、喪われたんですね」




「下手をすれば騎士団は解体されますね。行き場がない奴はうちで引き取りますよ。アッシュデールなら開拓する土地も余ってるはずだし、俺達ならどこででも生きていけるでしょう」

 元々自給自足に近い生活をしているのだ。最初の一年を生き延びられれば、なんとかなるはずだ。

 王宮へ向かう前日、ライリー達は中隊長も集めて、最後となるかもしれない幹部会を開いた。

 剣を捧げた主君はもういない。王を喪った王のための組織は、存在意義を失ったのだ。

 希望者は騎士団を抜けても構わない。帰る家がある者には、明日の午までに騎士団から離れるよう言い含めた。

 残るのは、戦う理由がある者だけでいい。王宮に家族が、恋人が、大切な人が住む者だけで最後の戦いに臨む。

「ライリーに仕えるってことかあ」

 帰る家のない連中がわざとらしく顔をしかめる。

「外国を見習って、騎士として領地を持ちますか。俺はホークラムがあればいいから、アッシュデールは分割しても構いませんよ。少しずつ税を納めてくれたら、俺がまとめて新しい国に支払う。あ、なんかいい気がしてきた」

「それ実質ライリー伯国じゃねえか」

「嫌なら来ないでください。放浪騎士でもなんでもすればいいでしょう」

 俺はそうしようかな、という声もちらほら聞こえる。

 戦いに明け暮れた人生を送ってきた彼らだ。畑を耕して穏やかに生きるより、各国で催される槍試合に出場して賞金を得、時に他国の戦に加勢して見返りを受け取るほうが性に合うのだろう。

「これが騎士団としての最後の仕事だな」

 引退する日を楽しみにしていたウォーレンは、思いがけない騎士人生の終わりが見えて、却って清々しいくらいの気持ちだ。王宮にいるはずの妻と娘を自らの手で救い出したら、剣を捨て鎧を脱いでしまうのだ。

「団長短かったな……」

 ライリーが騎士団長となってから、一年も経っていない。これでは騎士団の幕を下ろすために就任したようなものだ。

「案外悪くなかったぞ」

 マーロンがライリーの肩を小突けば、

「ああ。おまえはよくやってた」

 ザックも中途半端に伸びた赤毛をかき回す。

 ライリーは肩をすくめて、歳上の配下からの慰めを受け入れた。

「明日は無理矢理にでも人質の捜索をしましょう。戦闘は二の次です。キャストリカはもうなくなったんだ。貴族連中も陛下をお助けする気はないようだし、自分の大切な人が最優先でいいでしょう」

「おまえは夫人の無事を確認しに行ってもいいんだぞ」

 ウォーレンが気遣わしげに言うが、ライリーは首を振った。

「ハリエット達には、サイラスがついてくれています。兄も義弟も王宮内(なか)だし、エイミーは俺にとっても家族みたいなものです」

 ライリーはみなの無事を確認したら、家族の待つホークラムに帰るのだ。




 ライリー、ザック、マーロンの三人の他に、アルが王城に向かうこととなった。

 三人だけだと言う門番ふたりには、謁見の間には三人しか入らない、と威圧して無理矢理押し通そうとする。

 おろおろする門番は、あまり場慣れているようには見えなかった。統率されていないわけではない。

 ライリーは、素人がただ上の指示に従っている、という印象を門番に持った。

「俺が誰か分からないか。伯爵家出身の騎士団長だ。育ちがいいんで、どこに行くにも使用人がいないと色々困るんだ。分かるだろう?」

 ザックとマーロンは誰の話だよ、と腹の中で呟きながらも、我儘な上官にうんざりしている配下を装った。

「団長は貴族の御当主だ。新しい主君に拝謁する直前に、喉を潤したり身綺麗にしたりする必要があるのだ」

 あくまでもうんざり、の態度を崩さないまま、マーロンが口を挟む。

「別に武装してる訳でもない。団長のお世話係の従者がひとりいたって問題ないだろう」

 ザックも駄目押しで一歩前進し、門番役を後退りさせると、そのまま一行はすたすたと前進した。

「お待ちください! 御案内いたします!」

「必要ない。我々は最近までここにいたんだ。謁見の間に行けばいいのだろう」

 ライリーの言葉に、ザックとマーロンが門番の前に立ち塞がる。

「どうぞ、門番殿はご自分のお務めを。外で待つ騎士は気が立っておりますので、ここを手薄にすれば大挙して押し掛けてきますよ」

 慌てて門の内側に戻る彼らに、ライリー達は苛立ちを抑えられなかった。

 あんなお粗末な連中に祖国を奪われたのか。

 王宮の内は、出陣前と変わらぬ様子であった。

 戦場になった形跡は残っていない。抵抗する暇もなく占拠されたということだろうか。

 整然と敷き詰められた石畳には、砂埃が溜まった様子はない。この半月には雨の日もあった。荒れた様子がないということは、手入れする者がいたのだ。

 鐘撞き同様、城勤めの者は殺されることなく働き続けているのだろう。

 王城へは、城門から真っ直ぐ進むのが最短距離だ。

 だがライリー達は敢えて右手に逸れて足早に歩いた。そちらには正面に向かって進む王侯貴族から見えないように、騎士や役人など、城勤めの者の家族が住む長屋が並んでいるのだ。

 彼らの無事を確認しなければならない。

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